第二話 少年ハート
「ふざけるんじゃない。お前たちは世界のためと言って、俺の家を壊す気か。跡継ぎがいなきゃ、子供なんて作る意味はないんだ」
父は怒り狂ったが、僕はGUNの人に守られるように父の手から逃れた。
「お前もお前だ。親の言うことを聞かないで、チャオを隠し持っていたのか。お前のような、人の言うことを聞けないやつは、戦争に出たところで殺されるだけだ。今すぐこっちに戻ってこい。今なら許してやる」
僕はなるべく父の声を聞き流すように努めた。
徴集された操縦者候補の子供は僕たちを含めて二十人いた。
半年に一度、こうして子供たちが徴集されるのだった。
徴集され、GUNの基地に来た子供たちは、まず会議室に入れられた。
僕とスケヤ君は、あの敗北があったために、この中で自分たちが強いとは思わず、身構えていた。
だけど、たぶん集められたみんなが同じような経験をしていたのだと思う。
みんながみんな、緊張していた。
僕たちを連れてきた兵士が、僕たちに言った。
「君たちの司令官であらせられる、パパパパーン・マママン司令がもうすぐ来られる」
「パパパパーンって」
とスケヤ君が笑った。
つられて何人かが笑った。
僕も笑いそうになった。
「パパパパーン司令を愚弄するな!」
兵士が叫んだ。
「パパパパーン司令は、親元を離れて戦わなければならない君たちのことを思い、自らが君たちの父や母とならんとして改名なされたのだ!」
それでそんな名前なのかよ。
僕はどん引きした。
そこに厳めしい顔の男が入ってきた。
パパパパーン司令だった。
司令は、話を始めた。
顔と同じように怖い声だったが、なるべく優しく語りかけるようにしているようだった。
「僕は、パパパパーン・マママン! みんな、元気かな?」
僕たちはがんばって笑わないようにした。
司令は首をかしげた。
「君たち、真面目だね。いつもならこの名前を面白がって、笑いが起きるんだけど」
僕は横目で、さっき怒っていた兵士を見た。
兵士は目をつぶって、必死に知らない振りをしていた。
「君たちはこれから、親も兄弟もいない場所で、戦争のために生きていかなければならない。だけど心配することはない。ここにいるみんなが、仲間だ。僕が親だ。それだけじゃない。君たちより前にここに来た先輩たちがいる。彼らが兄や姉となって、君たちを支えてくれるだろう」
司令の話は要するに、僕たちはまだ子供であり、子供から急に大人になる必要はないから、気を楽にしなさい、といった内容だった。
それに僕たちはすぐに戦争に参加しなければならないというわけでもないらしかった。
僕たちはあくまで操縦者候補。
操縦者に値する実力を身につけるまでは、アーティカに乗ることはできない。
それは確かに、安心できる話だった。
なにもわからないまま戦場に行かされたら、たぶん死ぬだろう。
そういう使い方をされないとわかったことはよかった。
しかし僕が一番気になったのは、親も兄弟もいないと司令が言ったことだった。
気にしすぎかもしれないと思いながらも、気になって、鼓動が早まる。
そして僕たちは、先輩たちの集まっているアーティカの格納庫に案内された。
そこには操縦者候補だけでなく、操縦者も全員集まって、僕たちを拍手で迎えてくれた。
一瞬嬉しい気持ちになったけれど、そこにいる人たちの眼差しからは鋭さを感じる。
見下すような目。
推し量るような目。
敵視する目。
操縦者候補の中に、僕とスケヤ君を負かした、あの二人がいた。
二人は無関心そうな顔で拍手をしている。
そして比較的年齢層が上の、操縦者の中にも、兄は見つからない。
司令は、アーティカの中でも、カオスエメラルドを搭載している七機の特別な機体について説明を始める。
その七機の、エースアーティカに乗ることは名誉であり、僕たちの目標になるだろう、ということだった。
しかしそのうちの一機は、つい先週撃墜されて、修理している最中だった。
その機体は、頭しか残っていない。
操縦者は死亡したそうだ。
機体の名前はスターダムだと、司令は言った。
一緒に飛ぼうという兄との約束は果たされなくなった。
僕は悲しかった。
だけど僕はその夜、兄のように飛べるようになろうと、改めて決意した。
そうすれば、生き返ってくるわけではないが、一緒に飛ぶということができるのではないか。
そんな感じがする。
兄の華麗な飛行を取り戻す。
それが僕の、ここでの目標となった。
兄の死亡によりエースアーティカの操縦者、いわばエース操縦者の席は一つ空いた。
