No.5

 地下はトンネル、というよりも確かに通路という方が正しかった。ちゃんと石のブロックで舗装されているし、坂になっていたりもしない。なんの目的で作られたのかは知らないが、ちゃんと人が歩くことを考慮して作ってある。
 しかしカンテラにしろ見取り図にしろ、なんの準備もしないで入ったら確実に迷う場所でもある。しかも時期のせいなのかどうかは知らないが、やけに寒い。カンテラのほのかな熱が逆に体を冷ます余地を作って鬱陶しいと思えるくらいだ。とにかくここから早く出る為に、私は目的地に急いだ。
 そうして辿り着いた見取り図の地点で、私は鉄扉を見つける。
「ここかな……」
 変わり映えのしない地下通路でただ一つ存在する鉄扉の存在感はなかなか大きなもので、私はなんとなくノックをしてみた。当然返事はない。あの老人の話通りなら、この中にお目当ての木の根っこがあるわけだ。
 意を決してドアノブを捻る。鍵は掛かっていない。ゆっくりと扉を開くと、当然のように真っ暗だった。日が差した場所にでも出るのかなと思ったが、そんなことはなかったらしい。中をカンテラで照らしてみると、まず目に付いたのが蜘蛛の巣のように広がる茶色い何かだった。
「なんだこれ……」
 触ってみると、それは樹木のような感触だった。もしやと思い奥を照らした時、私は言いようのないインパクトを受けて息を漏らした。
 そこにはあの老人が言っていた通りのものがあった。露出した木の根っこだ。天井――正しくは地表――の、ある地点を中心にして放射状に根っこが広がっている。かなりの大木が上に立ってるようだ。下がこんな空洞じゃすぐに地盤沈下しそうなものなのだが……
「これ切っていいのかなあ」
 おかげさまで躊躇いが生まれる。どういう理屈でバランスを保ってるのか知らないけど、ここにある根っこ一本でも切っちまったら大変なんじゃないの? って気になる。でも、確かあの人は「死なない」って言っていたはずだ。それがどういう意味なのかさっぱりだけど……まあ、とりあえず切ってみればわかるかもしれない。
「それじゃ、失礼して」
 地面にカンテラを置き、もらったナイフを取り出して、手近な根っこを手に取った。少し緊張する。死なないってことはつまるところ、切ることができないってわけだ。それだけ硬いってことなのか? どちらにしろ、これでその訳がわかる。
 根っこに狙いを定め――私は力任せにえいっとナイフを振り下ろした。

