No.4

 そして夕刻。状況、進展せず。

 ミレイ団長殿の協力をもらっても、人捜しは一向にはかどらなかった。それどころかバケモノと遭遇する確率ばかりが増え、とにかくこちらの望まないことばかり起こる。
「本当にみんな、ここにいるんでしょうか?」
 そろそろ町を一周しようという頃に、リムがぽつりと懸念を漏らした。ちょうど同じことを考えていたところだ。
 夕陽に照らされた城下町は既に結構な被害を受け、一口に成り立ての廃墟とでも言った方がまだ通じるレベルにはなっていた。こんな物騒なところで身を隠し続けるというのは、俺だったらご免被りたい。
「ひょっとしたら外に逃げたのかもしれないね」
「それはない」
 パウの予想を、団長殿は軽く一蹴した。
「外へ出るには防壁の門を通らなければならない。もし外へ行こうとしたのなら見張りに止められる」
 なんだかあいつらが逃げまわってるみたいな言い方だ。まあ何かと後ろめたい連中なのは確かだが。
「案外そうなのかもしれないね」
「はあ? なんで保護してくれようって奴から逃げるんだよ」
「バケモノに目をつけられて逃げてるって意味だよ。それで思い通りに動けなくて、ボクたちとすれ違ったり離れたりして」
 それ以上言わすとこっちの気が重くなるのでパウの口を押さえた。幸運の女神様がいるっていうのにどうしてそこまで運の悪いことが続くんだよ。
「私のせいじゃありませんよ?」

 やがて、俺達が昼間逃げ込んだ森が見えてきた。とうとう町をぐるりと周ったようだ。
「なあ、あの森っていったいなんなんだ?」
 ふと最初に森を見た時に浮かんだ疑問を思い出し、団長に投げかけてみた。
「というと?」
「普通はああいう土地は建物とか作っておくもんだろ。森のままにしとくのはもったいねえよ」
「ああ、そのことか」
 指摘されて、団長は困った顔で頭を掻いた。どうも悩ましい事情があるらしい。
「バカバカしいとは思うだろうが……確かに一昔前、あそこは子供達の憩いの場にする為に手を加えようとしたんだ」
 どっちみち何か建てようと思うほど切羽詰まってはいないらしい。結構なことで。
「ところが、いざ邪魔な木を切り倒そうとしても、切ることができなかった」
「ああ? どういうことだ」
「そのままの意味さ。切れないんだ、いくらやっても。挙句火を放ってみても、燃えることはなかった」
「え、え?」
 一番それを懸念していたパウが肩透かしをくらって、鳩が豆食らったみたいな顔をする。
「どうして燃えないの?」
「それがわかれば放置したりはしないさ。得体が知れないから子供達には立ち入らないように呼びかけていたんだが、かえって面白がらせてしまっただけになった。最初の頃は肝試しに使われていたものだが、今ではただの遊び場だな」
「……ひょっとして、団長さんもその子供の一人だった?」
 懐かしむような顔で語る団長を見て、パウが何気無くそう言ってみると、団長は照れくさい顔をして頭を掻いた。しかしすぐに優等生面に戻り、不動の森を見据えた。
「やはり、あの森がこの騒ぎの原因なのか……?」
 町に突如現れた草木のバケモノ。切っても焼いても消えない森。確かに傍から見ても無関係とは思えない組み合わせだった。事実、あそこに逃げ込んだ俺達は絶え間なく湧いて出るバケモノの群れに襲われた。
 だが、それはそれでわからないことが一つある。バケモノの発生源があの森だったとして、なぜ今になって奴らが現れた? 何か特別な目的意識を持っているほど知能は無さそうだし、今日という日を狙って奴らが現れる理由は見当たらない。森を切ったり焼かれたりしてるタイミングで現れていない方が納得できない。やっぱりどこぞの魔王が世界征服を始めたとでも考えた方がまだ筋が通る。
 まあ、もしそんなバカげた話になるのだとしたら、俺は連中を置いて一足先に元の世界へ戻るのも辞さないが。

