八話 マックル

 地衝道のメンバーの全員が一回戦を終えた頃には、もう11時になっていた。大会の一回戦なんてこんなもんだ。ブロックによっては既に二回戦も進んでおり、今見ている無名の若い二人の試合が終わり次第そのエリアで俺も試合をする。
 地衝道のメンバーは八割くらい残っている。負けたのはニカを含めて四人だけだ。ニカも例に漏れないが、その四人に関しては相手が悪かった。たまにシード下にも、遠方からわざわざ出場しにくる強者だったり、気まぐれに出場する強者だったりが紛れていたりする。そんな奴らに、その四人は負けた。もう二年あれば、そんな奴ら相手でも良い勝負、あるいは勝つことができると思うのだけど、その次はもうないかもしれない。そう思うと悔しかった。
 みんな観客席に戻ってきてからも、身振り手振りを加えながら談笑していた。いつもと比べると少し興奮気味に見える。さっきのニカの「え、次があるんですか?」というのは、どういう意味なのだろう。"次も試合に出させてもらえるんですか?"、"また大会に出なきゃいけないんですか?"、それとも別のニュアンス? ニカだけじゃなくて、みんなはどう思っているんだ? みんなは笑っている。まだ聞けない、と思う。
「六十六番、地衝道、マックル選手。六十八番、ばなな組、ヨシトモ選手。十二番エリアにお入りください」
 みんなが俺の方を見て、応援の声をくれる。地衝道のメンバーで格闘技を今まで見てきたやつは多くない。裏鬼だけがなぜか有名なので、裏鬼を知っているやつは多いが、俺が実際に戦っているところを見たことがあるやつは限られてる。初めて俺の試合が見られるので、わくわくしてると言った様子だ。
「生で裏鬼見たことある人ー?」
「はーい」とぺーこ。あとボロス、ニジラ、ニカが手を挙げる。みんな、なんでぺーこが手を挙げてるんだろうと思ってるかもしれないが、ぺーこは見たことがあるどころが食らったことがある。でもそんなこと言ったらエラく反感を買いそうなので黙っておく。
「よし、みんなにも見せてやるからよく見とけよ」
 地衝道のメンバーが沸く。傍から見ると何をそんなに盛り上がっているんだろう、と思われるような様子だが、会場には似たように盛り上がっているグループが他にもたくさんあるので、そんなには目立たない。もしかしたらこのあと、地衝道のメンバーも会場にいる他のことで盛り上がっているやつらも、俺の試合を見て盛り上がることになるのかもしれない。昔だったら俺が試合に出るときはいつも注目を浴びていたのでそんなに気にならなかったが、久しぶりに出ると興奮が湧いてくる。
 階段を下りている途中で、何人かの選手や指導者と思われる人たちとすれ違った。誰もが連れと小声で何かを話していた。俺は注目されている。一回戦なのでそれほど白熱した試合にはならないが、魅せてやろうという気にもなってしまう。でもそれは、格闘家としての自分と、相手に対して失礼なことだとも思う。裏鬼一発、これで決めよう。これが格闘家マックルとしての、相手への敬意だ。
 そういうことにして、エリアに俺は立つ。相手のヨシトモはもうエリアで俺を待っていた。ヒーローチカラタイプだ。ばなな組は昔からある道場だが、指導者も教え子もすっかり入れ替わって、今や若者たちが集まる活気ある道場だ。ヨシトモはその中の若者の一人で、彼の試合は見たことがない。ばなな組自体はすごく強い道場でないので、きっと彼もそれほど強い選手ではない。が、彼は俺を前にして緊張と同時に、闘争心を燃やしているようにも見えた。やはり、彼に対しては礼儀のある戦いをしなくてはいけない。
 試合が始まる。ヨシトモは攻めて来ず、俺の出方を伺っている。裏鬼は、言ってみればただのカウンターのジャブだ。ヨシトモは俺の裏鬼を知っていて、カウンターをできるだけさせないようにしているのだろう。悪くない判断だと思う。
 俺はヨシトモに距離を詰めながらジャブを打っていく。体は俺の方が大きいし、実力も俺の方が上だ。前進されながらジャブを打たれるだけでも、選択肢が極端に少なくなるし、かなり焦らされるだろう。この状況をヨシトモはどうするか。
 防戦一方だったヨシトモは俺から大きく距離を取り、仕切り直した。そして俺がまた距離を詰め始めると、蹴りを出すような素振りを見せ始めた。蹴りの方がリーチがあるから、万全の位置からのパンチが打ちづらくなる。極端に詰めれば蹴りはほとんど機能しなくなるが、そこにはパンチが待っているかもしれない。多分、そういう考えでこの対応なのだろう。
 だが俺にはわかる。ヨシトモは絶対に蹴りを出さない。俺の裏鬼が怖いからだ。
 俺はその蹴りの距離から大きく右の回し蹴りを放った。ヨシトモは一度きりのチャンスとばかりに、距離を詰めて蹴りを受け止め、俺の顎を目掛けてストレートを放つ。
 だが、ヨシトモの拳が俺の顎へ届く前に、俺の右拳がヨシトモの顎を捉えていた。一撃ノックアウトだった。
 現実的に考えれば右回し蹴りのあとに右拳は飛んでこないし、ヨシトモの作戦も悪くないが、裏鬼を現実の尺度で計ること自体が間違っている。
 俺のエリアの試合が終わると、やはり会場がざわついた。さっきまでは魅せてやろうなどと考えていたが、実際エリアに立ってみるとそんな感情は一切なかった。格下相手でも、これほどまでにアイデンティティを感じられる場所は、他にない。

このページについて
掲載日
2017年12月17日
ページ番号
8 / 20
この作品について
タイトル
ステンドグラス
作者
ダーク
初回掲載
2017年7月11日
最終掲載
2018年8月16日
連載期間
約1年1ヵ月6日