 ぶちっ。

 わかりやすく、木の枝とかを引き千切ったような音が響いた。
「……なんだ」
 あまりに呆気ない結果を前にして、私は拍子抜けしてしまった。普通に切れるじゃないか。何が死なないなんだろう。他に変化がないかと思って周囲を見回しても特に何も無い。溜め息を吐きながら再び手元に視線を戻すと……
「え、えっ?」
 とんでもないものを見た。切れた根っこが生き物のように(いや、木が生き物だという事は重々承知だが)にゅるにゅると動いたのだ。
「わ、わわっ」
 慌てて手を離す。そいつはそのまま元に戻ろうと片方の切れ目まで伸びて、そして何事も無かったかのように一本の根っこに戻った。
 しばらくは口を開けっ放しにしていた。今、間違いなく私の切った根っこが元の姿に戻った。
 死なない。その言葉は本当だった。こいつは切ったりすると、この世の者とは思えないほど凄まじい再生速度でもって自らの傷を修復する。私と同じように。
「不死身……」
 こいつは私と同じプロフィールを持っているというのか。
 私は再びその根っこを手に取った。今度は躊躇いなくナイフでぶった切る。合間を置かずもう一本、休むことなくもう一本。とにかく切れるだけ切った。それでもそいつは死なない。すぐに再生する。
 私はもう半ばヤケに根っこを切り続けた。こんなのどうやって全部切り落とせっていうんだ。火か? こいつを火で燃やせば再生できないか? 地面に置いたカンテラが目に入って、ふとそんな可能性が頭の中を過ぎる。それが一番良い方法かもしれない。そう思って根っこから手を離し、カンテラを取ろうとその場から動こうとした。
 のだが。
「あれ」
 足が何かに引っかかってるのか動かない。なんだろうと下を見てみる。カンテラの灯りが少々頼りなくてよくわからなかったが、何かが絡まってるようだ。これは……根っこか? いつの間に……
「あ、あれ? あれっ」
 切り落とそうかと思ったが、今度はナイフを持った腕が動かない。その腕の方向を見て、私はようやく今の状況が恐ろしく危険だと言うことに気がついた。
「根っこ……?」
 私の腕を押さえていたそいつも木の根っこだった。腕に絡まってる――絡まってる?
 慌てて腕に力を入れて引っ張った。所詮細っこい根っこ、ちょっと本気を出したらすぐに千切れた。だが、そんなことをしてる間に今度はもう片腕が塞がれる。
「ちょ、ちょっと待ってよっ」
 なんで? なんでこんなことになってるんだ?
「わあっ!」
 両足共々根っこに絡まったかと思いきや、急に引っ張られて私は尻餅をついてしまう。
「くっそ!」
 うつ伏せになって地面にしがみ付いた。この木は相当ご立腹のようだ。切られに切られまくってとうとう怒ったらしい。どうするつもりかは知らないが、とにかく私にとって良いことがあるようではない。栄養源にでもしようって腹積もりか?
「お断りだっ!」
 私はエクストリームギアを起動した。急激に生まれた推力で私の足に絡まっていた木の根っこは容易く千切れ、私はこの空間の壁まですっ飛んで頭をぶつけた。
「~~っ」
 声にならない苦悶が漏れる。もし不死身じゃなかったらこれで気絶できただろうな……とか、そんなこと考えてる余裕も無い。自分の手中(?)から逃れた私を捕まえるべく、また根っこがこちらに向かって伸びてくる。私は慌ててカンテラを掠め取るように拾い、すぐにこの空間から逃げ出した。
「っ、はあっ」
 鉄扉を叩き付けるように閉めて、私はその場にへたり込んだ。
 やばかった。比喩ではなくやばかった。あのままじゃ間違いなく何かされるところだった。
 なんなんだ。なんであんな木が突っ立ってるんだ。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「お帰りなさいませ」
 テーブルの下からひょっこり現れた私に、本棚から何冊か本を取り出していた最中の老人が角度ピッタリの会釈をしてくれた。こうして見ると本当に執事みたいだけど、実際のところ本当に執事なのかな? そういえば名前だって聞いてないままだし。
「あの」
「不思議の国は如何でしたか?」
「は? ふしぎの?」
 こっちから切り出そうと思っていたが、急に変哲なことを言い出されて思わず呆気に取られた。
「聞けば不思議の国の入り口は、まるで奈落の底に落ちるようだったと聞きます」
「ああ……」
 不思議の国のアリスの話か。確かうさぎの後を追いかけて穴に落ちたんだったな。よく覚えてないけど。なんにしても、私の感想は次の一言に尽きるわけで。
「そのまま地獄まで行くんじゃないかって思いましたよ」
「ほう?」
 面白そうな彼の表情がちょっと癪に障って、私は悪態をつくように音を立てて椅子を引き、どかっと座って溜め息を吐いた。
「なんなんですかあれ。どうしてあんなのがいるんですか。危うく殺されるとこだったんですよ」
「それはそれは」
「なんでもっと詳しく説明しなかったんですか、やっぱり私を疑ってて、あわよくばそのまま殺してやろうって気だったんですか」
「いえいえ、そういうわけではありません。ただ口で説明してもわかってはもらえないでしょうから、実際に見てもらった方が早いであろうと判断したのです」
「それでそのまま私が死んだらどうするつもりだったんですか?」
「そうは思いませんでしたね」
「何故」
「あなたは大層強いお方だ」
「……はあ?」
 何を言い出すかと思えば、急に突拍子もないことを……
「先ほどあなたと話していて、その時に思ったのです。このお方はとても強い、と」
「どうして? 別に私、強くもなんとも」
「いいえ、あなたは強い」断言されてしまった。「あなた、先ほど私との会話の途中で逃げ出そうと思っていましたね?」
「……ええ、思いました」
「正直でよろしい。あの時、あなたは私が鍵を持っていると知って力ずくで奪おうと考えた」
 そんなことまで筒抜けですか。よっぽど表情に出ていたんだろう。とてもはずかしいです、まる。
「並大抵の女性ならばそんなことは考えません。あなたはよほど腕に自信がおありのようだ」
「え、全然ですけど」
「しかしあの時感じた威圧感は本物でした。まるで私を目線のみで射殺すように鋭く」
「いや、ちょ、適当なこと言わないでくださいよ」
「間違いなく修羅場をいくつも潜り抜けてきた目だ。私にはわかる」どうしてわかるんだよっていうかそんなわけないだろ! なまじ修羅場がどうのって点が本当なだけに悩ましいよ!
「ああもういいですから説明してください、あれなんなんですか」
「先ほども言った通り、死なない木です」
「それは知ってます、なんであんな危なっかしい木がのうのうと生えてるんだって聞いてんです」
「――ご静聴願えますかな」
 彼は持っていた数冊の本をテーブルに置き、椅子にゆっくりと腰掛けて、まるで眠るように天井を仰いだ。


