No.6

 城の外に出ると、団長殿とお姫様の姿があった。姫の肩を掴んで何やらお説教でもしているみたいだ。
「あ……」
 俺達の姿を見つけた姫が声をあげる。その腕の中には未だコドモチャオを抱いたままでいる。ずっと塞ぎ込んでいるようで、されるがままの人形みたいだ。
「ちょうど良かった、君達も言ってやってくれ。外に行くのは危ないと」
「外?」
 姫は決意を固め、断固譲る気はないという表情をしている。これに何をどう説得しろと言うんだか。
「外って、なんか用があるのか?」
「お友達を助けたいの」
「友達っていうと、お前のか?」
「ううん。あなたたちの」
 どういう意味だ。振り返って子供連中の姿を見ると、ヒカルとハルミが姫と同じような思い詰めた表情をしていた。ヤイバが苦い顔で頭を掻く。
「実はそのぉ、カズマが町の外の森でドロップアウトしまして」
「ああ……」
 なんか物足りないと思ったら、あいつがいなかったのか。都合よく来てなかったものと思ってたが違ったらしい。
「なんで置いてったんだよ?」
「えーなんと言いますか、一丁前に死亡フラグ建てやがったもんだから、ねえ?」
「もっとわかりやすく言え」
「高台から足踏み外してバケモノに取り囲まれたあいつに行けって言われました」
「ちょっとそれっ」
 フタを開けたら大惨事だった。パウとリムが二人慌てて先走ろうとするのを、腕を掴んで止める。まだ話が終わってない。
「なんでお前が付き合う必要があるんだ」
「だって、彼があんな目にあったのも、元はと言えば私のせいだもの」「よしわかった」「おい何を言ってるんだ!」
 外出を軽く認めた俺の言葉に、団長が泡を食う。
「危ないからダメだと言って」
「筋通すっつってる良い子を止めるのは人間的に危ないけどな」
「そ、それとこれとは話が」
「なによ、ミレイのばか!」「堅物!」「朴念仁!」「弱虫!」「臆病者!」「団長ビビってる! ヘイヘイヘイ」「むぐぐ」
 息の合った総スカンをくらって、団長の顔がグラデーションのように気難しくなっていく。どうでもいいがお前らなんだかんだ余裕あるじゃねえか。カズマがかわいそうになるくらいだ。
「そんなに心配だっていうんなら一緒についてってやりゃいいじゃねえかよ。別に一人で行かせろって言ってるんじゃねえんだ」
「しかし、それで王様が納得するわけが」
 ああ、だめだこりゃ。こいつは根っからの優等生らしい。いけないことは絶対にやっちゃいけないと思ってる。ルールを守るその姿勢は確かに上司には気に入られるだろうが、同僚や仲間からはあまり良い目で見られないタイプだ。
「情けねえな。お姫様の為に泥を被る度胸もねえのか」
「むっ……」
 この言葉がどうやら効いたらしい。改めて姫の顔を見つめ、諦めの溜め息と吐いてから覚悟を決めた顔で言った。
「……今回だけですよ」
「やったあ、ミレイ大好き!」「いよっ、男前!」「惚れるぅ!」「かっこいい!」「素敵!」「爆ぜろ!」こいつらは何がしたいんだ。


