No.5

 帽子のつばを叩く音で目を覚ました。
 気付けば夕焼けの空は暗い雨雲の色に取って代わられていた。周りにはパウもリムもいない。俺を置いてどこかに行ってしまったらしい。
「……あれ」
 すぐ近くに置いといたはずの眼鏡を手探りで探すが見つからない。おかしいなと思って目線をそちらに向けると、なぜか眼鏡は俺が置いた場所から二、三歩ほど歩いたかのように離れていた。しかもどういうことか割れてる。
「何ゆえ?」
 手に取って見てみると、どうも誰かに踏まれたようで見事にひしゃげている。誰がやったんだろうか。
「ゼロ!」
 ふと、団長の声が聞こえてきた。キリッとした優等生面をぶらさげてこっちに駆け寄ってくる。いつの間にか呼び捨てされてるのはどういうことだろうな。
「どうかしたのか?」
 何か用件があってきたのだろう。俺の問いに団長は口早に説明した。
「敵襲だ。城門で奴らが暴れているんだ。僕も今から向かう」
「城門……外からってことか?」
 なんだ。やっぱり俺達のアテは外れか。俺が寝てる間も襲われなかったみたいだし、これは別のところから湧いて出たバケモノどもの侵攻だろう。どこか納得は行かないが……
「付き合えってんだろ?」
「頼めるか」
「まあな。どうせやることなんてねえし」
「感謝する」
 駆け出した団長を、俺は重い足取りで追いかけた。意識がまだ、あの森の中にある。


 町を守る城壁、その門に近付くにつれ、喧しい怒声が聞こえてくる。
「団長!」
 衛兵の一人が団長に気付き、駆け寄ってきた。肩で息をしていてヒーコラ言ってやがる。状況は芳しくないようだ。
「後は任せろ」
 それだけ言って、団長は城壁の階段を駆け上がる。俺も後を追い、外の光景を目の当たりにする。戦争、という二文字がチラと浮かぶ。
「なんて数だ……」
 外に群がる草木のバケモノの群れに団長は戦慄を覚えているようだ。だが、目に映ったその群れが突然燃え上がる。パウだ。あいつ、町の防衛に参加してたのか。それでも捌ききれなかったか、バケモノの何匹かが防壁の門に強行する。それを突如湧いて出た背の低い洪水で押し戻すリム。二人とも俺の寝てる間に好き勝手暴れてやがる。
 だが、もっと信じられないものを見つけた。見覚えのある子供達が刃物握って戦ってるのを。
「あいつら……なんで」
 間違いない。ウチで抱えてる奴らだ。目を引くのが女性連中だった。ヒカルがやけに慣れたように日本刀のような剣でバケモノたちを切り捨て、ハルミなんかナイフ一本で忍者かってくらい動き回って敵を潰してる。
「どっせーい!」あとヤイバ。
 ――と、ローブみたいな見慣れない服装をしていて気付かなかったが、ユリもいた。なぜか肩にコドモチャオをしがみつかせて、慣れた様子で剣を振っている。他の奴らにしてもそうだが、剣なんか扱えたのか。
「姫っ!」
 ひめ?
 突然叫んだかと思いきや、団長はいきなり防壁から外へ飛び降りた。俺も慌てて後を追う。姫とか言ったが、しかしそれらしい人物は見当たらない。だが団長はどういうわけかユリの元へ走っていく。
「姫、こんなところで何をっ」
「は?」
 目と耳と団長殿を疑った。こいつ何抜かしてんだ? どうしてユリがお姫様なんだ?
「ミレイ?」
 んでもってなんでユリも普通に受け答えしてんだ。しかも名前を知ってる?
「どうして姫が戦っているのですか! それにその背中の」
「話は後よ。ミレイ、早く剣を抜きなさい。バケモノたちを倒さないと」
「いけません! 姫の身に何かあっては」
「そんな場合じゃないのよ! お願いミレイ、今は聞き分けて」
 なんで会話が成立してるのか甚だ疑問だが、とにかく団長も剣を抜いて交戦を始めた。意味がわかんねえ。
「おい、どういうことだ」
 堪えかねて俺はユリに詰め寄った。
「あなたもみんなのお友達?」
「ああ?」みんなってなんだ。ウチで抱えてる奴らのことか?
