十四話 ケツに銃弾はぶち込めない
『このもりもりの紋所が目に入らぬかあ!』
暇すぎる。他のやつらもトランプやらボードゲームやらやっていて、もう何の職場なんだかわからない。
どうせ暇なら、自宅でゴロゴロしてた方がマシかもしれない。なんとなく何かしてなくてはいけない時間ほど苦痛なものはない。お金はもう十分にある。いつ辞めてもいいのだけど、入社するときには夢を持って入社したし、今はこの会社に必要とされているから、辞めるのにも少し抵抗がある。
この時代劇はいつからやってるんだろう。ずっと同じような話が続く割には、ファンが多い。私は別に好きでも嫌いでもない。わざわざ見ることはないが、流れていたらわざわざチャンネルを変える訳でもない。今はその後者の状態だ。
私の隣にチェイスが座る。黄色の体に黒のラインが入ったダークハシリタイプのチャオだ。実はチェイスの黒ラインはシールで、元々は真っ黄色なチャオだ。悪い奴ではないけど、お調子者で、声がでかい。近寄られると、体が勝手に警戒してしまう。今座っているのは二人掛けのソファだからまだいいけど、チェイスは多分一人掛けのソファでも手を乗せるところに座って喋りかけてくると思う。
「暇!」
「うるさいよ」
「だって暇だし。最近カオスドライブの反応なさすぎてつまらん。ワル気取りのアホいないかなあ」
「実は私がもりもりの紋所見せつけたんだ」
「メンメが見せたのは紋所じゃなくて力だろ」
「同じ同じ」
「違うだろ。ん? いや同じような気もしてきたな」
「ほらね」
「まあ、どっちでもいいや。とりあえず暇なのは変わらんから手合わせしてくれない?」
「えぇー」
「終わったら闘文録の最新刊見せてやるから」
「んー、わかった」
闘文録を出されたらしょうがない。闘文録は全国の格闘技の大会のレポートが面白おかしく書いてある雑誌で、そんなに目星い選手がいなくてもついつい見てしまう。最新刊が出てたのをすっかり忘れていた。
ソファの前に置いてある机の上の何種類かのお菓子が入ったお盆からブロックのチョコを一つだけ口の中に入れて、立ち上がった。
ほとんどのメンバーが事務所という名の集会所にいるので、パトロールのときに持っていく無線機が掛けられるようになっている板にたくさん無線機が掛かっている。各無線機を掛けるためのフックのところにメンバーの名前が書かれた札が打ち付けてあるので、無線機の有り無しで誰がパトロールに出ているのかわかる。フェニーだけはパトロールに出ているようだ。
無線機を横目に部屋を出て、廊下を挟んだ反対側の部屋に行く。このビルは基本的には各階に二つの会社が入っているが、私が所属するバスターはこのビルの2Fを丸々持っていて、廊下を挟んだ反対側の部屋もバスターの持ち部屋だ。
その部屋は、簡単に言うと訓練所だ。扉を開けるとまずは控え室にあたる部屋がある。基本的に物が少なくて、そこそこ広い空間である。部屋に入ってすぐ正面に見える棚には、ナイフとか銃とか色々な武器が入っている。もちろん、引き出しを開けないと中身は見えないが、初めて見る者にはそこそこの衝撃を与える。自分たちが武器として使うという目的もあるが、様々な武器を持った相手を想定してトレーニングするためにも用意されている。
武器が入った棚の横には大きなクローゼットがあって、そこには防具が入っている。バスターが所有している防具は高性能で、銃弾を通さないだけでなく、爆発物の衝撃にも耐えられる。さすがに何度も爆発を受けたり、同じ箇所に銃弾を受け続けたり、大砲クラスの衝撃を受けたりすると破損するが、防具としてはかなりレベルが高い。だが、大きな難点があり、それは機動性が非常に低いという点だ。これを着てまともな動きができるのはバスターの連中くらいだ。
右手側の壁に扉が一つあって、その先が実際にトレーニングを行う部屋になっている。私がこの仕事を始めた時からすでにあった部屋だが、当時この部屋の説明を受けて衝撃を受けた記憶が鮮明に残っている。この部屋は何をしても壊れないというのだ。例えば、大地震があってこのビルが崩れても、この部屋だけは丸々残る。戦車が弾を打ち込んでも、まったく壊れない。その説明をしたのは総長だったので、この部屋は何でできているのか、と聞いてみたら、秘密だ、と返された。そのときは本当に秘密なのだと思ったけど、何年かこの組織に勤めているうちに総長は割と適当な性格ということがわかってきて、今では総長もこの部屋が何でできているのか知らないのではないか、と思っている。
