第三話 ライオン
アーティカの操縦者は、全部で四十二人いる。
その中でエースアーティカに乗れるのは七人。
七機のエースアーティカには、それぞれ五機ずつアーティカがつく。
六機で一つの部隊なのだ。
エースアーティカのパイロットには、三人も知った顔がいた。
シドヤとルウ。そしてハバナイだ。
僕はシドヤの部隊に配属された。
この部隊にチームワークはなかった。
「ここでの価値基準は、シドヤがエースになる前から、たったの一つしかない。それは撃墜数だ」
部隊の先輩、デデストが言った。
「最も撃墜数を稼いだやつが、次のエースアーティカ操縦者。単純だろ?」
「そうですね」
「気を付けな。単純な競争だからな。誰もお前を助けたりしない」
デデストは下品に笑った。
だけど僕は競争に興味がなかった。
僕はアーティカに乗ることができる。
飛びたいと思った。
操縦者はアーティカをカスタムできた。
アーティカのパーツは、チャオのスキルと同じく、五種類ある。
そして一種類ごとに、通常パーツと強化パーツの二種類があった。
強化パーツは性能で勝るが、重かったりエネルギーの消費量が多かったりする。
僕はヒコウパーツのみ強化パーツにして、他は通常パーツを採用した。
武器もいくつか用意されていたが、飛ぶことばかり考えている僕はサブマシンガンのみを装備することにした。
操縦者になって、三日目。
敵が空から降りてきた。
アーティカは次々と基地から飛び立つ。
僕とクリアもアーティカに乗り込み、発進する。
戦場は城下町だ。
GUNの基地を城に見立てて、その周辺の町のことをそう呼んでいるのだった。
僕以外の四機は、どれも似通っていた。
まず武器は剣だった。
パーツは強化パーツが多い。
ハシリとオヨギの強化パーツは全員つけている。
チカラの強化パーツを、デデストともう一人がつけている。
そしてスタミナの強化パーツ、予備のカオスバッテリーを積んで、エネルギーの消費が速い欠点を補っている。
敵は、機械の小動物だ。
チーターやコンドルなど、チャオのキャプチャする小動物を模したような形をしている、単色の機械だ。
黄色一色のチーター。真っ赤なコンドル。
人と比べれば巨大だが、アーティカよりかは小さい。
サイズは、丁度チャオと小動物の関係だった。
その小動物が、何十機も降ってくる。
僕は空を飛ぶ。
まだ僕はアーティカを動かすための基礎訓練と、武器の扱いの訓練しか受けていない。
模擬戦すらしていない、初めてのアーティカでの戦闘。
チャオバトルでのチャオの動かし方とほとんど同じことに助けられる。
始めにチャオがアーティカとシンクロし、そのチャオと人間がシンクロすることで、人間はアーティカを操縦できる。
僕は問題なくアーティカを飛ばすことができた。
だけど。
僕のアーティカは遅かった。
チャオバトルをしていた時と比べて、アーティカの飛行は遅く感じられる。
アーティカを構成する機械やフレームの重さが邪魔をしているのだ。
これでは、自由に空を飛べない。
素早く敵を翻弄できないことに危機感を覚え、僕は敵から距離を取って、サブマシンガンを撃つことに終始した。
そんな僕の頭上を、一機のアーティカが風のように通り過ぎる。
下半身がなく、代わりに背中に大きなヒコウパーツがついていて、まるで蜘蛛のようだ。
蜘蛛のアーティカ。
それは僕の兄のスターダムを改造した、シューティングスターという機体だった。
操縦しているのは、かつて僕とスケヤ君をチャオバトルで負かした、ルウだ。
敵と敵の間を吹き抜けながら、二丁拳銃で空を飛ぶコンドルとクジャクを撃ち落とす。
そのスピードこそ、僕の求めていたものだった。
一方地上では、シドヤの乗るエースアーティカ、ダンシングビートが小動物を殴り、破壊していた。
彼のアーティカは肉弾戦に特化した機体で、武器を持たず、手足で攻撃して戦うように作られている。
小動物の動きは、これまでの僕たちのチャオバトルでの動きと比べるとだいぶお粗末だった。
だからルウもシドヤも、次々に小動物を破壊する。
そして僕のアーティカも無傷で戦闘を終えたが、距離を取っていたせいで撃墜数はコンドル一機だけだった。
城下町から小動物がいなくなり、僕たちは基地に帰る。
僕はシューティングスターから降りるルウを見ていた。
あれは僕が乗るべき機体だと思った。
一匹のチャオ、ルウの使っているのとは違うチャオが、ルウに向かって飛んでいき、
