No.5

 外に出るというだけで、なかなかの長旅だった。
 地下通路へ潜る為の入り口を探し、クリスティーヌの記憶だけを頼りに何度も道を間違えながら外を目指した。こういう場所は得てしてモンスターで溢れてるのがRPGの常で、しかも脱出呪文の一つも覚えてないと息切れしてしまう。が、ここはそれほど物騒な世界ではないので安心できる。
「……ね、ねえ、なんか音しなかった?」
「してないしてない、なんにも聞こえないから安心して」
 例外はいるけど。
 怯える主戦力をなだめながら長い時間をかけてようやく町の外へ出られた頃にはもう夕方になっていた。
「わーい、おっそとー!」
「出られたー!」
 外の景色を目の当たりにして、クリスティーヌとヒカルが心から喜んだ。お互いに違う理由で。
 ここも僕の想像通りの光景だった。寝転がりたいほどの草原が地平線の彼方まで続いている。北の方には見上げるばかりの森が、南の方には見下すばかりの海が。クリスティーヌの話していた通りだ。あとはその辺にスライムとかいれば完璧なんだけど。
「……で、どこに行くの?」
 当面の問題点をぼそっと言ってみると、きゃあきゃあ騒いでいたお嬢様の動きがピタリと止まった。ぎこちなく振り返り、ふんっと鼻息を漏らして胸を張る。
「も、もちろん決まってるじゃない?」ノープランでした。疑問形なところが特にマイナスポイント。
「で、どこに行くの?」
 もう一度同じ台詞を繰り返してみると、彼女は硬い動きで森の方を指差した。
「あそこに僕らのお友達がいるって?」
「ほら、人に見られてバケモノ扱いされるってことは、人のいない場所に行きたいわけじゃない? この辺でそれっぽい場所っていったらあそこよ」
 それっぽい詭弁はまあまあうまいんだよなこの子。どこに行くとか言われても僕達は従うつもりなんだけどね。
「大丈夫? 出るとき迷わない?」
「……うん、ぜんぜんへいき!」不安になるからどもったりしないでおくれよ。「迷わないように目印をつけていけばいいわ!」しかも道を知ってるわけじゃないっていうね。
「目印になるもの、何かある?」
「……何かある?」
 ここ一番の人懐っこい顔で聞かれたってないものはない。旅の始めはみんな薬草だって持ってないんだぞ。
「服があるじゃまいか~」
 待ってましたとでも言わんばかりにヤイバが声を張り上げた。
「服?」
「一定距離歩く度に一枚ずつ服を木にむすんでおけば迷わない!」
「あんただけでやりなさいよ?」
「それじゃなんにも面白くないじゃないか!」
「誰がやったってなんにも面白くないわよ」
「むむむ……服……」
「こらちょっと待ちなさい本気にしちゃダメ!」
「YES! YES! それがたった一つの冴えたやりかたさ!」
「斜面なんだから降りれば帰れますよ」
 そんな簡単な一言で話を締めくくり、ハルミは一足先に森へと向かっていった。その小さな背中が僕らには大きく感じて、この場の空気が重いものに変わった気がしないでもなかった。その重みに押し潰されたのはもっぱらヤイバだけだったけど。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 しかし、人が歩くよう考慮されていない道を歩くのは酷く疲れる。
 最初の一歩を踏み出した頃は、正直森とか山とか余裕だろと舐めてかかっていたが、あまりの足場の悪さにすぐに登山家様に土下座したくなった。ぜんぜん余裕じゃありませんでした。地面が平らじゃありません。気を抜くと転びそうです足捻りそうです。
 運動神経のない男二人が底辺の争いを繰り広げる中、目を剥くのがやはり女の子達だ。お嬢様ことクリスティーヌさんの足並みはおぼつかないにしても僕らよりは断然マシだし、ヒカルも持ち前の運動神経で果敢に登る登る。だがその中でも群を抜いた機動力を持っているのがハルミだった。獣道もなんのその、野生児みたくひょいひょい進んでいく。
「なにもんだあいつ……」
 時折見えるハルミの鋭い目を、息があがってきたヤイバが信じられないという目で見ていた。
「絶対ヘビとか食って過ごしてた人種だろ……」
 いや、そこまでイロモノじゃないと思うよ?
 何はともあれ、アクティブな女の子達に引っ張られること10分くらい。目的が無いに等しい登山に一つの区切りが訪れる。
 ふと、先頭を切って歩いていたハルミが足を止めた。それに続くヒカルとクリスティーヌも立ち止まり、微かに声をあげる。何か見つけたらしい。近くへ駆け寄ってみて、僕もまた意外な光景を目にして足を止めた。
 泉だ。澄んだ泉が大きく広がっている。
「わあ……」
「こりゃ何か落としたらきれいなものと交換してくれそうだな。ヒカルさんちょっと入ってみませんかあいててて」
「あたしは剛田クンと同じ種類の人間だって言いたいの?」
「いえそんな滅相もございませんので耳みみミミ」
 そのまま耳を引っ張ってヤイバを泉にぶち込みそうになったので慌てて止めに入る。そんな茶番劇のさなか、ハルミはいつの間にか対岸の方へ行っていた。草むらに上半身を突っ込んで何かごそごそしている。
「ハルミー?」
 呼んでみると、なにやら丸いものを抱えてこちらに戻ってきた。どうやらタマゴっぽい。白ベースの水玉模様をしていて、てっぺんが少し黄色掛かっている。
「チャオのタマゴだ」
「え、えっ?」
 一番驚いたのがやはりというかクリスティーヌ。近寄って身を屈め、チャオのタマゴを至近距離でじっと見つめる。
「これが、チャオのタマゴ?」
「う、うん」
 やや興奮気味の声にちょっと気圧される。
「ね。タマゴってことは」
「うん?」
「これ、誰かのコドモ?」