 そういうわけで、渋い顔の団長を先頭に置いて楽しげな遠足が始まった。というとカズマに対して不謹慎かもしれないが、なぜかこいつら雨に降られてるというのに真剣さが足りてないので他の表現では形容し難い。団長に同情するというわけではないが、この有り様に俺も溜め息を吐かざるを得なかった。
「そういえばゼロ、眼鏡はどうしたの?」
 俺のちょっとした異変に気付いたパウが隣に寄ってくる。
「ああ、なんか知らんが寝てる間に壊れてた」
「壊れてたって?」
「なんか誰かに踏まれたみたいなんだよなあ」
「そういや先輩、眼鏡ないっすね。前見えるんすか?」
 軽く頷く。別に目が悪いから眼鏡を掛けているわけではない。
「じゃあなんで眼鏡掛けてるんすか」
「それはね、あの眼鏡はボクが昔お遊びで作ったウェアラブルコンピュータだからだよ」
「うぇあらぶる……って、体に装着するパソコン? え、あれが?」
「そうだよ。まあ電波の確保に問題があるから試作機止まりなんだけど」
 懐かしいもんだ。昔はパウにいろんな発明品の実験台――もとい試用を任されてた。なんで俺なんだっていう。
 そんな他愛もない話をしている中、ハルミが件の森の近くを通りかかって足を止めた。
「どうした?」
 森をじっと見つめるハルミに声をかける。他の連中も突然足を止めたハルミが気になって振り返った。
「気になってたんですけど、この森ってなんなんですか?」
「というと?」
「ほら、こういう森って普通、木を切り倒して何か建てておくじゃないですか」
 俺と全く同じ疑問を呈してくるもんだから、俺と団長はほうと感嘆した。そして団長は、俺達にしたのと同じ説明をもう一度した。子供連中三人はその話を聞いて顔を見合わせる。
「ひょっとして、この森がバケモノの発生源じゃないんすか?」
 ヤイバの口にした当然の疑問に、俺達は肩を竦めた。
「ボクがこの森を燃やしてもバケモノたちは出てこなかったんだ。せっかくのご馳走が目の前にあるのを含めて、出てくる理由は十分あったはずなのにね」
「なにっ、あの森を燃やしたのか? なんてことを」
 今さら気付いたのかよ。
 話を聞いたハルミは、ただ立ったまま森を見据える。ふと、その視線が足元や木々を行ったり来たりし始めた。
「どうかしたの?」
 ヒカルの声には何も返さず、ハルミは手近な木に寄り添って耳を当てた。小さな少女の奇怪な行動に、俺達はただ首を傾げるばかり。やがてハルミはその場でうつぶせになり、地に耳を当てた。
「ハルミちゃん、汚れちゃうよー」
 雨に濡れていて今さらな言葉をパウが投げた。ふとヤイバがその場に屈み込んだのを、ヒカルが目聡く蹴りを入れる。こんな時にも調子の変わらないことで。ハルミはと言えばそんなやり取りも意に介さず、顔をしかめたまま動こうとしない。試しに俺も近くに寄って同じように地面に耳を当ててみた。

 …………

「……おい、なんだこれ」
 説明を求めたが、ハルミは何も言わなかった。
「ゼロさん、何か聞こえたんですか?」
 気になって駆け寄ってきたリムに、俺は横になったまま頷きを返した。
「なんか動いてやがる」
「なんかって?」
「わかんねえけど、草っぽいんだ。根っこか?」
「本当にっ?」
 半ば好奇心で地に耳を当てようとした姫を、団長は慌てて止めた。……と、その時までずっとリアクションを見せなかったコドモチャオが、微かに震えているのに気づいた。
「ここを通りかかった時、その子の様子が変わったような気がして」
 ハルミがぼそっと言った。姫はどうやらそれに気づいていなかったらしく口を開けている。こんなちっこい女子供が、ただ一人これに気づいたっていうのか。
「それと、さっき鉄の軋む音みたいなのも聞こえたんです」
「なんじゃそりゃ?」
 ハルミの言葉に、俺は地面から顔をあげた。
「よくわかんないんですけど……あと、トンネルを歩く時に響くも」
「トンネルってどういうことだ?」
 ちらと視線を投げると、団長は首を横に振った。知らないようだ。その横で姫があっと声をあげた。
「それってもしかして――」