 ――それは今から100年ほど前の話です。その頃、人間と仲良く暮らす、ある種族がいました。
 それらの名は、チャオ。平和と自然を愛する彼らは、種族間で手を取り合う人間を快く思い、歩み寄り、長い間共に町で暮らしていました。
 ですがある日、町に突然恐ろしいバケモノたちが現れ、町を壊し、人々の命を奪っていったのです。
 バケモノたちの目的は、チャオでした。チャオは自然のあらゆる要素を取り込む生き物と言われ、様々な環境に適応することが可能だと言われていました。それを自らに取り込むことにより、バケモノたちは更に強固な存在になろうとしていたのでしょう……ということがわかったのは、それから何年も先のことですが……
 だが、バケモノたちの目的がチャオであるというのは明確だった。
 バケモノたちを追い払ったあと、人間はチャオを責めたてた。おまえたちさえいなければ、私達にまで危害が及ぶことはなかっただろうと。チャオの方が大きな傷を負ったにも関わらず、人間はそんなことお構いなしに。
 その晩、僅かに生き残ったチャオたちは町から姿を消してしまいました。チャオを責めることを良く思わなかった何人かの人々はその姿を探しましたが、どこにも姿がなかったといいます。
 それから何年も経った後、人々は決めました。チャオは絶滅した。これらの事は後世には語り継がず、闇に葬り去ろう、と。


「……それ、本当の話なんですか?」
 恐る恐る聞いてみると、彼はゆっくりと頷いた。
「この話は今では王家の者しか知らぬ話です。当時その禁を破り、事を記した者の本がこの書庫に残されているのです」
 そう言って彼は一冊の本を私に差し出した。厚さは児童文学並みで、中身を流し読みしてみる限りでは日記のようなものだ。数日間に渡るバケモノたちとの戦いを事細かく記してある。
「……つまり、この町の人達の大半は、これと同じようなことが過去にあったことを知らない?」
「ええ。チャオという種族の存在ですら、知る人間は数えるほどもいないかと」
 そいつは……なんとも驚きだ。歴史という長い目で見れば百年というのは案外短いのだが、そんな過去の出来事をこの町の98%くらいが知らないという。知っているのは王家の人間と、百歳くらいのお爺さんやお婆さん。家族によっては子供が知っているという例もあるだろう。
「どうしてこの事を後世に残してはいけないと?」
「正直に言うとわかりかねます。一種族の絶滅に一役買ったという汚点をひた隠しにしたかったのではないか、というのが最も有り得る見解かと」
「それっていくらなんでも……戦争の歴史は記録にしたりするのに」
「ですからわかりかねる、と」
 溜め息を吐くしかない。これほど釈然としない話もそうそうないだろう。
「……まあいいや」
 今さら昔の人が何を考えてたなんて、そんなの探ってる暇はない。とりあえず、この老人が私に何を言いたいのかがよくわかった。
「要するに今回のバケモノ騒ぎ、私達のせいだって言いたいんですよね」
 包み隠さず言ってやると、老人は困ったような笑みを見せた。
 要はそういうことだったのだ。バケモノが現れたということは、絶滅したはずのチャオが現れたということ。それはつまり、私だけではなく所長達もこの世界にやってきているという可能性が高い。つまりバケモノは所長達に釣られて現れた、ということだ。
「我々は、別にあなたがたを悪者だと言うつもりはありません」最初はそれっぽい扱いだったんだけど。「あなたのお友達がこの国にやってきてしまったのは単なる事故のようなものです」
「はあ」
「ですが、こうしてのんびりしている場合ではございません。我々は一国も早くこのバケモノ騒ぎを沈静化させなくてはならない。その為には、バケモノの大本であるあの木をどうにかしなければ」
「あの、それなんですけど」話の腰を折って言葉を紡ぐ。「結局あの木ってバケモノの元みたいなものなのはわかりましたが……なんなんですかあれ? どうして死なないんですか?」
「残念ながらわかりません。ですがそれを知ることができなければ、この国、延いてはこの世界の破滅を意味する。お嬢様も、あなたのお友達も助けることは叶わないでしょう」
「世界の破滅……」
 なんか、凄く大きな話に首を突っ込んでるみたいだ。全然実感が湧かないけど。
「とりあえず、私はここであの木とバケモノについて更なる調査を行いましょう。あなたは地下通路を使って町を巡り、解決の糸口を探していただきたい。ああ、なるべく衛兵には見つからないほうがよろしい。お嬢様と間違われてここに連れ戻されてしまうことでしょう」
「いや、さすがにそれ無理が、大体どこをどうやって」
「期待しておりますよ」
 冗談じゃない――と、声高々に叫びたかったが、何はともあれ一刻も早く所長達を見つけたいのは確かだったので、私は渋々テーブルの下に戻っていった。
「あ、そうだ。いい加減名前教えてくださいよ」
 危うく訊きそびれそうになっていた。テーブルの下から直接呼びかけると、一拍置いてから声が帰ってきた。
「執事のセバスチャンでございます。ではユリ様、お気をつけて……」

このページについて
掲載日
2011年12月24日
ページ番号
22 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日