五話 強さへ
大会まではおよそ一ヶ月。しかも大会出場組のほとんどは休日組だ。実戦経験のない二十名を実戦レベルまでに育てるのは正直かなり無理があると思う。俺が今まで道場で教えてきたのは、形だけのものだったり、有効打となるパンチを入れるためだけのものだったり、レベルごとにメニューは違うがどれも実戦レベルではない。試合ではダウンを取らなければいけないし、相手は蹴りも使ってくる。どういう行動が危険で、どういう行動が有効なのか、感覚レベルに落とし込むには時間がなさすぎる。
そこで、メンバーをグループ分けすることにした。俺が教えるグループと、ボロスが教えるグループ、ニジラが教えるグループの三グループだ。
ボロスはこの道場に入る前に別の格闘技をやっていて、そこでは足技も使っていたし大会にも出場していた。ただ、その格闘技を学んでいた場所はかなりガラが悪かったらしく、すぐに辞めたそうだ。だが大会には引き続き個人で出場しているので実戦経験も豊富だ。
ニジラはまだ若いが色々なところで武者修行をしているらしく、やはり大会にも出場している。前に、道場での稽古が終わったあとに一度だけフリーな試合形式で俺と戦ったこともあるが、確かに色々なことができるやつだ。ただ、その試合は有効打のパンチだけで俺が勝った。
あとは大会に出場しないやつらだが、同じく大会に出場しないマミに任せることにした。彼らの練習メニューは普段通りだし、マミもやっていることなので問題ないだろう。
大会出場組を教える俺とボロスとニジラで練習メニューを考え、明日から実施することになった。そう決まると、なんとなく今日の練習は消化試合のような雰囲気になるが、俺とぺーこは一足先に大会へと足を進めた。
大会に向けての練習メニューは、言うほどハードではない。ガチガチのメニューでもないし、寧ろ個人によって具体的なメニューを決められるよう、ルーズに作ってある。共通しているメニューは、ダウンを取るためのパンチの打ち方と、相手の攻撃を警戒しながらの実践的なパンチの打ち方だけだ。蹴りは慣れていないので、今から練習するくらいなら寧ろやらない方がマシということでメニューにも入っていないし、大会では使わないよう言った。
そんな経緯があって、練習風景は前と比べて統一感がなく、自由度が増したような印象だ。神段の方に大会出場組が寄っていて、道場の入口の方に不参加組が練習しているので、まるで違うチームと同じ場所で練習しているようだ。
道場が変わって、練習内容が変わって、平日はなんだか夢見心地な割に力だけは有り余って落ち着かず、今までよりもドアノブを割ることが増えた。その度にミヨ婆のところへ行くが、ミヨ婆はミヨ婆で細工屋にいない日がポツポツあり、ミヨ婆の帰りを夕方まで待ったり、日によっては夜まで待ったりすることもあった。ミヨ婆にはいつものように怒られるが、日常のあり方が変わっている実感があった。
道場のみんなは見たところ、強くなっているというより、スタートラインに立って体をほぐしている最中といったような印象だ。ただ、間違いなく勝てる可能性が上がっているのがわかる。ぺーこは俺と二人で練習していたとき以来、爆発的な伸びは感じられなかった。ある程度のレベルまで来ると伸び悩む時期が来ることが多いが、そんな風にも見えた。ただ、ぺーこはまだそんなレベルに達している訳でもないので、俺が期待しすぎているだけかもしれない。
大会まであと二週間と迫った土曜日の練習後、マミに話があると切り出され、みんなが帰ったあとに道場の個室に入った。マミが自己主張をするような場を作るのは珍しいことだった。
「あの、できれば教える側を誰かと変わってほしいです」
「どうした? なんかあったか?」
「いや、特に何かあった訳じゃないんですけど」と段々と小声になっていく。「説明も難しいんですけど、多分、私向いてません」
俺もうーん、と悩む。
俺が思うに、マミは指導者に向いている。実践的な勘やフィジカル的な長所は持ち合わせていないが、教えられたことを素直に吸収できて、それを他人ができているかできていないのかを判断することもできる。そういった部分の能力はニカも同じように持っているが、ニカと比べるとあまり情熱的でない。逆に言うと、情熱的でないのにニカと同じような能力を持っているというのは、才能なんだと思う。今回、指導側に回るのをきっかけにマミがさらに成長することを俺は期待していた。
「うーん、やっぱ俺は向いてると思うよ。そこは自信を持って欲しい。もう一つは、今それをできるのがマミしかいないんだ。わかってほしい」
代わりの人材がいないのは本当だ。できそうなやつはみんな大会出場組に入ってしまっている。
それを聞いて、マミもうーんと悩み込んでしまった。
しばらくして、
「わかりました」
とマミが言って、この話は終わった。
大会まであと二週間か、と改めて思う。環境も、みんなも変わりつつある。強さに向かっている実感が、俺にはあった。