No.4

 その日城下町に現れたのは、得体の知れないバケモノと、得体の知れない子供達だった。
 民にとっては珍妙な服装と、バケモノ達を次々と倒していく異様な強さと、なんてったって男より女の方が強いっていうアンバランスっぷり。話題にならない方がおかしい。
 中世に降り立った武士、東ヒカルを盾にしながら動く僕達。それに負けじと圧巻の遊撃を見せるのがハルミ。ナイフ一本でバケモノの群れを縫うように立ち回り、隙あらばとにかく斬って刺してと好き放題荒らしまわって俊敏に動いている。
 そして更に僕達を驚かせたのがクリスティーヌの意外な強さである。結構重量のある剣を慣れたように振り回し、襲い掛かってくるバケモノ達を手際良くあしらっている。絶対に何か習ってる動きだ。そこへきて僕達の情けなさである。クリスティーヌと同じような剣を持っているのに、その剣裁きと来たらとにかく拙い。僕達のだらしない動きを目の端に入れたお嬢様方からちょくちょく叱咤が飛んでくる。
「剣の重さに振り回されないで! 腕の力だけで振ってはダメ!」
「もっと周りを見て! 死角に回り込まれちゃいます!」
「バカ、隙だらけよ! 体の重心をちゃんとコントロールするの、足の親指を意識して!」
 泣きたくなってきた。なんで君達そんなに武闘派なんだよ?
「苦しすぎて狂っちまいそうだぜ!」
 なんて情けない台詞に改変してるんだ。謝れ。デビルハンターさんに謝れ。
「軽口叩けるだけ余裕だね」
「状態異常の無いからげんきなんか意味ねえよ! つまりはオレ達使えねえって意味だよ!」言うまでもないことをいちいち言うなよ。
「確かに、この元気を無駄に使う前に逃げた方が良さそうだ。ヒカル、ハルミ!」
 最初見た時はゲームオーバーを覚悟した敵の数が、既に半分以下にまで減っていた。レベル1の初戦闘にしては幸先が良いどころの話ではないが、何はともあれ今なら逃げられる。
「何よあんた、女の子置いて逃げる気?」
「ここまで来たんだから全滅まで持っていきましょうよ」
「敵に背を向けて逃げるなんて騎士道に反するわ」
 なんでそんなに好戦的なんだよ君らは!


