No.3

 眠い。
 ずしりと重い瞼を薄く開いてみると、そこは見慣れた小説事務所の所長室だった。
 視界がぼやけている。加えて暗いせいか、まるで夢でも見ているみたいだ。
 なんでここにいるんだろう。眠くて頭の回らない僕は、やがて意識を手放し始めたか目の前が霞んでいった。

 ――起きて。

 誰だ?
 聞き慣れた声が僕を呼ぶ。でも、目を覚まそうとすると余計に目の前が霞んでいく。

 ――起きてってば。

 だめだ。起きれそうにない……


 ̄ ̄ ̄ ̄


「起きろって言ってんでしょ!」
 ヒカルに容赦なくベッドから落とされ、ようやく僕は目を覚ました。
「……ん、ん?」
 何か夢を見ていた気がする。でも思い出せない。凄く意味深な夢だった気がしたのに。
「ごめん、もっかい寝る」「だから起きろって言ってんのよ!」
 もう一度夢を追いかけようとしたのに、ムリヤリ現実に引っ張り戻されてしまった。そんなんだから最近の若者は自信をなくしちゃうんだぞ。
「ったく、死んだみたいに起きないんだから」
「それ、いいすぎ」
「うるさいっ。ぼーっとしてないで逃げるわよ!」
「……逃げる?」誰から? 昨日言ってた衛兵とやらか?
「バケモノよ!」
「はあ?」
「ああもう、説明は後!」
 手を掴まれ強引に起こされ、僕は向かいの部屋、女の子三人が寝泊りした部屋に連れてこられる。そこには一足先に起きていたみんなと、何故か宿屋の店主も一緒だった。
「みなさんお揃いで」
「あの、何があったんですか?」
「下でご説明します」
 そう言うと、店主はフローリングの板目の一つを縦にずらしたが、何も変化はない。と思ったら、そのすぐ近くの一メートル四方くらいの床を回した。上から覗いてみると、何やら地下に降りる為の階段が続いている。くるりと回ったその床を見ていると、ますます昨日考えていたゲームの世界観を思い出してしまう。
「さ、急いで」
 店主に促され、クリスティーヌが先導し僕達も後に続いた。


 地下は石造りで出来た通路で、まるで迷路みたいになっていた。明かりは随所にある僅かなものと、店主が持ってきたカンテラだけ。一人で歩いていたら絶対に迷いそうなところだ。
 そんな通路を我が物顔で先導しているのがクリスティーヌで、その隣に店主、僕達は後ろについて歩く。
「ここは昔、あっしらのご先祖が作ったと言われている通路です。ここを他に知っているのは、あっしとお嬢さんを覗けば僅かです」
 いかにもRPGか何かで聞きそうな話だ。資材搬入の通路だったのだろうか。それとも盗賊の抜け道だったんだろうか。思いつく可能性はいろいろあるけど、あんまり重要でもない。
「それで、バケモノが出たって言ってましたよね?」
「詳しいことはわかりません。今朝から町中がバケモノだなんだと騒いでいて、それもすぐ近くまでやってきているそうで、みなさんをここにお連れした次第です。お嬢さんに何かあっては、あっしの首が飛んでしまいますからね」
「首が?」
「もう、おじさんったら! その話は無しにしてって言ったでしょ!」
 何やらこのクリスティーヌという少女、只者ではないのかもしれない。良いトコのお嬢様か何かかな? 頻繁に家を抜け出してるおてんば娘だったりとか。
「そんなことより、お友達捜しができないわ。なんて幸先が悪いのかしら」
 ああ、そういえばそんな話があったな。すっかり忘れてた。
「お嬢さん、そんな暢気なことを言ってる場合じゃありません。お嬢さんやお客人の身に何かあっては元も子もないんですよ?」
「でもっ、もしもそのバケモノにお友達がやられてしまったらどうするの!」
「あーそれはないな。よっぽどの事がない限り」
 ヤイバの軽い発言と、それに頷く僕達を見て、クリスティーヌは呆気に取られる。
「……そうなの?」
「先輩達ならな」「ユリも大丈夫だろうし」「ひょっとしたら返り討ちにしてるかもですね」
「はあ……お客人のご友人は大層お強い方々のようで」
 そりゃあ、伊達に裏組織だの人工チャオだのと張り合ってるわけじゃないし。ところがクリスティーヌは思い詰めた表情で声をあげる。
「それでも心配だわ。早くお友達を捜さないと!」
「いやしかし」
「しかしもおかしもないの!」
 僕達としては別に大丈夫なんだけどなあと思っていたのだけど、彼女の強い語気に気圧された店主は困り顔でこちらを見てきた。
「お客人、腕に自信はおありですか」
「えっ?」戦えるかって意味か?
「もしそうなら、お嬢さんを守りながらご友人を捜すことも問題ないでしょう」
「なるほど! 問題ねっす、全然戦えるっす!」
「ばッ……」
 何故かとんでもないことを口走り始めたヤイバの腕を引いて、僕達は顔を突き合わせて小声で話す。
「なんでそんなこと言うんだよ?」
「戦力ならいるじゃん。そこの二人」
 そういって視線を向けた先がヒカルとハルミだった。
「え、な、何言ってんのよ。あたしただ剣道してるだけよ?」
「その時点で少なくともオレらよりは強い。オレらが遊び人ならヒカルはバトルマスターだ」
 なんてこった、反論できない。
「わっ、わたしは」
「ノット堅気のあんちゃん相手に毒針で全戦全勝と聞きました」
「あうう……」
 なんで男の僕らより女の子二人の方が強いんだろうね。しかもハルミちゃんなんか年下だよ。
「でも、相手はバケモノよ? モンスターなのよ?」
「安心しろ、最初はみんなレベル1だスライムナイトにも劣る勇者なんだよ」
「でも、レベル上げできませんよ? はぐメタだっていませんよ?」
「安心しろ、レベル上げは必要ない戦略で勝つんだ。スクンダしまくってりゃ当てれるし避けれるし敵の行動回数も減らせる」
「できるわけないじゃないですか!」「ごめんその前にスクンダとかわかんないんだけど」「お客人、話は纏まりましたか?」「一番いい装備を頼む」勝手に纏められましたとさ。
「わかりました、付いてきてください。みなさんを上にお連れしましょう」


