七話 次の

 会場にある32のエリアに次々とシード下の試合が入っていく。地衝道のメンバーのほとんどがそこに入っている。大会初出場のチームでこれだけの数のメンバーがいたらそうなるだろう。俺は名前が知られているので、おそらく運営の配慮でシード下にはならなかった。お陰でみんなの試合を見て回ることができる。
 ひとまず俺はぺーこの試合から順番にみんなの試合を見ようと思うが、さすがにこれだけたくさんのメンバーが一度に試合をするとなると見切れないだろう。まあ、しょうがないので見られる分だけ見る。
 たまたまシード下に入らなかったメンバーに荷物番を任せ、観客席を移動する。
 すでにぺーこは相手と向かい合っている。だが、まだ試合は始まっていない。審判がまだ準備を行っているようだ。この時間、ぺーこは緊張しているだろう。
 そして審判の準備が終わり、選手が互いに礼をする。試合開始だ。
 相手のエーマは開始早々、突っ込んで大きく殴り掛かってくる。不意打ちのつもりなのかはわからないが、かなりリスキーだ。ぺーこは後ろに退いてそれを避ける。エーマは続けざまに二発目のパンチを出すが、体が前傾しすぎている。振りは大きいが、力が乗っていない。ぺーこはそれをもう一歩退いて避け、相手の顔にジャブを打つ。
 正直、エーマの初動にはヒヤリとした。実戦経験がないやつなら、本当に不意打ちとして食らってしまってもおかしくない。あんな行動をするやつを想定して練習なんてしていない。しかし、さすがはぺーこだ。教わっていないことにも対応できる。
 ぺーこも行けると確信したらしく、急に積極的になった。距離を詰めてジャブを連打する。エーマも腕を伸ばして距離を取ろうとしながら顔を必死に背ける。やはり、エーマはまだ格闘技を始めたばかりなのだろう。子供の喧嘩のレベルを出ない。
 エーマは開き直ってぺーこのジャブに対してノーガードでまた大振りのパンチを出す。だが主導権を握っているのはぺーこで、エーマの動きが見えている。大振りのパンチも直前の動きで読み、後ろに退いたあとに小さなジャブで怯ませ、初めてストレートを打つ。そのストレートは完璧にエーマの顔面を捉えた。エーマは顔を抑えて下がる。エーマがそのまま泣き出したところで審判が試合を止め、ぺーこの勝利が決まった。よくやった、ぺーこ。これで次の試合はメンメと戦える。ぺーこの次のステージを見せてもらおう。
 ぺーこの試合がすぐ終わったので、別の試合を見に行く。ニジラとボロスを探すが、ニジラとボロスが試合をしていたエリアは既に空いていた。おそらく瞬殺だったのだろう。
 その辺りを見渡すと、ニカが試合をしていた。相手は任誕道(にんたんどう)のモリという選手だ。無名ではあるが、見たところ悪くはなさそうな選手だ。
ヒーローオヨギタイプ、ガードが高く、片足をやや浮かせ気味の構え。蹴り主体で戦う選手だろう。
 ニカが少し距離のあるところからストレートを打つ。モリは軽いステップで少し下がると、そのまま高い位置に蹴りを放つ。腕は届かないが足が届く、いい距離だ。ニカはなんとか姿勢を低くして避けるが、あまり余裕があるようには見えない。
 ニカはおそらくあの蹴りを相当怖がっている。確かにそこそこ威力のある蹴りだ。そしてそれが怖くておっかなびっくりパンチを出しているような状態だ。多分、俺が見に来る前からずっとこんな感じなんだろう。だがその距離こそが一番危ない距離だ。もっと距離を詰める展開に持っていかないといけない。
それとも、近距離でもっと怖い技を見せられたのだろうか。
 今度はモリの方から攻め込んできた。ニカの腹の辺りに鋭い蹴りを入れてくる。ニカは腕を固め、体を丸めてなんとか腹への蹴りを防ぐ。間違いなく、ガードを下げさせるための行動だ。見たところ、得意なのも決め技もハイキックなのだろう。少しニカには厳しい相手かもしれない。ニカはどうするか。
 ニカはぐっと踏み込んだ。それに合わせてモリが少し下がる。モリはまたニカの頭目掛けて蹴りを放つ。おっ、と思う。ニカは蹴りを避けて、もう一歩踏み込んだのだ。ニカの踏み込みは蹴りを誘うフェイントだ。ガラ空きのモリの顔面に、ニカが渾身のストレートを打つ。
 が、ニカのストレートは空を切った。モリは四つん這いになるくらいに姿勢を低くしていた。ハイキックを放つ回転の勢いで受身を取るように体を沈み込ませたのだ。そして、モリの足が地に着くと、そのままその足は軸足となって、後ろ回し蹴りが放たれた。その蹴りはニカの顎を捉え、ニカをノックアウトさせた。
 そこで試合は終了したが、ニカは気を失ってしまっていた。大会スタッフによって、ニカは運ばれていった。俺も一階に下り、医務室へと向かった。
 医務室へ着くと、ニカはイスに座って顔の辺りを医者に見られていた。意識は戻っているようだ。
「大丈夫ですね。お大事に」
「はい」
 ニカは立ち上がって、こっちを向く。
「あれ、マックルさん」
「惜しかったな」
「うーん、全然勝てる気がしなかったです」
「フェイント入れたのは正解だったぞ。本当はその次の手も追わなきゃいけないところだったけど、最初であそこまでやれたなら上出来だな」
「そうなんですか。よくわからないけど、良かったです」
「まあ、次やるときは勝てるだろ」
「え、次があるんですか?」
 ニカの返事に、一瞬戸惑った。
 確かに、地衝道として大会に出るのが一回であるのか、一回目であるのかは決めていなかった。自分が大会に出ていた頃は常に次があったから、こんなことは考えたこともなかった。
「そうだな、まだわからんな」
 次の大会、か。今考えても、答えはまったく出そうになかった。

このページについて
掲載日
2017年10月30日
ページ番号
7 / 20
この作品について
タイトル
ステンドグラス
作者
ダーク
初回掲載
2017年7月11日
最終掲載
2018年8月16日
連載期間
約1年1ヵ月6日