「よう、今日も絶好調だったな」
と話しかけた。
そのチャオは、ニュートラルのカオスチャオだった。
「気持ちいいよ。これは。これを知っちゃうと、もう他のアーティカには乗れない」
「だろうな」
僕は遠くから、その会話を盗み聞きしようとする。
チャオが、人間と同じように流ちょうに喋るのは珍しい。
「なに? もしかしてあんたも乗りたいの?」
「別に。それにお前とはシンクロできないしな」
「カオスチャオでも私は乗りこなすよ。それとも、振り回されるのが怖い?」
「乗りこなせるようになってから大口は叩けよ」
軽口を叩いたカオスチャオは、今度は僕の方に飛んできた。
「よう」
とカオスチャオは手を挙げた。
僕も手を挙げて返す。
「あ、ああ」
「よう」
カオスチャオはもう一度、言った。
今度は僕ではなく、僕の抱いているクリアに言っているみたいだった。
クリアは反応しない。
「噂どおり、心がないみたいだな」
「そうだけど」
「心のないチャオではこの先、戦っていけないぜ。エースアーティカに乗るのは絶望的だ」
「なんでそう思うのさ」
「事実さ。エースアーティカの操縦者に選ばれるには、人間だけでなくチャオにも才能が求められる。そういう点じゃ、お前のチャオは最悪だな」
僕はむっとして、言い返す。
「これも才能だよ」
「それはただの戯れ言だ」
カオスチャオは僕をにらむように見た。
話に聞くとおり表情の変化が乏しくて、本当ににらんでいるのかはわからないが、そんな感じがした。
「そんなに言うんなら、マキナがパートナーになってあげれば?」
ルウが来て、言った。
カオスチャオ、マキナが嘲笑した。
「冗談はよっしーだ」
「僕だってお断りだ」
「ああ、そうだ。お前、タスクって、テスクの弟だろ?」
そうだけど、と僕はうなずいた。
「誰?」
とルウがマキナに聞いた。
「前にスターダム乗ってて、死んだやつだよ」
「ああ。あれの弟だったの。なるほどね」
ルウも兄のことを知っているみたいだ。
「なるほど?」
「兄弟揃って、チャオバトルの才能はそこそこあったってことでしょ?」
ルウの言い方には、なんとなく僕や兄を見下したところがあった。
「僕もエースアーティカに乗る。でも死なない」
「そうだね。そうできるといいね」
「さて、そろそろ次いくか」
とマキナが見ている先には、ハバナイがいた。
「次は面白い戦いを見せてくれよ。それとな、お前のお兄ちゃんのチャオ、チャオガーデンにいるぞ」
「え?」
「チャオの方は生き残ったんだよ。エースアーティカに乗ったチャオだ。才能があるのは確かだろうぜ。それじゃあな」
マキナは手を振り、飛んでいった。
「あいつは、なんなんですか」
僕はルウに聞いた。
「あいつは誰のチャオでもないよ、始めから。強いて言うなら、アーティカの素材にするために、GUNに飼われていたってとこ。でも色々あって、今は基地の中限定だけど自由の身」
「アーティカの素材?」
「アーティカの中枢、人工カオス。それを作るのにカオスチャオを使うんだ」
「マキナはそれに選ばれなかった、ってことですか」
「逆だよ」
「逆?」
「アーティカになれば、心を失う。人と同じように話せるあいつをアーティカにするのはもったいない。他に使い道があるんじゃないか。そう判断されたんだ」
現実には、マキナと話すうちに研究者や職員がマキナに愛着を持ったから、そんな理屈でアーティカにするのをやめたのだろうとルウは言った。
確かに、これまであんなチャオは見たことがなかった。
だけどクリアとではエースアーティカに乗れないというマキナの発言を、素直に認める気は僕の中に少しもなかった。
マキナの予想を越えて、見返してやる。
僕はそう決意し、だからチャオガーデンにも行かなかった。
僕に、兄のチャオは必要ない。
なぜ自由に飛べなかったのか。
パーツの選択は間違っていなかった。
足りないのは、カオスカメラルドだ。
カオスエメラルドを装備するエースアーティカなら、もっと速く飛べる。
それはルウのシューティングスターが証明していた。
それにエースアーティカには、普通のアーティカとは全く異なる、オーダーメイドの強化パーツを装着できる。
飛ぶなら、エースアーティカに乗るしかない。
そして、この部隊でエースアーティカの座を目指す以上、デデストのような姿勢でいることが正しいのだった。
