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boku視点
彼女は死んでいた。
だからといって、今から葬式を行うわけでもない。
精神的に死んでいた。そんな感じ。
足が動かない感覚なんて俺は知ることはない。
ただ、絶望という感情を知ることは容易だった。
彼女の顔さえ見れば、だ。
俺はいたたまれなかった。
誰でも、急なことをすぐに理解は出来ない。
でも、いつか理解しないといけない。
現実逃避の有限性。彼女に重くのしかかっていた。
彼女は半分眠っているように目を下に向けて、
誰とも話をしようとはしなかった。
だから、僕はチャオを買ってきた。
かわいくてぷるぷるで水色のきれいなチャオ。
それは笑顔だった。
そして、俺は彼女の笑顔が見たかった。
atasi視点
交通事故なんて私には関係ないと思っていた。
だから、あの時も普通に交差点を横切った。
いや、横切ったのでは正確に言えば違う。
横切る前に、車にはねとばされた。
意識も私の体も飛んだ。
気がついたら、医者がふと言った。
―もう、貴方の足は動きません。
私は何も言わずに聞いていた。
固まった。
・・・
例え、彼が笑って話しかけても、
・・・
親が泣いていても、
・・・
私が大声出して泣きたくても、
そう、感情を出す方法を私はどこかに置き忘れてしまった。
ある日。
彼は前から私がほしがっていたチャオを持ってきた。
チャオは感情出すのが上手い。
彼は私に感情を取り戻して欲しかった。
多分そうだと思う。
でも、
私はいつの間にか、チャオを投げ飛ばしていた。
チャオの笑顔がゆがむ。
途端に、泣き出した。
何で、何でそんな感情をすぐに変えられるの!?
私が、私が一番泣きたいのに。
そこで、私はこのチャオの送り主の顔をはっとしてみる。
怒っているだろうか。
―・・・早く、かえってこいよ。
しかし、彼はそれだけを言って、病室を出た。
泣いているようにも見えた。
私は、何となく以前のように動く手を髪の毛に向けて、
髪の毛をときながら、チャオの方を見た。
チャオは、いつの間にか寝ていた。
泣き寝入り・・・か。
よく考えれば、このチャオは他の所に行けば、
もっと幸せになっているはずだ。
それが、此処に来たからこんなことになっている。
私はチャオをそっと抱き上げた。
足の感覚はなかった。上半身だけを動かした。
―そうだよね。ごめんね。
私は棒読みで呟いてからチャオを抱き寄せた。
さっきとはうってかわって優しく、優しく。
チャオはふと目を開けたが、すぐに閉じた。
その頭からはハートが出ていた。
月日がちょっとぼんやりと私を照らす。
ふんわりと落ちていくその光線は、
チャオの水色の体をきれいに映した。
ちょっと白くなっているような気がしていた。
私は思いついた。
そうだ、このチャオをヒーローにしてやろう。
立派な大人チャオにしてやろう。
私みたいな泣きべそをかきたくてもかけない餓鬼と違って。
例えそれが恩返しではなくとも。
とりあえず、感情はないかもしれないが、
優しくしてやろう。
笑うことも泣くことも怒ることも出来ない私だけど、
それだけは言える。
彼はなんて言うだろうか。
喜ぶだろうか?
すこし、何かを期待したように思えたが、すぐに消えた。
やっぱり満月は明るかった。