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ある日、チャオレースを終えた黒いチャオが洞窟から外に向かう途中で、疲れた体を休めようとミライに寄りかかった。ミライがガチモリのものであるということを知っているチャオは多かったが、最近はチャオが多くなりすぎてうまく情報が伝わっていないものもいた。黒いチャオはミライのことを知らなかったのだ。
黒いチャオはちょっと休憩したらガーデンに戻ってベベス達と遊ぼうと思っていた。でも、あまりにもミライの寝心地が良く、黒いチャオはうっかり眠ってしまった。
黒いチャオは夢を見た。ガーデンとは比べ物にならないスピードで変化していく、とてつもなく広い世界の夢だ。その世界にはたくさんのチャオがいて、様々な色や形をしていた。自分たちの知らないモノを身につけているものも数多くいた。何もかもが大きく動いている。黒いチャオはそう思った。
黒いチャオは目を覚ました。夢自体は短かったように思うが、洞窟を出ると辺りは暗くなっていて、ガーデンは寝静まっていた。レースが終わったのが夕方くらいだったので、黒いチャオが思ったよりも時間は経っていた。
黒いチャオはこの感動をすぐに誰かと共有したかった。でもみんな寝ていたので、黒いチャオは諦めて寝ることにした。ガーデンには滝の音しかなかった。いつもより大きく聞こえる滝の音が意識を支配して、黒いチャオはなかなか眠れなかった。
ミライの上で眠ったときに見た夢が凄かった、が、ミライの上で眠ると凄い夢が見られる、へ変化し、ガーデンの中を広まっていくのにそう時間は掛からなかった。
ガチモリのもとにチャオ達が殺到し、その誰もがミライを貸してほしいとガチモリに頼んだ。ガチモリは何もわからなかった。貸すことで自分が実際的なデメリットを被ることなんてないということも、自分が貸すことをどこか躊躇っているということも、ペペスが積極的に行なってきた他者へ影響を与えるという機会が今自分のもとにも訪れているということも。
困っているガチモリを見て、ベベスが動いた。とりあえず、みんな眠るのは一日一回夜だけだから、ということでミライの貸出しを一日につき一匹に限定した。それとペペスに頼んで、ミライがいつもの場所から持ち出せないよう洞窟に固定した。順番はレースの順位で決めた。
それから毎日、一匹ずつチャオがミライの上で眠ることとなった。一匹目の赤いチャオは、夢を見るのが楽しみ過ぎて興奮して眠れなかった。朝、洞窟を出た赤いチャオの元に他のチャオ達が殺到したが、赤いチャオは悔しそうに眠れなかったことを伝え、ガーデンで爆睡した。
そんな事件もあったりしたが、基本的にみんなあの夢を見ることができた。中には興味を示さないものもいたが、チャオ達はあの夢に意識を奪われていた。
しかし、わからないことが多すぎて語ることはできなかった。それが逆に、気持ちの昇華を妨げていた。チャオ達は文字通り夢心地で日々を過ごすこととなったのだった。
ガチモリは居心地が悪かった。自分と運命的な出会いを果たしたものが、自分でないものと運命を共にし始めたときの無力感と言ったらなかった。ミライはあのとき分解されたままでいるべきだった、と思った。
ペペスがカオスチャオになった。
ペペスの分解と再構築の能力はもう上がりきらないところまできていた。レース場のコースを変えることもできたし、ガーデンの岩場をアスレチックにすることもできた。そんなペペスでも、ガーデンを染めたカオスを変えることはできない。いつか変えられる時が来るのではないかとみんなは思っていたが、ペペスはカオスチャオになった。
その頃ベベスは、フンっすると頭が三つになるようになっていた。だからベベスは相変わらず人気だった。
ベベスがミライに興味を全く示さなかったので、ジジスもミライに全く興味がなかった。ジジスはベベスに音速で頬ずりができるようになっていた。
ガチモリはレースを頑張っていた。一位になったことはなかったけど、ガチモリはいつも上位だった。レースをしていないときは、ベベスとジジスのところにいた。
他のチャオ達は、思い思いに駆けたり飛んだり泳いだり登ったりしていたが、心はミライの中にあった。
そんなある日、ペペスがガーデンからいなくなった。
ガーデンは動き続けていた。誰も誰かがいなくなるなんて思っていなかったけど、誰かがいなくならないとも思っていなかった。だからチャオ達は、いつも通りに生活をしていた。
ベベスとジジスとガチモリは、悲しんだ。ペペスがいなくなったこともそうだが、自分達にとって大事なものがなくなっても誰も悲しまないことが悲しかった。理解よりも冷たい実感が三匹を刺していた。
三匹はひたすらペペスを探したが、ペペスが初めて転生したときに生まれたタマゴが割れていたのを見つけただけだった。
また、チャオがカオスチャオへ進化した。それを珍しがる暇もなく、同時期に転生をしたチャオ達が次々とカオスチャオへと進化した。そして漏れなく彼らはいなくなり、気付いた頃にはタマゴが割れていた。ガーデンの日常に、確かな変化が訪れていた。
ガチモリはレースで一位になっていた。自分よりも速いチャオがいなくなったからだった。彼らがいなくなったことによって、ミライが自分のもとに戻ってくることも多くなった。でもガチモリは走ることをやめることはできなかったし、ミライの上で眠ることもできなかった。
ジジスはベベスをなでなでし続けていた。でも、ベベスはちょっとずつ元気がなくなっていた。だから、ジジスもちょっとずつ元気がなくなっていた。
いっぱいだったガーデンは、チャオ達が動きやすいくらいには空いた。ガーデンを染めるカオスだけがやたらと充実していた。
ベベスが死んだ。
次々とチャオがひっそりいなくなっていく中、べベスははっきりと死んだ。灰色の繭に包まれて死んだ。
ジジスは愛する相手がいなくなって、声をあげて泣いた。ガーデンのチャオ達は悲しいということがどういうことなのか知らなかった。チャオ達は、泣いているジジスを見て悲しみを知った。自分達はベベスを失ったのだ。
ガチモリは激怒した。ベベスを失ったことはもちろん悲しい。でも、ペペスがいなくなったときに、なんで誰も悲しまなかったのだ。あんなにも自分達の日常を豊かにしてくれたペペスに、なんで誰も感謝しなかったのだ。
でも、ガチモリにそんなことを言える相手はいなかった。ガチモリはペペスの後ろをくっついているとき以外は、ベベスとジジスのところにいた。そのジジスもベベスが死んで悲しんでいる最中だというのに、ペペスのときはなんでみんな、なんて言ってしまったら、ジジスにとって自分もそのみんなのように見えてしまうだろうと思った。
ガーデンでは急激にカオスチャオになるチャオが増えた。そして、彼らは全員いなくなった。
ガチモリが見たいものなんてガーデンにはなくなっていた。ガチモリはミライの上でひたすら眠った。眠くなくても眠った。
ペペスが世界を操っていた。夢の中でも、ペペスはカオスチャオだった。ガチモリはペペスに帰ってきて欲しかった。ガーデンを変えて欲しかった。でも、カオスチャオはガーデンにいられないということを、ガチモリは理解し始めていた。
つまり、それは、どういうことかというと、ガーデンを変えられるのは、自分達だけだということだった。