No.2
少女の案内により、僕達は然程労せず森を抜け、町に出た。そして僕達は、その光景に思わず足を止めてしまう。
「どうかしたかしら?」
「あ……いや」
言いたいことはあったけど、うまく言葉にはできなかった。目にしたもののインパクトが想像以上に大きくて、なんて言い表せばいいかよくわからなくて。
「ねぇ、カズマ」
ヒカルが僕の服の袖を引っ張った。何が言いたいかはなんとなくわかるけど……
「ここ、どこ?」
「……さあ?」
まず、電気がない。町を照らす照明が、空の上で輝いている月とカンテラの街灯だけだ。
道路がコンクリではない。石造りのブロックを敷き詰めたような道になっている。
他にも、建物が見慣れない、車や自転車が通ってない、等々。
「この国には、初めて来たのよね?」
「え、うん。まあ」
この町を背景にすると、最初に違和感を感じていた少女の姿が自然に見える。逆に僕達がこの町で浮いてるみたいだ。
「あの、この町――この国ってどういうところなの?」
「どういうところ? そうねえ……うーん」
答えに窮しているのか、急に唸りだしてしまった。一応じっと答えをくれるまで待ってみたが、十数秒経った頃には、
「ごめんなさい。私って勉強不足だからうまく説明できないの」
と返ってきた。別に漠然と言ってくれてもいいんだけどな。わからないって言われるよりは遥かに。
「あ、でも良い所よ。治安は良いし、綺麗だし、広いし大きいし」
「はあ」
必死にフォローを始めた。残念ながらそういう事は聞いてないな。わからないって言われるよりはマシだけど。
「で、どこに行くの?」
「えーっとね、私のよく知ってる宿屋さんがあるの。そこへ案内してあげる」
宿屋さん?
実生活ではおよそ聞き慣れないフレーズを残して先導を始めた少女。僕達もついて行くが、如何せん何がなんだかわからなくて落ち着かない。
「なあなあ、カズマ」
「何?」
「あの子、宿屋って言ったよな」
「言ったね」
「宿屋っていうと、あれだろ? HPとかMPとか全快するとこ」
「まあ、僕もそのイメージだけど」
「じゃ、そういうことなのか?」
ヤイバの漠然とした言葉を、僕はなんとなく理解した。
改めて町を見回してみる。車もない、電気もないと、なんともそれっぽい場所だ。現実では見た事はないけど、現実じゃない場所でなら――僕達はとても見覚えがある。
「そういうことじゃないのかな」
信じられないけど、そんな気がしてきた。
ここって、現実じゃないのかも。
____
連れて来られた宿屋というものは、恐らく僕とヤイバの想像通りのものだった。簡素な宿屋の看板が掛けられた、見た感じ古い作りの建物だ。
やっぱりそういうことなのか、これって。
少女はと言えば遠慮なく宿屋の扉を開けて入った。僕達も後に続いて中に入ると、思ったよりも明るい店内が僕達を迎えてくれた。壁にいくつかのランプのようなものが掛けられており、それが照明になっているようだ。
「はい、いらっしゃい」
僕達が店内の様相に目を奪われていると、カウンターの奥から宿屋の店主らしきおじさんがやってきた。その服装たるや、わかりやすいRPGのNPCみたいだった。同じ顔をどこか別の町でも見かけるんじゃないかってくらい。
「おや、また抜け出してきたんですか?」
「おじさん、その話は無しにして! 今日はお客様がいるんだから」
「ん、本当だ」
言われた店主は、少女に連れて来られた僕達を吟味するかのように眺める。心なしか不審そうな目をしている気がするが、確かにこの場において不審なのは僕達かもしれない。服装マッチしてないし。
「お嬢さん、この方達はいったい?」
「外の国から来た人達よ。道に迷っていたところを助けてあげたの。これから外のお話を聞かせてもらおうと思って」
「いやまあ、それは良いんすけど」
勝手に話が進む中でヤイバが割り込み、頭を掻きながら苦い顔で言った。
「オレら金ないっす」
「大丈夫! 私が出してあげる!」
ぽんと胸を叩いて、少女がそう提案してくれた。初対面の人に対してやけに好待遇だが、この好意を素直に受け取って良いものか。
「遠慮しないで。おじさん、おねがいね」
「はいはい。それじゃ五名様ですね。今、どの部屋も空いてるんですが、生憎と四人までなんで分けて使ってください。それとお嬢さん、衛兵が来たらいつも通り抜け道を使って結構です」
「うん、ありがとう」
衛兵? 抜け道? なんだか自然と物騒な単語が出てきたが、少女が「さ、早く早く」と促すので問い質せないまま部屋へ案内された。
部屋の内装も思った通りのものだった。四隅にベッドと棚を置き、あとはテーブルが一個と椅子が四個。四人で使えるというだけあって意外にも広いが、かなり質素だ。
「あの、ありがとう。わざわざ」
「ううん、別に構わないわ」
そう言って彼女はフードを取り、人懐っこい笑顔をこちらに向けた。
――僕は目を剥いた。
「き、君……」
「どうしたの?」
僕達は顔を見合わせる。ふと、ヤイバが咳払いをして少女に一歩だけ歩み寄った。
「いえ、失礼。オレの好きな人とあんまりにも似ていたもので」
「あら、典型的な口説き文句ね。でも残念、私には心に決めた人がいるの」
ヤイバ、更に唖然。僕の耳元まで寄ってきて小声で言った。
「ユリはそんなこと言わない」
僕達は再び顔を見合わせた。
そう、あまりにもそっくりなのだ。同一人物でなければ双子か何かかと思うくらい、ユリと同じ顔をしている。本当に別人なのか、この少女は?