操縦者の中から一人が昇格して、そして候補者の中から一人が操縦者になった。
操縦者になったのは、僕たちを負かした女と一緒にいた、あの男だった。
男の名前はシドヤ。
そしてあの女の名前は、ルウ。
ルウはシドヤの次に強いと噂だった。
チャオバトルで最も強い者が、次の操縦者になれる。
そう候補者の中で信じられていて、事実そのように操縦者は決まっていくので、候補者の中では頻繁にチャオバトルによる格付けが行われていた。
僕たちはアーティカを操縦するための訓練、チャオを自在に操れるようになるために障害物競走などをするといったもの、をこなしながら、夜になるとチャオバトルに明け暮れた。
僕は、いや、僕のクリアはこの世界でも有利だった。
鍛えられて実力をつけると、人もチャオも調子に乗る。
協調できずに動きが乱れる。
だが僕とクリアにそういうことは起こらない。
僕は、同期の中で一番になった。
スケヤ君も協調性の乱れにはまっていた。
僕はトップとして行けるところまで行こうと思い、僕たちより上の世代に挑むことにした。
しかし誰に挑めばよいのかわからなかったので、チャオバトルをしている輪に近付いて、
「勉強したいんで、相手をしてもらえませんか?」
と言ってみた。
すると一人が快く引き受けてくれた。
第一のカモ、ゲット。
そう思った。
「僕はタスクです。よろしくお願いします」
「俺はケゲン。よろしくな」
試合開始。
「先手必勝!」
様子見をしようとした相手にやや強引な攻撃をしかけ、勝利。
ケゲンのチャオの顔面にペイント弾が命中した。
「ちょっと待て、もう一度だ」
「先輩、負けは負けですよ。こんな負け方をする人とやっても、勉強にはなりませんね」
嘲笑する。
僕は勝ったことで気を大きくしていた。
それにこれは作戦だった。
挑発されて気が立っているやつと戦うことになる。
相手は攻めっ気を出してしまうはずだ。
そこをカウンターで勝つ。
「俺が相手する」
そう言って立ち上がったのは、ハバナイという人だった。
落ち着いているように見えたので、作戦が成立するか怪しいと感じる。
なにはともあれ、試合開始。
ハバナイは試合開始してすぐ、三発もペイント弾を撃ってきた。
それは当然回避できる。
さっきと同じように強引に攻めようとしていたら当たっていただろうが、僕はそんなに単純ではないぞ、とほくそ笑む。
ペイント弾は十発しか撃てない。
相手はいきなり三発も消費してしまったということで、これなら弾切れをさせて勝つことも視野に入れられそうだ。
しかし基本の狙いはカウンター。
距離を詰めようとしてくるハバナイのチャオ。
近付けさせて、チャンスを狙う。
僕は、真っ直ぐこちらに向かう軌道になった瞬間を逃さずに、ペイント弾を撃った。
それは綺麗にヒットするはずだった。
しかしチャオは引っ張られたように上昇し、弾を飛び越えた。
そこからのハバナイのチャオの動きは奇妙だった。
どんどん近付かれるので、僕は撃ち続けるしかない。
軌道を予測して撃つのだが、チャオの動きに一貫性はなく、どこに向かってなにをしようとしているのか、不明だった。
数秒ごとに方針を変えて戦っているような、非合理さがあった。
弾を全部避けられてしまい、僕は負けた。
「君のチャオ、心がないんだって?」
ハバナイにそう聞かれ、僕はそうだと答える。
「心のないチャオでは、ここでは勝ち上がれないぞ」
「どういうことですか」
「君は今、君の同期の中ではトップクラスだろう。協調性の壁にぶち当たらないからな。でも、その壁を越えた先にある領域に着いてからが、チャオバトルの本番だ。俺はね、さっきの戦いで、ほとんどチャオを操縦してないんだ。チャオに大体の動きは任せていた。そしてその間、俺はこの目で、君たちを観察していた」
ハバナイは自分の目を指さした。
彼は、チャオの操縦を放棄してシンクロを弱めることで、自分自身の目で僕たちを観察。そして、僕が攻撃をしかけようとするのを察知した時にシンクロを強めてチャオを動かし、弾を回避した。
この技術を、スイッチングというらしい。
「そして後半は俺とこいつとで、操縦権を頻繁に変えながらやっていた。そうすることで、予測不能な動きが可能になる。俺たちはこの戦法をデュランダムと呼んでいる」
デュアルとランダムを組み合わせた造語ということだった。
一人で操縦していると、本人は気が付かない部分でどうしてもワンパターンになってしまう。
それを相手に見つけられると、負けてしまう。
だからこの方法で、自分たちのパターンを乱すのだという。
