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ガチモリはジャムを食べた。
チャオ達がカオスチャオになっていくのは、ガーデンがカオスに染まっているからだと考えたのだった。チャオ達が減り、ベベスもいない今、ジャムの増加は落ち着いている。ジャムを食べきってしまえば、ガーデンがジャムを飲み込むことはない。
ガチモリが食べたのは自身のジャムだった。鼻の奥に広がるようなクセのある味と、その割にあっさりとした喉越しと清涼感。そして、その後に訪れる喪失感。この喪失感が、自分のものなのか、ジャムが持つ中毒性であるのか、ガチモリにはわからなかった。
ガチモリがジャムを食べているのを見た他のチャオ達もジャムを食べ始めた。ジャムを食べることは、ガーデンでは禁忌であった。誰かが言い出したわけではなかったけど、ペペスがジャムを観察し始めた頃から触れてはいけないようであったし、ジャムがガーデンに染み込んでガーデンが変化するようになってからは、より神聖なもののように扱われた。ガチモリがその沈黙を打ち破ったことにより、他のチャオ達も欲求の赴くままにジャムに食らいついた。
ガチモリは、なんだかよくわからないがジャムを一緒に食べるチャオ達が増えて、安心した。彼らはまだ生きている。
思ったよりジャムは減らなかった。ジャムはチャオ達の体よりも大きく、何よりもすぐに満腹になる。
だが、次に誰かが転生するまでに、食べきる。そして、ずっと食べ続ける。ガチモリは決意でみなぎった。
うんこをすると、それはジャムだった。
ガチモリはショックを受けた。いつも通り便意を感じたのでフンっをしただけだというのに、ケツから出てきたのはあのジャムだった。うんこの形をしたジャム、あるいはジャムの形をしたうんこであればまだ救いはあったのかもしれないが、思い切って齧りついたら、やはりジャムの形をしたジャムだった。
これではガーデンからジャムが減らない。もうヒキコモルしかないとガチモリが思ったのも束の間、ジャムはガーデンに染み込んでいった。ガチモリは驚いた。タマゴから生まれたジャムより、遥かに早く染み込む。
ジャムが染み込むと、ガーデンの一角は元のガーデンの色に戻った。ガーデンが新たな一面を見せたのだった。
ガーデンのカオス化が止まり、あるべき姿へ戻る動きを見せていても、チャオのカオス化は止まらなかった。
ガーデンに残っているのはもう十匹となったいたが、ケツからジャムをするのはガチモリとジジスだけであった。
ガチモリは、カオスチャオにならないチャオの共通点を見つけていた。それは、ミライを使っていないということだった。例外は、ガチモリだけであった。
ガチモリは、おそらくそれは正しいのだろうと思ったが、自分とジジスの共通点まではわからなかった。
他のチャオ達は、幸せそうに遊んでいた。少なくともガチモリの目にはとてもガーデンを去るようには見えなかった。
ジジスは激怒した。キレジジスだ。
タマゴが何も答えてくれなかったからだ。タマゴが何も答えてくれなかったのだから、ジジスがキレジジスになるのもしょうがなかった。
ガーデンができたときから、ベベスはガーデンにいた。ベベスはガーデンに一人でただ佇んでいた。ガーデンの支配者だった。
でもベベスは死んで、タマゴだけが残された。
ジジスはベベスが死んでから、ベベスの代わりにガーデンの支配者になろうとしていた。ガーデンの木々を管理したり、うんこを掃除したり、良いことをしたチャオをなでなでしてあげたり、悪いことをしたチャオを諭してあげたり、みんなが幸せになれるような活動をした。
そしてベベスのタマゴをなでなでし続けていた。転生を重ね、進化し続けたベベスの本気のなでなでは、それはもう愛に溢れるものであった。相手がチャオであったらキュン死では済まない。
ジジスはガーデンを支配した自分の力が、タマゴに作用してくれることを祈っていた。
そんなジジスのなでなでにも、タマゴは何も答えないのだった。
キレジジスは怒るのに疲れると、今度は泣いた。泣いたあとは眠る。そんな日々だった。
そんなジジスが気付いた頃には、ガーデンは元の姿をかなり取り戻していた。
ジジスはガチモリにペペスの姿を重ねた。あんなにペペスの後ろをちょろちょろしていたガチモリが、ペペスのように写るなんて不思議だった。
でもそれは、ガチモリもいなくなってしまうのではないかという不安を掻き立てた。
ガチモリがいなくなってしまったら、とジジスは周りを見た。そこにいるのは八匹のチャオ達だった。
彼らはベベスと仲がよく、同時にベベスと一緒にいたジジスとも仲が良かった。
そこにベベスがいないことは許せなかったが、残っているのが彼らで良かった、とジジスは思った。
遂にジャムがなくなり、ガーデンが完全に元の姿を取り戻したとき、ベベスのタマゴからベベスが生まれた。
その頃にはチャオはジジス、ガチモリの二匹だけとなっていた。
ジジスとガチモリはベベスとの再会を喜んだ。特にジジスは、ベベスの体がツヤツヤになるぐらいなでなでした。
でも、三匹とも、これが最後だということを理解していた。
ガーデンの支配者であるベベスも、ガーデンのあるべき姿が変わったことを確認した。これでもう、ガーデンにタマゴは残らない。
ガチモリにもうできることはない。ジジスは、ベベスと最後の時を迎えるだけだ。
三匹のチャオ達は、向かい合ってその時を待った。
「みんな」
聞いたことのない言語と、聞いたことのない声がガーデンに落ちた。四匹はガーデンを見渡した。ガーデンを囲っていた岩場の一部が扉のように開いていて、そこに誰かが立っていた。
それは見たことがない生物の姿であったが、それが誰なのか三匹にはすぐにわかった。
彼はペペスだ。
「良かった。変わりないみたいで」
ペペスは三匹の頭を順番に撫でた。自然とポヨがハートマークになる。
「他のヤツらは顔出してないの? 薄情だなあ」
するとおもむろにペペスはケツを出し、フンっした。ペペスのケツからはジャムが出てきて、ガーデンに染み込んでいった。
「たまには栄養を与えないと、ガーデンも生きていられないからね」
じゃ、またね、と言って、ペペスは颯爽と帰っていった。
ベベス達は、自分たちが大きな勘違いをしていたことを理解した。
その夜、ベベスは桃色の繭に包まれ、タマゴになった。次に生まれるかどうかは誰にもわからなかった。
ジジスはベベスのタマゴと一緒にいることを誓った。それはもうジジスにとって悲しいことではなかった。
ガチモリは、ガーデンを出て行くことを決意した。もうガーデンでやり残したことはない。でも、することがないということは、何もしてはいけないということではないのだ。ペペスみたいに、颯爽とケツからジャムを発射しに来ても良いのだ。
ガチモリは自分の体がカオスチャオになっていくのを実感した。そして、一回目の転生で出てくるタマゴが割れる瞬間を、この時初めて見たのだった。
タマゴの中からはチャオキーが出てきた。これが、このガーデンと外を繋ぐのだ。ガチモリがチャオキーを持つと、ペペスが入ってきた時と同じく、岩場が扉のように開いた。
ガチモリはガーデンを出て行くときに、一度振り返った。ジジスがベベスのタマゴに寄り添って、転生をしていた。ガチモリはペペスの言葉を真似て、ジャ、マタネ、といい、ケツからジャムを発射してガーデンを後にした。