チェイスが防具を身に付け、棚からベルトを出し腰に巻くと、さらに二丁の拳銃とナイフを取り出しベルトに差した。私も防具を身に付ける。
「うっかり殺しちまったらごめんな。でも俺は死にたくないから手加減よろしく」
「うっかり殺しちまったらごめんな。でも私手加減できないから覚悟よろしく」
「そんな」
トレーニングルームの中に入る。
トレーニングルームは真っ白だ。床も、壁も、天井もだ。掃除の際に手の行き届きにくい上の方や、部屋の隅の方は少し汚い。また大掃除のときに頑張らないといけないな。でも、素材のせいか掃除をすると綺麗になりやすいので、この部屋を掃除するのは嫌いじゃない。それと、白く見える壁は飽くまで外壁であって、内側にもう一層透明な壁があるのだけど、その不思議な一層が生む浮遊感が好きで、部屋自体を気に入っているということもある。
「お願いします」とチェイスが一礼する。チェイスはいつもふざけているが、私と手合わせするときは必ず一礼をする。チェイスは私よりも先輩だけど、私に対してある程度敬意を持っている。
「お願いします」と私は答える。
チェイスの目の淵の紫色が映える。実際に色が濃くなったり、大きくなったりすることはないのだけど、闘うときにはいつもそう見える。共感を得られたことはないので、多分私だけの現象だ。
チェイスは早速、左手の銃を撃ってくる。撃つ気が見えている状態で撃った弾は簡単に読める。私はそれを避けて距離を詰める。チェイスはすぐさま右手の銃で追撃する。それも読めているので避ける。
チェイスが使っている銃は火炎銃だ。銃弾が炎をまとっていて、この防具を着ていても当たればそこそこ熱い。同じ箇所に何回も当たれば、穴も開く。そして、チェイスには同じ箇所に当てる力がある。
チェイスはまた左手の銃を撃つ。さすがに近すぎるので、この弾は掠る。でも、もう私の攻撃範囲内だ。
チェイスが横に大きく飛ぶ。それしかないからだ。どの方向に飛ぶかだけ見て、同じように飛べば着地の瞬間を叩ける。チェイスの狙いは、飛んでいる最中に同じ箇所を撃ち続けることだ。どちらが速いかで勝負は決まる。が、結果なんてわかっている。私が飛ぶ速度の方が遥かに速い。
チェイスが一発撃った頃には、もう私の攻撃範囲内だ。腕を振りかぶって、チェイスの頭を殴ろうとする。
するとチェイスが飛んでいる最中に、跳ねるように横に軌道を変え、着地した。
「あら」
私もそのまま着地し、チェイスを見る。これは一本取られた。
「やるじゃん」
「やるだろ」
前に手合わせしたときには、まだチェイスは飛んでいる最中に軌道を変えることなんてできなかった。カオスドライブの使用者にも、成長はある。
「カオスドライブを使ってから、自分の力を発展させようなんて思ったこともなかったけどな。メンメのお陰だ」
「よかよか。カオスドライブ使ってるやつって、才能とか潜在能力がすべてとか思ってるやつばっかだからね」
「そりゃ、お前が言うから説得力がないんだろ」
「私の強さは要素が積み上がってできてんの。全体が大きすぎて現実離れしてるから、みんなそれを普通のものだと思わないだけ」
「だって、普通じゃねえもん」
「まったく、誰か私に優しくして」
「まあでも、信じてみたから俺も色々できるようになったしな。お前の言ってることが正しかった。あれ、才能とか能力とか言葉にする必要がないってやつ」
「今ある力がすべて、ね」
「メンメさん、リスペクトっす」
「はは、うっざ」
またチェイスが銃を構える。
「メンメに勝てちゃったらどうしよう」
「安心して、負かせてあげるから」
「お前が言うんだから本当にそうなんだろうな。ちょっと試させてくれ」
チェイスはまた二丁の拳銃を連射する。私はそれを避けながら距離を詰めていく。さっきと同じように、ある程度の距離からは掠り始める。これを繰り返したら、服が切れるかもしれない。多分、弾の方が先に切れるけど。
チェイスが私の攻撃範囲内に入ると、チェイスはさっきと同じように横に飛ぶ。私はほんの一瞬四つん這いになる。
次の瞬間に、チェイスは床に叩きつけられる。私は着地する。
チェイスは無言で仰向けになっている。多分ダメージのせいではなくて、何が起こったかわからなくて放心しているだけだ。
「どやあ」とチェイスを見下ろす。
「すげえ、何したんだ」
チェイスは起き上がる。
「何したと思う?」
「四つん這いになったとこしか見えなかった。ケツに銃弾ぶち込んでやろうとか思ってたのに」
「変態」
「まあな。それで、何したんだ?」
「上下反転の術」
「知らんがな」
「あとはノーヒント」
「えぇ」
私たちは部屋を出る。