僕は自分の撃墜数を稼ぐことだけを考えて、アーティカの装備を整えた。
その結果、武器はナイフ一本になった。
ランの強化パーツをつけ、他は通常パーツにする。
敏捷性を最優先した装備だ。
誰よりも速く敵を倒し、次の敵を求めて戦場を走る。
そういうアーティカである。
チカラの強化パーツがない分、的確に攻撃しなければ余計な時間がかかる。
オヨギの強化パーツがないから、数度の攻撃を受けただけで死んでしまう危険性がある。
そしてヒコウの強化パーツがないから、この機体はろくに飛べない。
それでもうまくやれば撃墜数を最も稼げるし、僕はうまくやってやるつもりでいた。
次の出撃で、僕は実際にうまく立ち回ることができた。
アーティカは飛ぶよりも走る方が得意なようだ。
走った方が飛ぶよりも断然速い。
そして僕のアナザータスクは賢くない小動物たちを完全に欺き、一方的に切り刻むことができた。
素早い動きが特徴のチーターとイノシシ。
しかしどちらもその速さで真っ直ぐ向かってくることしか能がない。
現実のイノシシの方がまだ賢い。
飛びかかってくるチーターには、こちらも素早く前に出てその腹をナイフで裂き、突進してくるイノシシは、横に回避して側面からナイフを突き刺す。
あとはそれぞれの前進する力が、勝手に小動物の体を裂いた。
ゴリラのような、パワー自慢の小動物は、とにかくスピードで翻弄して攻撃を空振らせ、その隙にナイフを突き刺すだけ。
大成功だった。
僕は戦闘が始まって二十分もすると、前回のデデストたちのスコアを上回った。
デデストたちが狩るはずだった分を僕が狩ったので、彼らのスコアは酷いことになっているだろう。
舞い上がり、さらに他の小動物を求めて走る僕に、これ以上進むなというシドヤからの通信が入る。
「なんでですか」
「その先にいるやつと交戦中だがな、これは普通のアーティカで相手になるような敵じゃない。無駄死にするだけだ」
「そんなの、やってみなくちゃわからない」
「やってるからわかるんだよ」
僕は構わず、シドヤの座標へ向かった。
そこにはルウもいた。
シドヤとルウの二機が戦闘しているのは、ライオンの小動物だった。
しかしそれは他の小動物よりも大きい、アーティカと同じサイズの、二足歩行をする機械であった。
小動物というよりも、ライオンを模したたてがみのあるアーティカといった方が近い。
ライオンは大きな剣を持っていた。
その剣をシドヤに向け、動きを牽制している。
ルウにはあまり意識を向けていないようだった。
ルウが近付いてくれば銃撃を回避するために動き回るが、そうでない場合は町の建物が盾になるように立つ場所をうまく調節している。
僕はその戦闘をビルの上から見ていた。
ここだという隙を見たら、僕があのライオンを撃破する。
そう思っていた。
しかしライオンは膠着状況を破った。
ルウの機体が、ライオンに近付くために方向転換をした瞬間だった。
ライオンはルウの機体に向かって走り、跳んだ。
ルウは上昇して逃れようとするが、間に合わなかった。
ライオンの剣がルウの機体を切断する。
蜘蛛のようなルウのアーティカは、前と後ろに分かれて墜落する。
するとライオンは目的を果たしたと言わんばかりに、他の小動物たちと共に素早くルウのアーティカを回収し、空へ帰っていってしまう。
ルウのアーティカ、シューティングスターには、脱出ポッドがつけられていた。
それは僕の兄が乗っていた、スターダムの時にはなかったものだ。
戦闘後、城下町の外れにその脱出ポッドが落ちていたのが見つかったが、中にルウはいなかった。
でも、僕たちはルウの生死の心配をしていなかった。
カオスエメラルドが、アーティカごと敵に回収されてしまったことの方が重大だった。
敵は強くなり、僕たちのエースアーティカの席は減った。
希望が一気に奪われてしまったような気分にさせられる。
僕は、兄の機体がもう一度破壊されたような気持ちになっていた。
だからルウのことは少し悲しかった。
兄の機体に乗るなら、それ相応の成果を見せてほしいと、僕は期待していたらしい。
そしてもう一つ。
僕のチャオ、クリアが死んだ。
心のないチャオは転生できない。
それどころか、生きる意思のないチャオは、普通のチャオよりもずっと早く寿命を迎えるのだった。
パートナーのチャオを失った僕は、当然アーティカに乗る資格も同時に失った。
そして僕の代わりにスケヤ君がアーティカの操縦者になった。