六話 大会

 大会当日の朝、大会出場組は一度道場に集まっていた。会場の体育館は電車で行くとここから最寄りの駅からニ駅隣の駅で乗り換えて、さらに五駅隣の駅が最寄りになる。しかも、駅を降りたあともバスで十五分掛けないといけない。大会出場組の若いやつらは車を運転できないので、電車とバスを使って体育館に行くしかないが、正直全員がちゃんと体育館にたどり着けるとは思えない。かくいう俺も、大会に初めて出場したときはどのバスが会場に向かうものなのか分からず、出場しそうな見た目のやつについて行くという発想に至るまでは途方に暮れたことがある。俺の二の舞どころか、大会に出場できなくなるやつが現れないためにも、一度道場に集めて車を運転できるやつが車を出し合って体育館に向かうことにしていたのだった。
 みんな緊張しているというより、興奮しているといった感じだった。まだ会場入りもしてないのに、誰かがストレッチを始めるとみんなストレッチを始めた。その気持ちもよくわかる。
 適当に雑談をしたあと、出場組が全員揃っていることを確認して、車に乗り込んだ。道中、俺の車の中は静かだった。
 俺たちが体育館につく頃には、まだ駐車場は空いていて、体育館のドアもまだ閉まっていた。体育館の前で雑談をしているグループがいくつかあった。若者から年寄りまで、オヨギタイプからチカラタイプまで、様々なやつらがいる。見たところ、有名なやつは一人もいない。
「すごいですね」
 とぺーこが言う。大会に初めて出場するやつからしたら、周りのやつらが全員大会に出場し慣れている強者揃いにしか見えないだろう。
「大丈夫大丈夫。みんな練習をしてきただけの、ただのチャオだから」
「そうそう。寧ろ自分の方が強いと思ってた方が、本当の力を出せるくらいだ」とニジラ。
「いや、大会に出る人ってこんなにいるんだって思って」とぺーこ。
「こんなんで驚いてるのか。まだ百もいないだろ。三倍くらいはこのあとぞろぞろ来るぞ」とニジラ。
「そんなに戦わなきゃいけないんですか…」
「全員と戦うわけじゃないぞ」と半笑いのボロス。みんなも笑う。
「トーナメントだから一回負けたら終わりだ。戦えるのは多くても八回くらいかな」
「そしたら余裕ですね。僕のスピードなら3分で優勝です」
 そんな風にぺーこのふざけた話を聞いているうちに、ニジラの言った通りぞろぞろと出場者が集まってきた。多分、これでも全員ではないだろう。体育館のドアが開くまで車の中で待機しているやつらもいるし、開会式までに間に合えばいいと思っているやつらもいる。
 案の定、開場の九時になる直前に駐車場の方からぞろぞろ出場者がやってきて、そのあとすぐに体育館のドアが開いた。
「ボロス、悪いんだけどみんな連れて席取っといて」
「わかりました」
 ボロスはみんなを連れて二階にある観客席に向かった。俺はその間に受付を済ませ、大会の要項やトーナメント表を受け取る。この感じも懐かしい。一足先にトーナメント表を開き、シード選手と自分の場所とみんなの場所を確認する。正直俺はどこでもいいが、みんなの相手は気になる。我らが地衝道はこのマッスルスタジアムには初出場なので、みんな各大きな山のシード下に入っている。一回戦目の相手は同レベルくらいかもしれないが、二回戦目でほぼ確実に実力者と当たることになる。これはしょうがない。しかしペーこは第一シード下だ。第一シードはメンメという、足技を器用に使う有名な格闘家だ。女性ではあるが、ここらでは一番強いと言っても過言ではない。ぺーこが怪我をしなければいいが、メンメは素人相手にどう立ち回ってくれるだろうか。そもそも、ぺーこは初戦を勝てるだろうか。
 他のみんなの相手は無名選手ばかりで、よくわからない。勝てるかどうかもまったく読めない。ただ、シード下ということはあまり強くない可能性が高いので、ボロスやニジラは初戦は勝てるだろう。シードもおそらく食える。ベスト16以上になってからが勝負だ。
 要項もトーナメント表も各チームで3枚ずつ配られる。その用紙を持って、観客席の地衝道メンバーがいるところへ行く。1枚は俺が預かり、あとの2枚はボロスとニジラに渡した。他のみんながぞろぞろトーナメント表を覗き込む。自分の対戦相手が気になるのだろうが、見たところでやはりピンと来ているような様子ではなかった。そりゃあ、俺でも知らない相手の名前なんて初出場のやつが見ても何とも思えないだろう。
「ぺーこ、やべえな」
 とさっきトーナメント表を渡したニジラが俺たちの方へ向かって声を張る。
「やばいんですか」と返すぺーこ。ニジラは笑うだけだ。
「やばいんです」と俺が答える。「第一シード下だからな。まあ、なかなか経験できないだろうから、逆にいいだろ」
「倒せたら優勝できますか」
「できます」
「おお」
 ぺーこのテンションはマックスだ。空回りして一回戦で負けるような気もしてきたが、まあなんとかなるだろう。
「ちなみに、シード下の試合から試合から順番に始まるから、開会式が終わったらぺーこはすぐ試合だな。みんなも割と呼ばれるの早いだろうから、進行のアナウンスはよく聞いとけよ」
 それから開会式の開始を呼びかけるアナウンスが入り、一階の試合会場に降りて、会場の使い方やらルールの説明やら主催者の挨拶やら聞かされ、また二階へと戻った。
 ぺーこは既にグローブを付けてそわそわしている。ぺーこも緊張しているだろうが、他のみんなも緊張している。地衝道メンバー初の試合だ。自分たちの実力が外で通じるのか、ここでなんとなくわかるからだ。これでぺーこがボコボコにやられようものなら、意気消沈だろう。でも多分、そうはならないと俺は見ている。ぺーこの対戦相手を直接確認したが、まだ子供のようだったしノーマルタイプよりだった。特に強みもなさそうで、勝てると思っている。そう思ってはいるものの、もしかしたら俺は誰よりも緊張しているかもしれない。まるで自分の子供の試合を見に来ているようだ。
「二番、地衝道、ぺーこ選手。三番、小包(こづつみ)流、エーマ選手。一番エリアにお入りください」

このページについて
掲載日
2017年10月22日
ページ番号
6 / 20
この作品について
タイトル
ステンドグラス
作者
ダーク
初回掲載
2017年7月11日
最終掲載
2018年8月16日
連載期間
約1年1ヵ月6日