 結局、女性陣の劇的な活躍によって、残りの敵を倒すのに数分とかからなかった。バケモノ達は残らず消し去り、住民達も残らず逃げ去り、静かな城下町で僕達は息を吐いた。
「いやあ、お見事でしたよ旅のお方々! なんという強さ!」
 唯一残っていた店主二人が健闘を称えてくれた。ヒカル達に向かって。
「やだ、別にそんなんじゃないですよ。戦ったのだってこれが初めてなんだし」
「なんと、初めて? そいつはまた驚きだ!」
 そいつは僕らの台詞だよ。
「まあ、なんていうか思ったより強くなかったですよね?」
「……ああ、そう」
 僕らよりかよわい女の子がそう言うんならきっとそうなんだろうな。運動もしてない僕らは基準にならないんだな。僕は後半、敵の攻撃を防ぐことしかできなかったし。盾持ってる方が戦えるんじゃないかな。
「いやあ、本当に雑魚って感じだったな、これならコンボ練習のサンドバッグにいいくらいだむぎゅぎゅ」
「で、これからどうするのクリスティーヌ?」
 ホラを吹き始めたヤイバを三人がかりで足蹴にしながら、ヒカルが今後の方針を尋ねた。この異様な光景に目を白黒させながら、クリスティーヌは案をひねり出す。
「えっと、お友達ってチャオでしょ? 町の人に聞き込みをすればすぐにわかると思うわ」
 ごもっともである。僕達のいた世界とは正反対に、ここではチャオの存在は浮く。見たっていう人がいればすぐにわかるだろう。
「チャオ? って、なんですかいお嬢さん?」
「えっとね、ちっちゃくて可愛いの!」そりゃ幼い頃は人間も同じだ。
「体がほぼ全部水でできてるの、こうぷるぷるのぽよぽよで」それも幼い頃は人間も同じだ。
「喋れるんですよ! 凄いでしょ!」それは幼い頃の人間には難しいかな。ってどれもまともな説明になってないよ!
「魔法が使えるんですよ」
 僕は息を整え、口を開いた。身体的特徴ではない説明で、僕は全員の視線を掻っ攫う。
「ちょっとカズマ、そんなんじゃわかんないでしょ。所長達がここで魔法使ったかどうかわかんないのよ?」
「使ってない方がおかしいよ。少なくとも所長達がここにいるんなら、当然バケモノと出くわしてるはずだし、その時に魔法も使うはずだよ」
「旅のお方、よろしいですかい」
 武器屋の店主が僕ら二人の会話に割り込んだ。
「見ましたぜ、それらしき奴を」
「本当ですか?」
 開始早々思わぬ収穫に、僕らはみな顔を見合わせた。クリスティーヌはもう見つけた気でいるのか顔が綻んでる。
「ええ。ちょうどここの前で衛兵たちが何かを追ってたんですが、その追撃を振り切った連中が火柱だの水柱だのを走らせたのを見たんですよ。姿こそよく見てなかったが」
 間違いない、それはパウさんとリムさんだ。やっぱりこの世界に来ていたんだ。きっと所長もいるに違いない。
「それで、どこに向かったのかは」
「残念ながらそこまでは。なんせ連中、あまりにも逃げ足が速かったもんですから。あっという間に衛兵を振り切ってました」
 それでも大収穫だ。所長達がこの町にいるってだけでも希望がある。
「あの、ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ、こっちの台詞ですよ。武器は持っていって構いません」
「また何かあればお会いしましょう。我々もできる限りの情報を集めておきますよ。お嬢さんのこと、よろしく頼みます」
「もう、おじさんったら。私なら大丈夫よ。全然問題ないんだから」
 悔しいけど反論できなかった。むしろ僕達を守ってほしいくらいだ。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 それにしても、本当にこの世界はRPGの中みたいだ。イメージとピッタリ当て嵌まるとまではいかないけど、道や建物の全てが味のある石造りをしていて、周りには木々や花が町を彩っている。今は荒らされていて見る影もないが、こういうのが趣味な人は涙を流して死んでいけるくらいだろう。趣味というわけでもない僕もたったいま好きになりそうだ。
 クリスティーヌの説明によると、この町は円状の城壁に守られており、大きな森と海に挟まれているのが特徴。その影響で多くの人が通りかかるし、資源も手に入れやすいと来てとんとん拍子に発展していったんだそうだ。
「……だったかな」
 ちょっと勉強不足なお嬢様である。それでいて顔があれだからすげえ新鮮。ヤイバがすげえうっとりしてる。
「あのお城、なんですか?」
 ハルミの指差した方向には、一際大きなお城が建っていた。如何にも国王様とかがいそうなお城だ。物凄くデカいけど、きっと三階建てくらいなんだろうな。
「ああ、あれね。……まあ、お城。この国の王様とかがいるの」
 なんかすげえアバウトなんですけど。
「もっと詳しい説明はねえんですかお嬢さん」
「うーん、そう言われてもよくわかんないし」
 けっこう勉強不足なお嬢様である。この怠慢とも取れる態度はちょっとユリに似てるかもしれない。ヤイバも懐かしそうな顔してるし。
「……それにしても、誰もいないのね?」
 歩けど歩けど誰もいない町に、ヒカルが溜め息を吐いた。確かに人っ子一人見当たらない。恐らくこの騒動で大半がどこかへ避難してしまったのだろう。バケモノにメチャクチャにされた家屋も相俟ってなかなか殺風景だ。
「ねえ、クリスティーヌ。こういう緊急時の避難場所ってどこなの?」
「んんー……どこなのかしら?」
 言うと思った。このお嬢様、逃げるとかそういうことに無縁そうな表情してるもんね。
「さっきのお城じゃないんですか?」
「あー……そうかもしれない」
 さっきからなんて曖昧な返事してるんだか。聞いてて不安になってくる。
「これじゃ聞き込みできないわね。お城の方に行って聞いてみる?」
「え、あ、待って!」
 話がお城に行く方向性になろうとすると、クリスティーヌは途端に慌てだした。
「武器屋のおじさん、お友達が衛兵から逃げてたって言ってたじゃない?」
「言ってたね」
「ひょっとしたら町の外に逃げてるかもしれないわ! ええきっとそうよ! うんそう!」
 あまりにも平静を欠いて意見するもんだから、僕達は何もかも察して顔を見合わせた。
 この子、あのお城に住んでるお嬢様だ。
 宿屋の店主が言っていた、衛兵が来たら抜け道を使えだの、もし何かあったら首が飛ぶだのというのは、つまりはそういうことだったのだろう。
「……あー、なるほどね。クリスティーヌの言うとおりかもしれない」
「せやなぁ外に逃げよったかもしれんなぁ」
「クリスティーヌさんあったまいー!」
 ここでお城に行こうなんて言いだしたらお嬢様の好感度は駄々下がりだ。事、好感度は上げてナンボの性分をしているお人好しな僕らは、お城に帰りたくないという彼女の意思を汲み取りあえて難儀な選択肢を選んだ。僕らの保護者ヒカルさんは呆れた顔をするが止めはしない。その優しさにありがとう。
「で、外にはどうやって出るのよ?」
「大丈夫! 町の地下通路を使えば見つからずに外に出れるから」
「そうなんだ。道、わかる?」
「もちろんよ。私しょっちゅう外に出てるし」
「え? バケモノに襲われたりしないの?」
「いるわけないじゃないそんなの」
 そうなのか。てっきり町の外はバケモノが当たり前のように歩いていて、近くの町に移動するまでに5回くらいエンカウントするのが普通なのかと思っていた。
「そうと決まれた早速しゅっぱーつ!」
 焚きつけるように言い並べて、彼女は早足で歩き始めた。それを訝しげな顔つきで追いかける僕達。なにやら面倒なことになってしまった。

このページについて
掲載日
2011年12月23日
ページ番号
14 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日