No.7
状況はとにかく悪い。
あれから何十分経っただろうか、俺達は未だにバケモノを仕留め損ねていた。向こうさんには疲労ってもんがないのか、ただひたすら駄々っ子のように振り回す腕を止めない。俺達はその腕の届かぬ場所で身を隠すことしかできないでいた。
なんてったって奴さん、ダメージを受けてる様子がない。いつまで経ってもこっちが優勢にならない。当たり前か、あのバケモノが正しくあの森だっていうなら、あいつは不死身ってことになる。いくらやったって俺達が勝てる見込みなんか無い。
「ゼロ、どうするの?」
「知るかよっ」
疲労と苛立ちばかりが募る。
「諦めるな、何か弱点があるはずだ」
「どこにだよっ?」
「それを見つけなきゃいけないんだろう」
「じゃあお前が行けよ、俺ぁもう疲れたからさ」
「ああ、わかった」
そう言って団長殿、本当にバケモノまで突っ込んで行きやがった。
「お、おい待て!」
ただの冗談のつもりだった俺は当然慌てて止めようと思ったが、団長は躊躇いなく全力で突っ走っていく。どこまで優等生なんだよあいつ、普通真に受けるかそんなの?
「団長っ!」
俺もその後を追いかけたが、突然バケモノがさっきまでよりも一際大きな咆哮をしてきて思わず怯んでしまう。なんだと思って見上げてみると、何やらバケモノが空を仰いで吼えている――いや、苦しんでる? 不思議そうにそいつを見ていると、そいつが音を立てて前のめりになろうとしているのがわかった。
「バカっ、危ねえぞ!」
俺が叫んだ頃には既に遅かった。バケモノは団長のすぐ近くの建物に倒れ込み、団長は四散する瓦礫に巻き込まれてしまった。
「くそっ」
全速力で団長の元へ向かった。団長は崩れた瓦礫の中に埋もれているわけでもなかったが、情けないことに頭を打ったらしい。血を流している。
そこへ更に厄介事が重なった。倒れたと思ったバケモノが俺達の姿を見つけるや否や、その大きな二の腕を使って地を這い始めたのだ。
「っざっけんな!」
巨体に見合わぬ猛突進を避ける為に、俺は団長を担いでとにかく追い風を強くした。バケモノは建物という建物をとにかく壊しまくる。
下半身のないままのそいつは、とにかく二の腕で動き回り俺達を捉え続けていた。さっきまで地面に埋まったままだと思ったら急にこれだ。いったい何があったんだ。余計厄介になりやがって。
「ゼロっ、どうしよう!」
「知るかっつってんだよ! おい団長いつまでもへばってんじゃねえ!」
「あ……すま、な」
「うっせえ黙ってろ死ぬぞ!」
さっきお姫様に対してここは任せろとかどうとか言ってたのはなんだったんだとぶっ叩いてやりたいくらいだった。このままほっとけば団長は間違いなく死ぬ。どっか安全な場所まで運んでやりたいところだが、あの巨体がロードローラーよろしく動き回っているこの状況でどこか安全な場所を探すほうが難しい。状況は最悪だ。こうなりゃあいつを黙らせるしかない。
だが、どうやって? さっきからパウがしこたま燃やしてるが、全然死ぬ気配がない。どうして死なないんだ? あいつの手品の種はいったいなんだ?
「介錯はしねえからな!」
団長を地面に寝かせ、半ばヤケにバケモノへ突っ込んだ。バケモノは俺の姿を認め、それに答えるように咆哮して突っ込んできた。後ろには団長だ。
「リム! 押し流せ!」
俺が風に乗って飛び上がるのを確認してから、リムは建物の被害を抑えた指向性の津波を流すという器用な技を披露した。見た目以上の力にバケモノの進行が止まる。俺は建物を伝って数秒で距離を詰め、堂々とバケモノの背中に飛び移った。土や草で構成されたバケモノの上は足場の悪い地面みたいなものだった。
振り落とされないようにしがみ付きながら、俺はこいつの体の内から無遠慮の突風を吹かせた。弱点探しの為だ。こいつに死なない秘密があるっていうんなら、現状それはこいつの中にあるだろう。コアでもなんでも出てきやがれと、俺はとにかくこいつの体を風で掘り起こしまくった。
途端に足場がぐらつく。バケモノが寝返りを打つのだとわかって、俺は全速力で転がる方向と逆に駆け抜けた。仰向けになったそいつは、腹に止まった虫でも潰すように手で俺を狙う。それらをとにかくかわしながら、俺は人間で言うところの心臓を風で穿つ。何かあるとすりゃ基本そこだ。というかあってくれ。
もはや意地でバケモノの体にへばりついて、とにかく人の心臓の位置を睨み続けた。とにかく掘りまくって、避けまくって、掘りまくった。そうして、何かが見えた。最初は土で汚れていて見えなかったが、肌色をしている何かだった。
――腕?
信じ難いが、人の腕に見えた。バケモノの振り下ろす手を避けながら駆け寄ると、間違いなく誰かの腕だった。誰かが埋まってる。俺はそいつを掘り返そうとして風を起こすが、とうとうバケモノに隙を突かれて振り払われてしまった。
「がッ」
宙に投げ出された俺は、それでも奴の心臓部を睨んだ。
そいつの正体がわかったとき、俺は目を見開いた。頭の中を覆っていたものがパチンと弾ける。
全ての謎が解けた。
いや解けたなんてもんじゃない。“そいつ”という存在によって打ち砕かれた。地に打ち付けられた痛み以上の衝撃が、俺の中を駆け巡る。
「ゼロさんっ!」
駆け寄ってきたリムに起こされて、ようやく痛みを認識して顔をしかめた。こんなにボロボロになったのはいつ以来だ?
だが、表情だけはへこたれちゃいないのが自分でもわかった。
「ようやくわかった」
「え?」
「どうりで死なねえわけだよ、ふざけやがって」
あれだけ暴れまわってるっていうのにまだ元気に吼えるバケモノの姿を見て、我ながら不敵な笑みのまま悪態をついていた。
と、そのとき奴がまた地を這った。俺達がいるのとは別の方向へ。
「やべっ」
とんでもない方へ向かいやがった。あいつの向かう先は元の森だった場所。その近くにはパウが。
「リム!」
「だめです、間に合いません!」
駆け出した。頭でも間に合わないとわかるくらいバケモノとパウの距離が縮んでいる。逃げ場を失ったパウが足を竦ませている。
「うあっ」
がむしゃらに風を吹かそうと考えた時、情けないことにけっつまづいて転んでしまった。
ダメだ。
地響きの音が残酷に刻まれる。バケモノはパウの体を吹っ飛ばすだろう。悔しさで歯を食いしばった俺は――ふと、途切れた地響きの音に気づいて顔をあげた。
「はやくっ!」
団長だ。剣をバケモノの顔面に突き刺した団長が、痛みに怯んだバケモノを押し止めている。
「今のうちに、どうにか……」
剣を突き刺されたバケモノは、上半身を僅かに浮かせた状態で動きを止めている。今がチャンスだ。
俺は突っ走った。バケモノの体の下へと潜り込み、再び埋まり始めていた胸をもう一度抉る。出てきた腕を、俺は無我夢中で引っ張った。
「おいっ!」
俺はそいつに向けて苛立ちをぶつけた。
「さんざ面倒な事態引き起こしやがって! 何がなんだか知らねえけどよ、これ全部お前のせいだってんならタダじゃすまねえぞ!」
力強く踏ん張った。
力強く引っ張った。
俺は、力強く叫んだ。
「起きろよっ、ユリ!!」