 その場の空気が、しん、と静まり返った。

「お、おいどうすんだ」
 そして手元によそ様の子を抱えているというこの状況に、みんな焦りを感じ始めた。無論僕もだ。目の前に知らない赤ちゃんとかいたら普通慌てる。今そんな状況になっているのだ。
「おいおい、周りに誰かいないのかよ。この子の親とか」
「いえ、誰もいないみたいですけど」
「ど、どうすんのよいきなり生まれちゃったりしたら」
 まるで爆発寸前の爆弾を抱えたみたいだ。
「というかなんでこんなところに一個だけタマゴがあるのよ!」
「普通二個だよな」「そういう問題じゃない!」「わっ、動いた!」「うそーっ!?」
 そして僕らに悩ませる時間すらこのタマゴは与えてくれなかった。突然動き出したタマゴをハルミがポロっと落としてしまい、僕らは一瞬こおりづけになってしまう。
「わ、割れてない? 割れてないわよね?」
 頭が外れそうなくらいのハルミの頷きが返ってくる。
 タマゴがゴトゴトと動いている。間違いない、もうすぐ生まれる。なんでまたこんなタイミングで、と毒づく暇もありゃしなかった。殻の割れる音が断続的に響くたび、僕らはいちいちピクリと反応してしまう。
 そしてとうとう、殻はパカリと音を立てて二つに割れ、この世に一つの命が降りた。この感動的瞬間、僕らの顔はかなり酷いものだったと思う。生まれたばかりのチャオに申し訳ないくらいだ。
 しばらく言葉は無かった。殻から出てきたコドモチャオは、僕らを順繰りに見回し、そして泉と森の姿を目に映して固まった後、急に目尻に涙を溜め始めた。
「え、えええ?」
 なんだか知らないが急に泣かれてしまった。なんか悪いことしたかと僕らはお互いの顔を見合わせる。
「……みんな、どこ……?」
 その時、チャオが嗚咽交じりに呟いた。
「どういうこと?」
 チャオの知識に関しては素人なクリスティーヌが、生まれたばっかりだというのに何か意味有り気な言葉を呟くチャオに対して首を傾げていた。他のみんなも同様の反応をしていたのだが、僕はなぜかこの子の言葉の意味を察してしまった。
「――転生したんだ」
「てんせい?」
「チャオはね、寿命を迎えた時にそのまま死ぬか、もしくはもう一度タマゴに戻るんだ」
 この子が転生してどれほどの時が経ったのかはわからない。チャオが生まれるタイミングというのは昔からの謎だ。必ず誰かが近くにいる時だけ生まれる、という説もある。この世界におけるチャオの存在を考慮すれば、この子はとても長い時間――それこそ数十年もタマゴのままだった可能性も高い。
「ねえ」
「ん、なあに?」
 一番身近にいたクリスティーヌが声をかけられた。彼女は身を屈めて目線をなるべく合わせる。
「みんなはどこにいったの?」
「みんなってだあれ?」
「ともだち。おとうさん。おかあさん」
「……ごめんなさい。私はあなたのお友達にも、お父様にもお母様にも会ったことはないの」
「死んじゃったの?」
「え……?」
 彼女は言葉を詰まらせ、僕らに助け舟を求めた。だが、僕は良い顔はしてなかっただろう。この子以外のチャオは、みんな死んでしまったのかもしれない。この子がタマゴでいる間に。
 ……いったい何があった?
 ここに転生したチャオが一人いるんだ。それは幸福や希望に縁があったから。他の仲間達だって同じものを抱いて転生するはず。それなのに、この子を置いてみんな消えてしまうなんて。
「ねえ、君」
 酷く残酷なことを聞こうとしている。それがわかっていながら、僕は前に出てチャオとなるべく目線を合わせた。
「転生する前、何が――」