「ごめんなさい、説明は後。今は奴らを」
 飛び掛かってきた敵をこれでもかってくらいの強風で吹き飛ばした。
「いいから答えろ」
 ユリ――らしきそいつは構えは解かなかったが、こちらを見ずに口を開いた。
「私は、あなたの友達のユリって人じゃないわ。この世界の人間よ」
 なんだこいつ。俺達が異世界の奴だって事情も知ってるのか?
「姫、なのか?」
「ええ。私はクリスティーヌ。アンリ国王の娘よ。……これでいいのかしら?」
 冗談だと思った。チャオでもなし、そう都合よく瓜二つの人間が異世界で姫なんかやってるかよ。だが、ああも自然に団長と会話してるのを見ちまったら頭ごなしに否定できない。
「……そいつは?」
 肩に留まったコドモチャオが俺をじっと見つめてくる。生まれたばかりの子のように見えるが……。
「森で独りぼっちになっていたの。そこにあいつらが現れて」
「そいつを狙ってるのか?」
「わからないわ。でも、守らなくちゃ」
 そういうこいつがどうしてもあいつと被って見えて、俺はやっぱり姫だというこいつのことが信じられなくなる。
「……もし奴らの狙いがそいつだったらどうする? お前は姫って立ち位置のくせに国一つを危険に晒してるんだ」
「構わないわ。私、姫なんて柄じゃないし。この子の方が大事よ」
「会ったばっかなんだろ? なんでそんな肩入れするんだ」
「独りぼっちだったからよ!」
 俺の方を振り向いて怒鳴る。このお人好しっぷりは、あいつと同じだ。めまいがするくらいに。
「――危ないぞ。下がってろ」
「何を言ってるの、私だって」
「俺に殺されたいのか、って言ってるんだ。いいからこの場の全員城壁まで下がらせるんだ」
 多少語気を強くして言ってやると、姫は剣を降ろした。聞き分けのいい娘で助かる。
「ミレイ! 一旦みんなを壁まで下がらせて!」
「総員下がれっ!」
「パウ! リム!」
 呼ぶ頃には、俺は既に風を吹かせていた。面倒なことは考えない。ここから先にいる奴らを全員吹き飛ばしてやろうってくらいの強風を吹かせる。
 それを察して、パウも手をかざして目を閉じた。心なしかパウの周りに熱気を感じる。
「ゼロ、どこまで?」
「気にするな。ドデカい壁を作ってやれ」
「また火消し役ですか」
 そして、開眼する。甕覗(かめのぞき)色の雨が炎に溶け、炎は際限なく広がり巨大な壁となる。後は簡単な話だ。比喩ではなく体が浮いてしまうほどの風で、炎の壁まで案内してやるだけ。数え切れないほどのバケモノたちを、一匹残らず焼却処理する。一分もせずに残らず燃えきった。残った炎に、度肝を抜かすような大波が覆い被さる。雨如きでは消えなかった炎は簡単に消え去り、波は南の海へと帰っていった。
 戦場が、嘘のように静かになった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 今宵、城に奇妙な集団が来訪した。
 騎士団の団長に率いられ、武器を携えた一国の姫と見慣れぬ子供達。そして不思議な小動物。
「おい、なんだあれ」「あんな服の子供いたか」「あれ見て、今朝の騒ぎの」「団長と一緒に歩いてるぞ」
 城に避難してきた住民達のざわめきがよく聞こえる。それらを全て聞き流し、不必要に段数の多い階段を登り、最上階の一際大きな観音開きの扉の前まできた。
「団長」
 扉の前の衛兵二人が、俺達の姿をチラと見て怪訝そうな顔をする。
「大丈夫だ。通してくれ」
 衛兵は会釈し、大きな音を立てて扉を開いた。中には二列に分かれた兵達が並び、その奥の立派な椅子に風格を感じる老人が一人座っていた。
 横からの兵の視線を感じながら俺達は部屋に立ち入る。
「ただいま戻りました」
 肩膝をついて頭を下げる団長。どうしたものかと顔を見合わせる俺達を認め、老人が口を開く。
「その者達は?」
 静かな威厳を声に感じ、ほうと溜め息が出る。こりゃ国王と言って誰もが納得する人物だ。
「この町の防衛に協力してくれた者です」
「そのチャオもか?」
 はっとして、国王の顔を見た。国王は渋い顔付きでこちらを見ている。
「……は。この度の襲撃を乗り切ったのは彼らの功績です」
