十五話 バスター
事務所にある大きな探知ガラスが赤く光っている。赤のカオスドライブの反応だ。縦に伸びた楕円の形をしているが、下半分は台座に埋め込まれているので、赤く光ると大きなパトライトのようにも見える。まあ確かに、遠くはない。南西の方から覗かないと赤く光って見えない。カオスドライブがあるのは北東ということだ。光の強さから判断するに、隣町辺りにある。
カオスドライブを生成するのには、生物からカオスエレメントを取り出して調合する必要がある。調合して、カオスガラスの中に入れて完成だ。ちなみに、探知ガラスもカオスガラスでできている。一度カオスガラスの中に入れてしまうと、探知ガラスを通してもカオスドライブを発見できない。二枚以上カオスガラスを挟むとカオスドライブの光は見えないし、逆にカオスガラスを通さなくても光は見えないのだ。
「ロースト、今回は誰が行く?」とフェニーが言う。ローストとはバスターのリーダーのことだ。ダークヒコウの二次チカラだ。
「この程度の反応なら誰が行ってもいいな。じゃんけんでいい」
バスターは十名で構成されているので、四、三、三の三班に分かれてじゃんけんをした。四はどちらかといえば戦闘向き、三は司令塔に成りうる人員、残りの三はヒコウタイプだ。この中から一名ずつ出動する。誰が行ってもバランスはいい。
結果、司令塔は紫のニュートラルハシリ、リング、戦闘員はチェイス、ヒコウ員は黒のニュートラルヒコウ、ライザになった。
「あと保険でメンメも行ってくれ」とロースト。
「結局かあ」
「お前は強いからな」
「そうね」
私たちは防具を身に付け、屋上へ出る。この防具、自衛隊とか戦闘員とかそういうイメージよりも、宇宙飛行士みたいな印象を覚える。屋上から上に飛んでいった方が似合うかもしれない。
板厚のステンレスのバスケットに乗り、ライザがバスケットについたワイヤーを防具についた接続部に繋げる。そして、ライザが飛ぶ。南西に向かって、少し高めに飛ぶ。
ペンダントのようにぶら下げたカオスガラスの破片を見ながら、私は方角を確かめる。これはバスターのメンバーが全員身につけている。アクセサリーレベルのサイズなので、光の強さが弱く、その方向の反応の有無程度しかわからない簡易的なものだ。
「いいねー、ばっちりだよー」
「はいよー」
ライザは穏やかに答えるが、爽快感のあるスピードで飛ぶ。この調子なら反応のあるところまで五分も掛からない。
隣町に入ってすぐにわかったが、この反応の方向と距離はおそらく町の中の方ではない。川の辺りだ。川沿いにいる野良猫か何かからエレメントを取り出したのだろう。ライザも多分気づいていて、カオスガラスは見ずに、川の方を見ている。そして、そのまま河川敷に降下していった。高く伸びた雑草が多く点在した河川敷だ。
川沿いの中でも、カオスドライブの反応が出やすいのは橋の下だ。特に橋脚の周りは高く伸びた雑草が多く、その中に誰かがいても気づきにくい。私たちは最初に橋脚を疑い、近くの橋の方へカオスガラスを向けたが反応がない。ということは、この高く伸びた雑草のどこかだろう。
「ちょっと待ってろ」
ライザが飛び上がり、雑草に向けてカオスガラスをかざした。そして雑草の中を黙って指さして、降りてきた。
「なるほどね」とリングが言う。
「近くに車が停まっているようにも見えない。反応があってから俺たちがここに来るまでに十分ちょっとは掛かっているのに、未だエレメントはガラスの中に入れられてない。中途半端だ。まあ常習犯ではないな。とりあえず囲って距離を詰めよう」
なるべく大きな音を立てないように、反応のある地点を囲う。囲っている間に、囲おうとしている範囲を誰かが抜けていないか、注意を一応払う。
なんとなく、もうこの問題の終わりが見えてきている。犯人は多分地元の好奇心旺盛なやつで、別に悪用しようと思っていた訳じゃない、やってみたかっただけ、みたいなことを言う。それで、私たちが警察を呼んで犯人を引き渡す。それか、試しにエレメントを抜いて見たけど、怖くなって逃げ出して、もう雑草の中には誰もいない。大体そんなもんだと思う。仕事にやりがいを求めている訳じゃないけど、つまらないものはつまらない。
雑草の中には、ぼーっとした表情の猫と、地面に溶け込むことなくごく小さな水溜りになったカオスエレメントがあった。見た目は無色だが、カオスガラスを通すと赤く見えるので、間違いない。ということで、多分予想の後者が当たった。
「何事もなくて良かったが、それにしても、またイレギュラーか。猫から赤のエレメントってどういうことだ」とリング。
普通は、生物の種類と抜けるカオスエレメントの色には関係性がある。猫だったら、普通は青だ。でも、ここ一年くらいでその関係性が崩れてきている。規則性がないと言ってもいいレベルだ。そもそもカオスエレメントには不明な点が多く、元々生物の種類そのものとカオスエレメントの色に強い関係性があったのかどうかも怪しい。本当は違う条件が色に作用していたのではないか、という説もあるが、どれも実証には至っていない。今わかっているのは、カオスエレメントが最近おかしい、ということくらいだ。これが何か面白いことを引き起こしてくれればいいんだけど。
リングがカオスエレメントを回収し、あとは帰還するだけだ。私たちはまたバスケットに乗った。
「そういえば」とチェイス。
「上下反転の術って、腕で地面蹴ってるのか?」
「正解。よくわかったね」
「だって、それしかなさそうだから」
「つまんないなあ」