 ̄ ̄ ̄ ̄


 結局、店主に連れられて僕達は路地裏のような場所に出てきた。町の人達のざわつきが聞こえている。どうやらバケモノ騒ぎは本当らしい。
「どうしよう、これじゃ警備隊もみんな出動してるわよね。見つかったらどうしよう」
 町の惨状を見るなり、クリスティーヌはフードを深く被って縮こまる。バケモノがいるっていうのに、このお嬢様はそっちの心配はしないようだ。どこのお家の方かは知らないが、とある桃姫並みに肝が据わってるな。見ろ、こっちの主戦力は既に恐怖の状態異常にかかってる。非戦闘員の方が落ち着いてるって酷いよ。いろんな意味で。
「こっちです」
 言われた方向へ路地を抜け、店主はある店の中へ入った。僕達も続いてぞろぞろと中に入ると、まず目に付いたのは壁に飾られた馬鹿デカい斧だった。物言わぬ気迫に気圧されながら店内を見渡すと、剣盾槍槌その他諸々の武器類が目に入る。ひょっとして武器屋か?
「お前、宿屋の……」
 店のカウンターでは、何やら荷物を纏めているおじさんがいた。武器屋の店主らしきその人物は、宿屋の店主と顔を合わせるなり腰を浮かす。
「まだ店にいたのか」
「ああ、もうすぐそこまでバケモノが来るってんで、急いで荷物を纏めてるんだ。ところでそのガキ達はなんだ……あ、お嬢さん?」
 ミスマッチな服装をしている僕達を薙ぐように見回し、武器屋はフードを被ったクリスティーヌに目を留めた。なんだ、こっちも知り合いなのか。顔が広いな。
「おじさん、武器貸して!」
「ええ?」
 身を乗り出した突然のお願いに、武器屋は呆気に取られる。僕達もビックリだった。いきなり貸してってのはないんじゃないか。
「私ね、この人達のお友達を捜さないといけないの! だからお願い!」
「え、いやそんなこと言われても。武器ってお嬢さん方が使うんですかい?」
「当然でしょ!」
「ええええ?」
 また露骨に驚かれた。当然の反応だ。どう見たってただのガキんちょ集団に武器貸せなんて言われたら、普通なら鉛球の一発でもくれてさっさと帰れと言っている。
「お代なら出すから!」
「いや、そういう問題じゃあ――」
 そんな時僕達を黙らせ震え上がらせたのは、店のドアを強く叩いた何かだった。一回一回に合間があり、人が強くノックしているのとはわけが違う。何かがドアを破ろうとしている。
 全員が息を呑んだ。
 動いたのはヒカルだった。店の中に置かれていた多くの武器から、日本刀のような剣を一本取った。深呼吸して、僕達の前に出て待ち構える。ドアを叩く音はなおも続き、そろそろ壊れてしまいそうな軋みが僕達の背筋を凍えさせる。
「――来なさいよ」
 それが合図だった。ドアは勢いよく蹴破られ、体に草木を生やした土偶のような生き物が一匹飛び込んできた。僕達よりも一回りか二回りくらい小さいけど、不釣合いに大きな手足と、目を模した花がとにかく異様だ。しかもギョロギョロと動いてる。確かにこいつはバケモノ以外の何者でもない。
 ヒカルは動かない。恐怖に震えて動けないのかと店主二人は苦い顔をする。
 でも、違う。ヒカルは震えていない。向こうが動くのをじっと待ってる。
 永く感じる睨み合いから、とうとうバケモノがヒカルに飛びかかった。クリスティーヌが手で顔を覆って目を逸らす。が、彼女が再びヒカルを見た時、ヒカルは傷など負ってはおらず、バケモノは命を失って崩れていた。
「凄い……」
 顔を覆っていたクリスティーヌが、今度は口を覆って目を見開いていた。僕達もみんな、ヒカルの見せた動きに見惚れてしまった。

このページについて
掲載日
2011年12月23日
ページ番号
13 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日