「アドリブ性に長ける、天才肌なやつはこれで勝ち上がっていく。戦略に長けるやつは、スイッチングをうまく使う。俺は正直、デュランダムはうまくできない」
ハバナイによれば、シドヤもルウもデュランダムのセンスに長けているということだった。
僕は戦略で戦うタイプだが、クリアとでは、スイッチングを使うことはできない。
勝ち上がれない、とハバナイが言った意味がわかった。
でもデュランダムならできると思った。
別の戦闘パターンを持つもう一人の僕を作り、それと交代交代で戦えばいいのだ。
僕のその試みは、選択肢を常に生成していくという形に落ち着いた。
右に行くか左に行くか。上なのか下なのか。
思い付く限り選択肢を作り、それを瞬時に、勘で選ぶ。
僕だけの戦法、アナザータスクの実験台には、同期の連中がなってくれた。
まだ壁を越えられていない彼らを踏み台にして僕は、アナザータスクを技術として確立した。
しかし思わぬ変化もあった。
強くなったのは僕だけでなく、スケヤ君もだった。
彼は僕の戦い方の変化を見たことで、デュランダムに似た考え方を思いついたのだった。
そこから少し洗練すると、もうそれはデュランダムそのまんまの戦法となった。
そしてスケヤ君はデュランダムに気づいたことによって、同期の誰よりも早く、壁を越えた。
その時には僕はもう、アナザータスクを駆使して、操縦者候補の中では上の方に行きつつあったけれども。
二年が経ち、いよいよ僕は操縦者候補の中でトップに立った。
勝てなかった人もいる。
ルウと、ハバナイ。それとあと数名。
僕が勝つ前に、操縦者に昇格してしまった。
そして僕の次に強かったのは、スケヤ君だった。
ある日、スケヤ君が僕に言った。
「決着をつけよう」
その前の日に、操縦者のチャオが死んでいた。
アーティカを動かすには、チャオも必要だ。
扱い慣れたチャオを失えば操縦者ではいられなくなる。
席が一つ空いたのだった。
スケヤ君は強くなっていた。
だけど彼にはデュランダムは合っておらず、スイッチング主体の戦い方になっていた。
デュランダムとスイッチングとでは、スイッチングの方が不利だ。
僕はそう見ている。
戦いの状況をよく見て戦うスイッチングは、その戦略の性格上、守勢に回りやすい。
攻めに出やすいデュランダムに押し切られて負けるというのが、スイッチングのよくある負けパターンだ。
そのパターンを克服しないと、スイッチングでは勝てない。
ハバナイは克服していた。
スケヤ君も、いいところまで来ている。
だけど僕の方が強い。
僕のアナザータスクは、デュランダムの変形の戦法だ。
だから僕から攻める。
僕はこの頃には、最大五つの選択肢を瞬時に浮かべることができていた。
五人の僕が協力して戦っているのだから、仮にデュランダム使いが相手でも、強気に立ち回ることができる。
ハバナイができなかったことが、僕にはできる。
ハバナイは弾を回避するためにしかデュランダムを使えていなかった。
しかしそれでは不足である。
デュランダムは、相手を翻弄して隙を生み出すために使うものだ。
だから牽制のために、攻撃をしかけていかなければならない。
そして隙が生まれたら、デュランダムを即座にやめ、隙をつくことに全力を注ぐ。
それがデュランダム使いの必勝パターンであり、僕もこのパターンを極めた。
僕はとにかく接近する。
スケヤ君はなるべく高く飛んで、冷静に戦いを把握しようとする。
僕は臆さず、追う。
接近した上で予測しにくいように動き、相手が予想していないであろうタイミングで弾を撃つ。
これは当てる必要がないから、狙いをあまり定めず、それよりも相手の不意をついて焦らせるために、予備動作を限りなくなくして撃つ。
十発のうち九発は牽制のために使っていい、というのが僕の結論だった。
だから僕は、狙いすまさない、しかし相手にとってみれば予測不能で油断できない牽制弾を連射する。
狙っていないと言っても精度はなるべく高めているから、回避しなければ当たるのである。
不意をついた攻撃を回避することによって、隙が生まれる。
スケヤ君は、より高く飛ぼうとした。
距離を取りたかったのだろう。
しかし単調に逃げるだけの行動になってしまったことを僕は見逃さなかった。
連射して、たとえ一発目を避けたとしても回避しきれないよう、スケヤ君の周囲を弾で塞ぐ。
スケヤ君は引き分けや相殺を狙って、ペイント弾を撃つ。
僕は難なく避けた。
僕の勝ちだった。
そして僕が、アーティカの操縦者に昇格した。