「あの、名前を聞いてもいい?」
「クリスティーヌよ。そちらは?」
「えっと、カズマっていいます。こっちはヤイバ。それとヒカル、ハルミ」
「へえ……珍しい名前をしてるのね」
僕達からすればそっちの名前の方が珍しい。クリスティーヌなんてお上品そうな名前、ご近所さんのどこを探したっていないよ。
「お客さん、晩御飯はまだですか?」
困惑しきった僕達は、結局晩飯を食べ終えるまでまともに話すことすらできなかった。
その後は、クリスティーヌさんに「さん付けしなくていいわ」……クリスティーヌに要求された通り、僕達の知っているチャオのことをいろいろと話した。一応、僕達の住む世界の背景はぼかしながら。フィクションに慣れているせいか、こういう時に変な気が回る。
一通りの話を聞いた彼女は、羨ましそうな顔で溜め息を吐いた。
「私、チャオに一度もあったことがないの。大昔に絶滅したって」
やはりこの世界にもチャオはいたらしい。ずいぶん過去のことみたいだが。伝説の上の存在みたいなものなんだろうか。
「ねえねえ、あなた達がいつも会ってるチャオって、お友達なんでしょ?」
「ん……まあ、間違ってはないかな」
「私、そのお友達に会いたいわ! 今どこにいるの?」
その言葉で、僕達は今どんな状況に置かれているのかをようやく再認識した
僕達は未踏の地に放り出されているのだ。何故か危機感を置き去りにしていたが、ここには僕達の知っている人達は他に見当たらない。僕達の持っている規範とはどこか違った世界にいるのだ。時代も、背景も。言葉が通じているのが不思議なくらいだ。
当然、僕達以外の所員だってどこにいるかわからない。ひょっとしたらいないかもしれない。
「……ごめん、わからないんだ」
「え?」
「信じてもらえないかもしれないけど、正直に話すよ。実は僕達、この世界の人間じゃないんだ」
僕はかいつまんで話した。本当はもっとこの国とは違った未来的な世界に生きていること。気がついたら森で目が覚めたこと。どうやってここに来たのかもわからないこと。彼女は笑いもせずに真剣に聞いてくれた。
「……じゃあ、どうやって帰ればいいのかも、お友達がいるのかもわからないの?」
改めてその現実を突きつけられ、ヒカルとハルミは俯き、ヤイバは頭を掻いた。案外労せずに帰れちゃうんじゃないかなとか、軽率な考えだったな。
「大丈夫、任せて!」
僕達の悩みを一蹴するように、彼女はベッドから降りて胸を張った。
「私がみんなの友達を捜すの手伝ってあげる!」
「えっ」
突然の申し出に、僕達はまた顔を見合わせる。この少女、どれだけお人好しなんだ。
「良いの? だって、そもそもこの世界にいるのかどうかもわかんないんだよ?」
「そんなの捜してみないとわからないわ。それに私だってそのお友達に会ってみたいもの」
「まあそうだけどさ」
「じゃあ決まり! 明日の朝一番に捜しましょ。今日はもう寝なくちゃ」
こっちの答えなど待たず、とんとん拍子で話が決まってしまった。なんて活発なんだ。それになまじユリそっくりだからとんでもない違和感を覚える。自分の見知った顔が自分の知らない振る舞いをしているのを見るのは凄く混乱する。
でも、その好意はとてもありがたい。申し出を断る理由は無く、僕達は揃って頷いた。
「よし、それじゃ話は早いなクリスティーヌさん一緒に寝ま」
「じゃあカズマおやすみ、寝坊しちゃダメよ」
「うんわかった。ヤイバ行こうか」
「ばっ、放せカズマ! オマエだって幼馴染や妹と一緒に寝たいだろそうだと言ってみろ!」
ヤイバの爆弾発言のせいで、何故か僕までヒカルに部屋から蹴り出されてしまった。