No.1

 ――これはなんの冗談かな。
 目前に広がる木々と妖しい月を見上げて、僕は真っ先にそう思った。

 眠気の残る頭を回転させて、状況把握に努める。
 確か昨日はヤイバとオンラインゲームで何某かの雌雄を決した後に寝たはずだ。どっちが勝ったかとか、何をしていたとか、よく覚えてないけど。
 少なくとも城が城を持ち上げて上空に消え去ったりはしてないし、そこでダメージの通らないボスとも戦ってないし、落とされてないし、雑魚キャラ一家の妹が起こしにきてもいないし、というかそもそもペラペラじゃないし夜だし。

 ……ふむ。

「もっかい寝るか」
「寝るなっ!」
 朝早くに起こしにくるオカン並の一撃が僕の頭に炸裂した。
「なんだヒカルいたんだおやすみ」
「だから寝るなって言ってんでしょ、起きろ!」
 胸倉を掴まれて無理矢理起こされてしまった。
「寝るなも何も立派に夜中じゃん。子供は寝る時間だよ」
「常日頃夜更かししてるアンタの台詞じゃないわね」「僕だって人並みの時間に寝るさ」「今は人並みの状況じゃないの!」
 ふむ、ボケどころはここまでかな。
 改めて周囲を見回しても、やはり暗い森の中としか言いようのない場所だった。迷いの森かどうかは知らないけど、抜けられそうな気は――いや?

「ただいまー」
 ちょうどいいタイミングで、暗がりの中からヤイバとハルミも現れた。他の面々は見当たらないが、この森に迷い込んでしまったのは僕達四人だけだろうか。
「おー、起きたか」
「うん。で、何か見つけた?」
「少なくとも雑魚キャラ一家の住む家も、変に出番の多いガキ大将もいなかったな。ついで言うとFP回復の栗が生ってる木も無かった」
「……お願いだから、あたしにもわかりやすい言葉で話して」
「なにもありませんでした、まる」
 らしい。
「ふうん……ハルミ、どう思う?」
「どうって、何がですか?」
「この森について」
 僕の漠然とした質問に、聞き手の二人こそは首を傾げたがハルミはさも当然のように答えた。
「多分、頻繁に人が出入りしてる森です。抜けるのには苦労しないと思いますよ」
「え、なんでわかるんだよそんなこと」
「地面が踏みならされていて、草がほとんど生い茂ってないんです。未踏の森ならもっと歩き難いはずかなって」
 どうやら僕と同じ意見のようだ。危険な生き物に出くわす確率も低そうだし、大した問題はなさそうだ。
「とりあえず、この森を抜けようか。風邪ひきたくないし」
「ちょ、ちょっと。どうしてこんな所にいるとか、そういう事は気にならないの?」
「後で気にする」
 単純な答えを返しておいて、僕は特に方角も定めずにふらっと歩き出した。ヤイバやハルミも何も言わずに、ヒカルは呆気に取られながらも慌てて後を追いかけてきた。


____


 それにしても、ここはどういう場所なんだろうか? 歩けそうな道を選んで歩きながら、僕は何気なく思考を巡らせていた。
 何がどうしてどこをどうやってここまで来たかはわからないが、少なくとも僕達の住むステーションスクエアの近くにある森なんてミスティックルーイン辺りのものだ。だが、その森へ足を踏み入れた事がある身としては、ここは同じ森には見えない。
 そうすると、僕達が眠っている間に誰かに運ばれて放置されたという素っ頓狂ながらも一番現実味のある可能性は完全に薄いと思っていい。では僕達はどうやってこの森にやってきたのか?
 ……なんてことは、実はそれほど気にしてはいない。

「ねえ、本当にこっちで合ってるの?」
 僕の後ろにくっついて歩いていたヒカルが弱音めいた言葉を吐いた。
 確かに、森の外を目指して歩き始めてからもう何十分か経っている。それでも森の景色は一向に変わっていない。
「目印もないから、単純に歩けそうな道を選んでるだけですけど。一応ちゃんと出られるはずです」
「あれじゃね。なんか良からぬ者に誘われてるとか」
「や、ヤイバ! 不吉な事言うの禁止!」
 なんだかんだで、みんなそれほど危機感を感じているわけではないらしい。
 それというのも、今置かれている現状に現実味が無いせいだろう。目が覚めたらいきなり森の中だ。こうやって彷徨っているうちに森の妖精に出会うか凶暴な森の妖精に出会うか、なんて脈絡もない事を思ってしまう。
 平たく言うと、夢っぽい場所にやってきている気がする。何か一波乱乗り越えてしまえば、後は労せず帰れるんじゃないかな――みたいな。
 ま、それこそ現実味の無い事なんだけど。
「しっ」
 突然、先頭を歩いていたハルミが動きを止めて姿勢を低くした。僕達も驚いて足を止める。
「ハルミ、どうしたの?」
「何かいます。向こうで草が少しだけ揺れて……」
「う、うそ」
 お化けの類か何かだと思っているのか、ヒカルは僕の腕にしがみ付いている。
「大丈夫、きっと人だよ。行って確かめてみよう」
「うう……」
 足が石のようになっているヒカルを引きずって、何かがいる方へと進んでみる。
 月明かりしか頼りにならないが、なんとか何かの影のようなものを捉えることができた。草の生い茂っているところを避けて通っているところを見ると野生動物でない事は確かだ。僕達と同じ人間だろう。

 ――ふと、人影は足を止めた。

「げげんちょ」
 ヤイバのその間抜けな声が合図かは知らないが、全員ピタリと足を止めた。ひょっとして気付かれたかな。
「誰かいるの?」
 聞こえてきたのは、どこかやんわりとした女の子の声だった。
「どうするよ?」
「……行こうか」
 こちらから姿を現す事に。
 暗くて捉え辛い人影に近付き、なんとか月明かりで服装くらいはわかるところまで近付いた。フードでも被っているのか顔は見えない。
「オレ達、怪しいもんじゃないですよ。この辺に初めて来た者なんすけど、道に迷ってこんなところまで来ちゃって」
 ヤイバが話している傍らで、僕は目の前の少女らしき人の服装が気になっていた。これは……ローブか何かか?
「初めて……? もしかして、外の国から来た人かしら?」
「外の国?」
 ――なんだかきな臭くなってきた。ヤイバが「どうする?」と言った顔で同意を求めてきたので、僕は「そのまま続けていい」と頷いた。
「ええ、そうです」
「そう……ねえ、聞いていいかしら」
 なんだか喜ばれている。どうも話の流れが読めなくなってきた。
「チャオという生き物のこと、知ってる?」
 僕達は顔を見合わせた。知ってるっちゃあ知ってる。毎日顔を合わせてるんだし。
「まあ、知ってますけど」
「本当? 凄いわ! ねえ、少しお話を聞かせてくれないかしら?」
 凄いって、何がだろう。イマイチ話が飲み込めないが、どうせアテもないことだし。
「じゃ、どっか話せる場所にお願いします」
「あら、そうだったわね。それじゃあついてきて」
 そういって森をずんずんと歩いていく彼女を、僕らは幾分の戸惑いを覚えつつも追いかけた。

このページについて
掲載日
2011年12月23日
ページ番号
11 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日