十話 運命の赤い鎖
五回戦まで勝ち残ったのは、俺とボロスとニジラだけだった。他のメンバーは三回戦で敗れた。初出場で三回戦まで勝ち進めただけでも十分だと俺は思う。
地方の大会の五回戦で勝ち残っているのは、有名な選手だったり、表彰台には立たないけどいつも勝ち残っているなあと思うような選手だったり、大体そんな者ばかりになる。地衝道で格闘技を教える立場となってからは大会観戦をしなくなったので、現状の後者の選手はあまり知らない。前者の選手はインターネットで大会レポートを読むと大体載っている。
ただ、この大会に関して言えばその二つの例に加えて、任誕道というダークホースがいる。任誕道のメンバーも既に半分くらい負けて四名程度にはなってしまっているが、それでも脅威であることに変わりはない。もしも俺たちがこのまま勝ち進めば、ニジラが任誕道のキングと戦うことになる。振る舞いからしても、試合内容からしても、名前からしてもこいつが任誕道のリーダー的存在であることは間違いない。
だが、ニジラには乗り越えなくてはならない大きな壁がもう一つあって、それはメンメだ。正直なところ、ニジラには荷が重すぎる相手だ。メンメが怪我をしているという点だけが勝敗を分ける不確定要素であり、その程度によってはニジラでもそこそこ良い試合ができるかもしれない。
勝ち残っている俺たちの中で一番最初に試合のコールがあったのは俺だった。メンメとニジラの試合が見たいので、それまでには自分の試合を終わらせたい。相手は瀬我道のサタンという、ダークヒコウタイプのチャオだ。四回戦を見た限りでは動体視力が良く、カウンターがうまい。でも、それだけだ。
俺はすぐにエリアに入った。幸いなことに、サタンもすぐにエリアに入った。俺と戦うのが楽しみだったのかもしれない。だが、申し訳ないがすぐに終わらせてもらう。
俺は試合開始直後、すぐに先手のストレートを打った。サタンは避けて、カウンターのジャブを俺の顔に当てる。やはりうまい。だが軽い。
すかさず右フックを振ると、またサタンは避け、俺にカウンターのジャブを入れる。だが、そのカウンターのジャブに合わせて左手の裏鬼がサタンの顎に入り、サタンは倒れた。サタンは何が起こったのかわからないというような顔をしていたが、すぐに起き上がろうとする。だが上手く力が入らないようで立ち上がることができず、結局審判から試合終了が宣言された。
試合終了後、すぐに俺は観覧席に戻り、まだニジラがコールされていないことを確認した。試合の進行具合を見る限りでは、ボロスの方が先にコールされそうだ。ボロスの次の相手は、おそらく混沌流のマスクだ。混沌流は昔から安定して強い道場で、一番手がカオスで二番手がマスク。大会上位の常連だ。だが、混沌流はその名の通りカオスチャオが多く、能力は高いが将来性に欠ける。戦いは上手くなっているので努力はしているのだろうけど、他のチャオたちと比べるとやはり爆発的な成長は見込めない。悲しい宿命を背負った道場とも言えるが、もしかしたらそういう宿命を背負ったチャオを救うためにある道場なのかもしれない。マスクとボロス、良い勝負にはなりそうだ。
小腹が空いてきた。ニジラの試合もボロスの試合も、始まるのにもう少し時間が掛かりそうなので、一階の自販機コーナーへ向かう。確か、ここの自販機コーナーには菓子パンが置いてあった。何のパンを食おうかな、と考えながら歩いていると、後ろにペーこがついて来ていることに気が付いた。
「自販機に行くだけだぞ?」
「僕も行きます」
ついてきているのがボロスであったら何か話したいことがあるということになるのだろうが、ぺーこは多分意味もなくついて来ているだけだ。こうやって懐かれるのは、結構嬉しい。
自販機コーナーは少し混んでいたが、ほとんど飲み物の自販機の順番待ちのようだった。菓子パンの自販機の前にはメンメだけがいた。メンメは自販機に既にお金を入れたようだが、何を買おうかずっと迷っているらしい。迷うならお金を入れる前にしてくれよ、と思うが、まあ自分もよくやるので黙って後ろに並ぶ。
「メンメさん」とぺーこが声をかけた。
「あ、ぺーこくん」とメンメも気づく。続いて、俺にも気づく。「マックルさん」
「よく会うな」
「運命の赤い鎖ですね」
「鎖てあんた」
「マックルさんと私を糸で結んでもちょっと力入ったら切れちゃいそうでしょう? だから鎖です」
「鎖でも切れそうだけど」
「またまたあ、そんなに照れないでくださいよ」
本当に試合のとき以外はずっとお調子者なんだな、と思う。
「メンメさん、応援してます。頑張ってください」
とぺーこ。自分に勝った人を応援するのは大会あるあるだ。自分たちの試合の健闘を讃え合う、という気持ちで応援するものもいれば、自分に勝ったんだから勝ち続けてもらわないと自分が浮かばれない、という気持ちで応援するものもいる。ぺーこの場合は、メンメに対する憧れだと思う。
「ありがとう、ぺーこくん。私、最強だから大丈夫だよ」
「次はウチのニジラと試合だけど、実際どうだ?」
「うーん、正直ニジラくんの試合を見てないから何とも言えないんです。ぺーこくんはどっち応援する?」
「メンメさんです」
「あれ、仲間を応援しなくていいの?」
「だって、ニジラ調子に乗るから」
「えへへ、そうなんだ」
確かに、ニジラはすぐ調子に乗る。
「じゃあ、私とマックルさんが試合するとしたらどっち応援する?」
一瞬胃が縮んだ気がした。
「それはマックルさんです」
俺の心配をよそに、ぺーこは即答してくれた。
「だよね。ちゃんと応援してあげてね」
「はい、楽しみにしてます」
「そろそろ次の試合始まるんじゃないか? パン選べないならじゃんけんでもして決めるか?」
「あ、いえ」
メンメはすっと自販機のボタンを押した。
「ある程度は決心ついてたんで大丈夫です」
メンメは自販機からパンを取り出し、
「チャオ☆」
と言ってふらりと立ち去った。
そうか、チャオか。