十二話 カオスドライブ
「他の大会で任誕道出てこないといいんですけどね」
試合終了後、メンメは俺を自販機コーナーに呼び出した。出場者の大半はもう帰っているし、残っている者は観覧席で試合を見ているので、自販機コーナーには誰もいなかった。
「あいつら、カオスドライブを使っています」
「そうだったのか」
カオスドライブは、イメージで言うと覚醒剤に近い。覚醒剤との相違点は、実際に身体能力を引き出すし、筋力も上がるところだ。ただ、その実際の上がり幅と、脳が捉える上がり幅に大きくギャップがある。脳の方が上がり幅を大きく捉えてしまうのだ。簡単に言うと、カオスドライブを摂取した者はブレーキが壊れた状態になる。いかんせん、身体能力も実際に上がるものだから、カオスドライブの使用者は意識的にブレーキをかけようともしない。そうして、使用者は体を滅ぼしていく。また、チャオがチャオを超えた存在にならないように、という倫理的な観点からも使用を禁止されている。
「なんであいつらがカオスドライバーってわかるんだ?」
「カオスドライバーって名前いいですね。ちょっとプロレスっぽい。カオスドライバーはですね、目の淵の色が違うんですよ。正確に言うと、瞼の淵の色なんですけど」
「へえ、全然気付かなかった。モリもそうなんだよな」
「さっき試しに近づいてみましたけど、モリくんもカオスドライバーですね。まだ若いのにもったいない」
メンメは自販機で紙パックの野菜ジュースを買った。
「カオスドライブは五色あって、色によって引き出す能力が違うんです。使ったカオスドライブの色が、そのまま目の淵に表れます」
「なんかその話を聞くと、メンメは野菜ジュースの飲みすぎでその色になったみたいに見えるな」
「ふふ、違いますよ。だって野菜ジュースはオレンジ色でしょう?」
「ああ、そうか」
「基本的に目の淵の色でそのカオスドライバーがどの能力に特化しているのか判断します。モリくんは緑色、スピード特化です。厄介なのは、キングみたいな重度のカオスドライバーで、複数のカオスドライブを摂取してるやつです。基本的にすべての能力が高いので、自力で勝つしかありません」
「それって、遠まわしに自分が強いって言ってないか?」
「わたしは野菜特化ですからね」と言ってメンメは野菜ジュースを飲んだ。
「なるほど、健康第一ってことか」
「そういうことです。結局、ポテンシャルが高くて健康っていうのが一番強いんですよ」
俺も自販機で野菜ジュースを買う。健康が強いという言葉に惹かれたわけではなくて、メンメが飲む野菜ジュースがおいしそうに見えたからだ。
「それにしても、すごい詳しいな」
「そこ突っ込んで欲しかったんですよ。わたし前職でそういう輩の相手ばっかりしてたんで、詳しいんですよ」
「ずっと格闘家やってた訳じゃないのか」
「そうですよ。まあ辞めちゃったんですけどね。で、もっと言うと辞めたのってマックルさんを見たからなんですよ」
「なんで俺」
「そもそもなんですけど、カオスドライブを使う輩って結局元々強くないんですよ。カオスドライブを使ったところで、使用者が持ってる可能性以上の力は手に入らない。潜在能力開放ってところですね。でも、そんなやつらも結局誰一人わたしに勝てない。そうそう、わたし負けたことないんですよ。それが嫌だったんです。わたしは負けさせてほしい。それで、わたしの中で達した結論は、本当に強いやつはカオスドライブを使わなくても目立つくらいに強い、です。で、当時丁度活躍してたのがマックルさんです。マックルさんならわたしを負けさせてくれるかもしれない、って思って辞めたんです。まあ、まさか指導者になって大会に出場しなくなるなんて思ってなかったんですけど」
「わかった。そしたら決勝で戦おう」
「いや、決勝は棄権します」
「なんで」
「右足、マックルさんと戦えると思って張り切って稽古してたら怪我しちゃって。これで負けたら、わたしが負けたんじゃなくて、怪我が負けたみたいで納得できなさそうなので、任誕道だけ潰してから今日は帰ります」
「任誕道は嫌いなんだな」
「ズルするくせに弱いなあ、って思っちゃうんですよね。弱いなら弱いなりにズルしないで自分の限界探すか楽しむかしないと、他の格闘家が浮かばれないでしょう。あとは単純にカオスドライバーはもう懲り懲りなんです」
「そうか」
「というわけで、今日は準優勝を頂きます」
「残念だな。俺もメンメと試合したかったのに」
「また今度お願いします。約束ですからね」
俺に次はないかもしれないのに、と思って、
「考えておくよ」
とまた言っておいた。
「決まりですね。チャオ☆」
と言ってメンメは立ち去った。決まってない。
観覧席に戻ると、すでにベスト4決定戦はすべて終わってしまっていた。
ボロスはプリングに負けたそうだ。真っ当な負けだ。このあとそのプリングが俺に負け、ピルがメンメに負け、この大会は終わることになった。