 一瞬なんのことかと言葉を詰まらせた団長。周りの衛兵も僅かに「んっ?」という顔をしていた。どうやらこの辺でチャオという存在を知っているのは国王や姫くらいのものらしい。
 団長の報告を聞き、国王はやや複雑そうな表情でこちらに向き直った。
「客人よ、此度の事は感謝する。わしはアンリ。この国の王を勤めている」
「あれか。どうのつるぎと50ゴールドでお馴染みの」
 ヤイバのしょうもない言葉がぼそっと聞こえる。なんの話かわからんが、とりあえず一国の王にしちゃさもしいラインナップだなと思った。まさかそんな薄情な国王ではあるまい。
 ――そう思っていた。
「だが、無礼であるのは承知で言おう。どうかこの国から立ち去ってくれぬか」
「は?」
 誰かの声が裏返った。
「王様?」
「お父様っ!」
 他の面々も予想しなかったその言葉に、団長が目を丸くし、姫が食ってかかった。場がにわかにざわつく。そんな中で、言われた当人である俺達は不思議と冷静でいられた。予めアウェーであることをわかっていたからかもしれない。肩を怒らせて親に詰め寄る娘を、別にいいよと止めてやろうとも思った。
「どうしてそんな酷いこと言うの! みんなこの町を守るために戦ってくれたのよ!」
「それは重々承知しておる」
「だったらっ」
「そのコドモは生まれたばかりの子か?」
 ふと、王は話の的をずらした。ぱっと見でわかるあたり、チャオにはなかなか詳しいようだ。
「……うん」
「どこで拾ってきた」
「森よ。……外の」
 勝手に外まで出た事実を言い難そうに捻り出す。
「他にチャオはいなかったな?」
「うん。どうして?」
 王は、何かを諦めたような顔で息を吐いた。やっぱりとか、そうだよなとか、そういう聞きたくなかったみたいな顔で。
「……クリスティーヌ、よく聞くのだ。今回のバケモノ騒ぎを引き起こしたのは、その者達なのだ」
「ちょ、ちょっと待って」
 脈絡がないとすら思える王の言葉に堪えかねたヒカルが声をあげた。
「あたしたちが、あのバケモノの仲間だって言いたいんですか」
「そうとは言っていない」
「じゃあっ……」
 ヒカルが語気を失う。王が視線を逸らしたからだ。娘に向けて。
 俺もその視線を追ってみると、姫はチャオを抱きしめ、顔を俯かせて震えていた。
 どこかで見たこともある。ずいぶん前に。姿こそ人間じゃなかった頃だが、雷雨を前に足を止めたあいつの姿に。ちぐはぐな言葉で気休めを言ってやったあいつとよく似ていた。
「……く……いのに」
 泣いている。あの時のあいつは泣いていただろうか。よく覚えてない。
「この子は悪くないのに」
「知っておる」
「悪くないのに、どうして」
「わしが国王だからだ。国王は、この国の者しか守れぬ」
 その言葉を聞くなり、姫はチャオを抱きしめたまま、弾かれたようにこの部屋から出ていってしまった。
「姫っ」
 団長が慌てて後を追い、部屋がふっとに静かになった。
 残ったのは国王と俺達と、団長の後を追わなかった数人の衛兵のみ。
「説明してくれ」
 親子だけで勝手に納得されても困るだけだったので、俺は向き直って国王に言葉を投げかけた。
「少なくとも俺達はみんな、あんなバケモノとは今日が初対面だ。それがどうして、俺達のせいでバケモノが現れたって話になる?」
「おいおまえ! 口の利き方を」
「よい」
 衛兵の一人を黙らせ、国王は改めて言った。
「知らぬのならばそれでよい。今は友人を連れて一刻も早く国を出よ。それがそちらの為でもあるし、我々の為でもあるのだ」
「……そうかよ」
 説明できない、と。そういうことらしい。俺は手振りでみんなを促し、早々に立ち去ることに決めた。
「……すまない」
「別に長居する気なんてなかったんだ。謝ることじゃねえよ」
 曖昧な顔で俺達は踵を返した。これほどうら寂しい親切はない。だが、お人好しな俺達にとっては他に善い手が思いつかなかった。

このページについて
掲載日
2011年12月23日
ページ番号
7 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日