「待って」
 突然ハルミが手をあげて身構えた。腰の鞘に納めていたナイフを抜き、泉の周りの草むらに注意を払う。
 草の揺れる音が聞こえる。
「冗談でしょ?」
「ノンエンカウントのピースフルワールドじゃなかったのかよ」
 ヒカルとヤイバも鞘の剣を抜く。やがて草むらの中から沢山の花の目が現れた。奴らだ。あの草木のバケモノがこんなところにまで出てきやがった。
「やだ、やだ、やだ!」
 花の目に捉えられたチャオが強い拒絶を見せ、クリスティーヌの腕の中に逃げた。厄介な状況だ。この子を見捨てることはできない。なんとかして守り抜かなければ。
「敵の数は?」
「わかりません、あちこちからどんどん集まってます!」
「頼むぜ姐さんがた、全部やっちゃってくださいよ」
「バカ、あんなちいさなチャオを危険に晒し続けられるわけないでしょ」
 そうだ、なんとかして退路を確保して逃げなくちゃならない。僕らにとって幸いなのは、このバケモノどもが一刺しで崩れ去るほど脆いのと、こっちの戦力が意外にも高いことだ。
「ハルミが先陣を切って。ヒカルは後ろを。とにかくごり押しで森を抜けるんだ」
「わかりました」
「女の子にモノ頼むなんて、ほんと情けないんだから」
「何仕切ってんだよオマエはぁー! それよりエビチャーハンだよオレの!」
 こんな時でもユーモアを忘れないヤイバに乾杯。
 僕が剣を引き抜くのとほぼ同時に、バケモノたちは襲い掛かってきた。その第一波を手際良くいなし、ハルミが斜面を降り始める。後ろをヒカルに任せて僕らも後に続く。できればクリスティーヌにもチャオを僕に渡して戦ってほしいところではあるが、そんな情けない申し出ができるかと剣を振る。足場が悪いもんだから酷く戦い辛い。うっかりするとすぐに足を滑らせてしまいそうだ。それでも防御一辺倒にはせずなんとか攻撃する。押されてはいけないんだ。
 しかし、そう簡単に森を抜けることはできない。なんせ登るのにもそれなりに時間を掛けた道を、今度は敵と戦いながら引き返すのだ。しかも降り。山登りで一番キツいのは、実は降りる時だそうだ。降りる度にも攻撃を防ぐ度にも腰にくる。普段から猫背なのがこんな時に響いてきた。この場で一番の足手まといだ。
「カズマ! あんた大丈夫でしょうね!」
 それを察したのかなんなのか、ヒカルが声を飛ばしてきた。変な時に気遣いしてくるなあ、まったく。
「大丈夫なわけないだろ! だから守ってもらってるんだ!」
「バカ!」
 ヤイバほどではないが、僕もまだ軽口くらいは叩けるようだ。目の前に飛び掛かってきたバケモノを勢い任せに一突きしてやる。
「うわッ」
 だが、それが良くなかった。体勢を元に戻せず前のめりに倒れたかと思いきや、僕はそのまま斜面を転げ落ちてしまう。横が急斜面になっている道で、不注意にも足を踏み外してしまった。かなりの距離を転げ落ち、地面に半ば叩きつけられるようにして止まった。
「カズマっ!」
 誰かの悲痛な叫びが聞こえる。痛む体を起こしてみると、見事に囲まれていた。背後の斜面はほとんど壁みたいなもので、登って戻るのは無理なようだ。
「先に逃げて!」
「何言ってるのよ! 今行くから待ってて!」
「ダメだ! クリスティーヌとチャオに何かあったら大変なのはわかるだろ!」
「あんた一人で何ができるって言うのよ! 死にたいの!?」
「僕だって自分の身くらい守れる、後からちゃんと合流するから!」
「でもっ」
「いいから行けよッ!」
 ヒカルを見上げて怒鳴りつける。表情はよく見えない。ヤイバに肩を叩かれ、ようやくみんなと共に行ってくれた。
「ばかああああっ!!」
 罵倒を一つ残して。

「……さて」
 落ちていた剣を拾い、目の前に群がるバケモノを見据える。
「人が話してる時に攻撃してこないあたり、紳士的で助かるよ」
 世のゲームでお馴染みの、イベント中は襲ってこないみたいなアレだ。リアルじゃそんな都合の良いことないだろうなと思っていたけど、モンスターって奴は大概空気の読める奴らしい。
「できればこのまま帰ってもらいたいくらいだけど――ま、君達もバケモノとしての体面ってのがあるよね」
 人を襲うのが敵の役目だ。そればっかりは覆せないだろう。ノルマをこなさなきゃなんない社会人みたいな奴らだ。
 改めて見てみると、思った以上に数は多くない。あくまで思った以上に、だけど。普通に30か40くらいはいる。一発ぶん殴って吹っ飛ばせるレベルには脆い奴らだけど、それは条件で言えばこっちも同じことだ。

「そしたら悪いけど――」
 切っ先上がりに剣を構え、静かに深呼吸をした。
「僕もこんなとこで死にたくないんだ」

このページについて
掲載日
2011年12月23日
ページ番号
15 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日