十一話 メンメ

 ボロスとマスクの試合は、攻撃をくぐり抜けるボロスが小刻みに反撃を放つ展開が続き、結局二回のダウンを奪ったボロスが判定で勝った。
 観覧席でパンを片手にぺーこと並んでその試合を見ていたが、気づけばパンを食う手が止まっているほどの白熱した試合だった。ぺーこや、他のみんなもその試合に釘付けだった。結果、勝ってみんなも盛り上がっている。
 ボロスは試合に向かう前にいつになく気合が入った顔をしていたが、実際に自分の中で何かを掛けていたのかもしれないと思うくらいの試合内容だった。これでボロスはベスト8だ。ベスト8まで来れば、もうここらでは有名な上位勢と言っていいだろう。ボロスが実戦でここまでやれるなんて、正直思っていなかった。
 現時点で決まっているベスト8は俺とボロスのみ。他のベスト8決定戦はすでに始まっている。もう用意されたエリアの数よりも勝ち残っている出場者の数の方が少ないので、進行も早い。試合をさっと見た限りでは、おそらく任誕道のモリ、キングが上がってくる。他はまだわからない。
 今注目すべきは、ニジラとメンメの試合だ。既に試合が始まってから十分が経過しているが、ずっとニジラがメンメにあしらわれている展開だ。だが、なかなか決着はつかない。すでにメンメは右ハイキックで一度ダウンを取っていて、このまま逃げ切れば判定でメンメが勝つだろう。
 ニジラは何としても時間内にポイントを取り返すか、ノックアウトするかしかない。だが、その焦りが動きに表れ、メンメにあしらわれている。おそらくメンメは、怪我をした足をなるべく使わないようにしているのだろう。右の蹴りを使ったのはダウンを取った一発だけで、残りは両手と左足とステップで捌いている。この戦い方は一見賢そうであるが、果たして本当にそうなのだろうか。試合が長引くのは、怪我をしているのであれば寧ろリスクではないのか。
 試合終了間際、ニジラが捨て身の作戦に出る。メンメの攻撃をすべて受けながらメンメをエリアの隅まで追い込む。これでメンメはステップでの回避ができない。右足が使えない中、ニジラの攻撃をすべて止めるしかない。隅に追い詰める過程で、メンメのパンチを何発もニジラは食らった。ダウンになる程の有効打は幸いなことになかった。だが、判定になればもう勝目がないくらいの攻撃をニジラは浴びた。ニジラはノックアウトを狙っている。
 だがここで大振りの攻撃は禁物だ。メンメは見たところまだ体力も残ってるし、目に余裕がある。ボディーワークで避けられて、カウンターを打たれたらおしまいだ。小振りで鋭い攻撃を連打するしかない。
 ニジラもそれがわかっている。小さいパンチを連打し畳み掛ける。メンメは腕でのガードとボディーワークで凌ぐが、この距離で連打を受けるのでは読む余裕も動く余裕も生まれない。メンメはどうする。
 ニジラの連打が止まった。二人は中腰で、顔が触れ合いそうなくらい近い。ニジラがもがく。メンメがニジラの腕を掴んでいるのだ。左手で右腕を、右手で左腕を掴んでいる。ニジラがもがいているのに、メンメと腕だけは不自然に動かない。グローブの上からだと言うのに、とんでもない力で掴んでいるのだ。
 メンメが何かを喋った。その瞬間、メンメは腕を放し、ニジラの肩を掴んだかと思うと前宙でニジラを飛び越えた。お互いにすっと振り返るが、メンメは後方に飛んで距離を取る。ニジラは悔しそうな顔をする。その瞬間、時間切れによる試合終了の宣言がされた。当然、メンメの勝ちだ。
 やはり、メンメは手を抜いていた。右足の負傷なんて、勝敗にまったく影響もない。その気になれば、あのステップと腕の馬鹿力だけでノックアウトできたはずなのに、どういう訳か試合を長引かせたのだ。メンメは何を考えているんだ。
 観覧席に戻ってきたニジラは開口一番に、
「メンメに勝てるくらい、稽古してください」
 と俺に言った。相当悔しかったようだ。でもそれは手を抜かれていたからではないようで、
『ニジラくんはもう割れてるね。リベンジ待ってるよ。チャオ☆』
 と言われたかららしい。あの腕を掴まれているときだ。本当によくわからないやつだ。負けた側からしたら、負けるわ意味わからないこと言われるわリベンジ待ってると言われるわ茶化されるわ、散々だ。もしニジラの立場に俺が立たされたら、殴って勝ってしまってたかもしれない。
 ああ、ついてこいよ、と言おうとしたところで、ニカの、次があるんですか? という言葉を思い出した。メンメとの戦いにも次はあるのか?
「考えておくよ」
 と言うに留めておいた。
 ニジラは不満そうな顔をしたが、黙って自分の席についた。よくよく考えたら、ニジラを本気で一年稽古しても、メンメには敵わない可能性が高い。ポテンシャル面で、どうしても埋まらない差がある。ニジラは不満かもしれないが、ニカの言葉で俺は無責任な答えを言わなかった。嘘でもニジラが満足する答えを言うのか、本当のことを言うのか、どちらが正しいのだろう。いや、そもそもそれどころの問題ではなくて、俺は次の大会への出場すら決めあぐねているのだ。今日中には結論を出したい。
 その後、ベスト8が出揃った。地衝道の俺、ボロス。個人のメンメ。任誕道のキング、モリ、ピル、ペペ。虎龍門のプリング。やはり、任誕道の奴らが勝ち上がってきた。ベスト8中、半分が初出場の任誕道という異例の事件だ。虎龍門は聞いたことがない。どこの道場だろう。
 次の試合の組み合わせはメンメ対キング。ボロス対プリング。俺対モリ。ピル対ペペだ。ピルとペペに関しては同士討ちとなってしまうが、このくらいの人数の大会で、しかも初出場のチームであればよくあることだ。俺はニカの仇討ち。ボロスはよくわからん相手との試合。一番の目玉は間違いなくメンメ対キングだろう。さっさとモリをぶっ飛ばして、メンメとキングの試合が見たい。
「ボロス、プリングってどんなやつだかわかるか?」
「プリングは、私が前に所属していたチームのリーダーですよ。本当に喧嘩っ早いバカ達の頭みたいなヤツです」
 ボロスが前に所属していたのは虎龍門だったのか。ボロスは当時ひどい目に遭わされていたらしい。マスク戦であれほどまでに気合が入っていたのは、プリングとの試合がかかっていたからだったのだ。
「そうか。頑張れよ。お前が今までしてきたことは正しい」
「ありがとうございます。私も、そう思っています」
 そして、ベスト4決定戦が始まり、モリをぶっ飛ばして試合終了の礼をしている頃、事件が起きた。
 キングが病院に運ばれていったのだ。

このページについて
掲載日
2018年1月3日
ページ番号
11 / 20
この作品について
タイトル
ステンドグラス
作者
ダーク
初回掲載
2017年7月11日
最終掲載
2018年8月16日
連載期間
約1年1ヵ月6日