 突如の轟音が、姫の言葉を遮った。
「離れて!」
 ハルミの声に弾かれたように、全員森から遠ざかる。
 とんでもないものを見た。森の地が、殻を破るかのように亀裂が走る。生えていた木は盛り上がる土に埋もれ、生える山が、やがて形を成していく。
 巨人、だ。
 そいつは人の上半身に似た姿に変異し、天高く咆えた。その咆哮は風となって俺達に、そして町に容赦なく雨を吹きつけた。
「――な」
 その呻きが誰の声かはわからなかった。だが、思うところは皆同じだ。
 なんだ、あいつは。
「リム!」
 バケモノが手を振り上げたのを見て、俺は咄嗟に叫んだ。リムが瞬時に水の壁を俺達の頭上に作り出し、バケモノが振り下ろした拳の勢いを殺す。その隙に俺達はバケモノから距離を取った。
 そいつの全貌が見える。土や草木で出来た巨人の上半身、というのが一番適切な表現だ。どうやらそいつはその場から動けないらしく、手の届かない範囲にまで逃げた俺達を見るなり駄々っ子のように地面を叩く。その振動がとにかくバカにならない。周囲の建物が瓦解していくような嫌な音が聞こえる。このまま逃げの一手を取るわけにもいかない。
「おいお前ら! 早くここから離れろ! カズマを探して安全な場所まで逃げるんだ!」
「あなたたちはどうするのっ?」
「言うまでもねえな」
「そんなのダメよ! みんなやられちゃうわ!」
「いいから行けッ!」
「ラジャっす、先輩っ」
 俺が怒鳴ってすぐさま応と言ったのは、敬礼までしたヤイバくらいのものだった。ヒカルとハルミも流されるように頷く。
「クリスティーヌ、早く行きましょう」
「どうして!? ねえ、ミレイ!」
「……行ってください」
「ミレイっ!」
 泣きそうなほど張り詰めた顔をしたお姫様に、団長殿はこの状況をわかってないんじゃねえかってくらい優しい笑顔で言った。
「あなたには、守らなくてはいけない子がいるじゃないですか」
 そういって団長は、彼女の胸に抱かれたチャオを撫でた。恐怖で塗り固められたチャオの表情は剥がれない。それでも団長は笑顔のままだった。
「……ミレイは?」
「僕は騎士です。敵を前にして逃げることはできない」
「そんなこと言ってっ、死んじゃったらどうにもなんないのに!」
「安心してください。必ず帰ってきます」
「死体になってっ?」
「生きて帰ってきます。約束しますよ」
 団長は暢気なことに小指を出した。姫も今に涙を流しそうな――いや、もう涙の溜まった目尻を擦って小指を結んだ。
「さっ、早く」
 子供達は走り去った。その後ろ姿を見続ける団長に、俺は意地の悪い言葉を投げつける。
「なんだったら、お前も一緒に行けばよかったじゃないか?」
「さっきも言っただろう? 僕は騎士だ」
「騎士道精神ね。俺達は一応口は堅い。お姫様さえ内緒にしてくれりゃ、お前が逃げたなんてバレないぜ?」
「自分自身までは騙せないのさ。それが騎士道なんだ」
「騙してるじゃねえか」
 俺が一言そういうと、団長はこちらに振り返って目を丸くした。
「勝算なんかない。死なない保証なんてない。本当は怖い。そうは思ってないか?」
「やってみればわからないじゃないか」
「そんな剣一本でか」
「ああ。確かに勝てないかもしれない。だが、怖がるわけにはいかない」
「やっぱ騙してるじゃねえか」
 おかしい奴だなと笑うと、団長もまた困ったように笑った。
「そうだな。確かに僕は自分を騙しているみたいだ。騎士というのは皆、嘘吐きなのかもしれない」
「当たり前だろ。武士道だとか騎士道だとか、そんなの自分を騙し切る為のもんだ。普通の奴は自分を騙さないと良いヤツにも強いヤツにもなれない」
「君もそうなのか?」
「多分な。自分に嘘吐いてんのか吐いてないのか、自分じゃわかんねえけど」
「そうか……」
「ゼロ!」
 パウの声が飛んでくる。振り返ると、上半身巨人が地に手をつき、俺達のことをじっと見つめている。どうやら律儀に待っていてくれたようだ。
「どうやらこいつも“嘘吐き”らしいぜ」
「こんなバケモノでなければ、同志にでもなれたかもな」
 団長が剣を抜いた。俺達は見下ろしてくるバケモノを見つめ返すように見上げる。
「約束、破ってやるんじゃねえぞ!」
「努力するさ」
 開戦の合図のように、バケモノが高らかに吼えた。

このページについて
掲載日
2011年12月23日
ページ番号
8 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日