第六話

第六話 元彼の随想


「おかしい・・・。」

麻奈への携帯がつながらない。
笹中智樹は不安になった。

「まさか・・、僕にふられて、ヤケになって・・・。」

智樹は二日前、一年あまりつきあっていた恋人、広井麻奈と別れた。
別れを言い出したのは智樹のほうからだが、嫌いで別れたわけではなかった。
彼女とは同じ大学の同じ学部で、ゼミも同じ。なのに、二日間、彼女は大学にきていない。テスト前の大事な週なのに。
彼女の数多くの友人の一人である、リュウによると、別れた夜、二人でカラオケに行ったという。突然一人で帰ってしまったとのこと。
これが彼女を見た最後の情報だ。
智樹はバイクをふかして麻奈のアパートへ向かった。
合鍵もまだもっている。

「かえしそびれていたな・・・。」

まだ、未練があるのかもしれない、と智樹は思った。
二人で過ごした一年間は、楽しい思い出ばかりだ。時には喧嘩もしたが、それはささいなことだった。大学祭でベストカップルに選ばれたこともあった。
智樹は彼女のアパートに着くと、愛車を脇にとめ、メットをはずして二階の彼女の部屋のインターホンを二回押した。
・・・やはり返事がない・・・。
智樹は少しためらったが、合鍵を出して鍵穴に差し込んだ。
カチッ。
軽く音がした。
智樹は勢いよくドアを開けた。

「麻奈っ!」

部屋の中には誰もいなかった。つけっぱなしの換気扇が回っているだけだ。

「麻奈・・・どこにいるんだ・・・。」

そうか・・・。智樹はふいに思いついた。
実家に帰ったのかもしれない。
だが、智樹は彼女の実家を知らなかった。そういえば、彼女の過去を彼はまったく知らない。
ベッドのサイドテーブルに、二人の写真が建てかけてあった。幸せ一杯の笑顔の二人。
智樹の携帯にも、まだ彼女のプリクラが貼られたままだ。
この写真を撮ったのは、観覧車のビル内にあるプリクラ機だ。
智樹が彼女との別れを決めた、忘れなれないデートとなった日だった。

「観覧車のりたーーーいっ☆」

彼女は雑誌片手に智樹に言った。

「ホラッ、ここにのってる赤いヤツ。都市の真ん中にあってビルの谷間にあるやつーーー。きっと夜景がきれーだよー。いこーよー。」

まったく彼女はミーハーである。だが、智樹は彼女のわがままを聞くのが楽しい。
一風変わった、ビルの谷間の観覧車に乗ることにした。

しかし、その日はあいにくの雨だった。
残念・・・と智樹が思っていると、彼女は、

「やったーーー☆ 雨のほうがロマンチックじゃーん。」

という。
夜景は晴れているほうが夜空の星も、ネオンも遠くまで見えてきれいなのでは・・・?と思いつつ、反論せず、チケットを買って乗った。やはりガラガラにすいていた。自分たち以外客がいない・・・。
しかし、観覧車があがりだすと、すぐに智樹は考えを改めた。
なるほど・・・。
彼女のいうとおりだった。雨がネオンをゆらめかせて、不思議な光の効果をだしている。

二人は自然に唇をかさねた。長く、ゆっくりと時がながれる。
観覧車もゆっくりと回っていく・・・。
真上まできたとき、彼女から体を離した。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第26号
ページ番号
8 / 27
この作品について
タイトル
天使の卵
作者
ちいるん(ラブルージェ)
初回掲載
週刊チャオ第26号
最終掲載
週刊チャオ第45号
連載期間
約4ヵ月14日