「団長ー!」
 背後から声が聞こえた。振り向くと、重そうな甲冑姿で走ってくる衛兵が一人。
「どうした?」
「大変です! 姫が、姫様が城を抜け出しました!」
 何かがみしっと軋むような音が聞こえた。それが俺の眉間が険しくなる音だというのにはしばらく気付かなかった。なんでまた捜索対象が増えるんだよ。
「申し訳ありません! 我々が目を離した隙に……」
「あれほど城を出てはいけないと言ったのに……」
 どうやら団長殿もおてんば姫の奇行にはほとほと困らされているようだ。額に手を当てて首を振っている。
「今、城には住民達が詰めているだろう。誰か見ていないのか」
「それが、誰も姫様の姿を見ていないと」
「町がバケモノだらけになっているのを知っていて隠すのか!」
「そう言われましても、本当に誰も知らないみたいなんですよ……」
 衛兵の声がどんどんか細くなっていく。
「何を考えているんだ彼女は……この状況がわからないワケがないだろうに」
 団長の顔もつられてどんどん気難しくなっていく。状況が違えばホームドラマにはなったろうな。
「とにかく、団長もすぐに城へ来ていただけますか」
「そうは言っても、住民が詰め寄っている場所へ彼らを連れて行くのは難しい話だ。かといって置いていくのも」
「ああ、大丈夫大丈夫。ボクたちのことは気にしないで行っておいでよ」
「……そうか。すまない」
 軽い笑顔に背を押され、団長は衛兵と一緒に城へ向かっていった。
 身の毛立つような静けさの中、俺達はあの森を見据える。何かあるのは間違いない。だが、どうやったらその正体に辿り着けるのか。
「何はともあれ、行ってみるしかないね」
 俺達は意を決して歩を進めた。何かが眠っている不思議の森へ。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「いやあ、団長様が一緒だったら放火とかできないもんね」
 燃える木々を眺めながら、パウがずいぶんと軽いノリで言った。どうやら試しに木を燃やしたくて団長を追い払ったらしい。
「それにしても、燃やせるじゃねえか」
 木は易々と燃え盛った。聞いていた話とはまるで違う。何が不思議の森だと鼻で笑うが、すぐに何かがおかしいことに気付いた。
 確かに木は燃えている。燃えているのだが――どういうわけか、灰だけはどんどん増えるのだが、葉っぱが一向に減る様子がない。木も変わらぬ姿のままだ。
 切れない、燃やせないとはこういうことだったのか。ここの木は圧倒的な速さで再生している。だから切り倒そうにも普通の方法ではすぐに再生されてしまう。
「どういう仕掛けだ……?」
 睨んだところでわかるわけはないのだが、睨むしかなかった。外宇宙からの生命体でもない限り、不死身の生き物って奴は存在しない。必ず何か理由がある。ウチの不死身だってそれなりの経緯ってもんがある。こいつにも何か仕掛けがあるはずだ。オカルト的だろうがなんだろうが、こいつに生命力を供給している何かが。
「……それにしても、出てこないね」
 パウの言葉に、そういえばと周囲を見回した。発生源と睨んだこの森でこれだけのことをやらかしているというのに、奴らが現れる気配がない。
「打ち止めでしょうか?」
 あるいはアテが外れたかだ。敵が出てこないのはありがたいが、状況が進展しないのはよろしくない。だが俺達に打てる手があるというわけでもない。どこか別の場所が敵の本拠地なのだとしても、土地勘のない俺達にそれを探す術はあんまりない。
 簡潔に言っちまえば、手詰まりってやつだ。
 未だぼうぼうと燃え盛る木を眺めながら、俺は別の木に背を預けて腰を降ろした。
「起こさないでくれ」
 眼鏡を外して帽子を目深に被りなおし手を組む。
「寝るの?」
「ああ」
「もし敵が出てきたらどうするんですか?」
「お前らでなんとかしてくれ」
 思えばずっと歩き通しで疲れていた。瞼もちと重い。すぐに眠れそうだ。
「そうやって手詰まりになるたびに寝るの、やめなよ」
 悪いかよ。……とは言い返さなかった。
 自分でも悪い癖だというのは重々承知している。だが、何か手はないかと模索するたび無力感に苛まれるのはもっと嫌だ。
 だから、寝る。
 せっかく目を逸らすなんていう理性的なことができるんだから、現実逃避くらいさせてくれよ。
「――おやすみ」
 その言葉に促され、俺は暗闇の中へ落ちていった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 ふと、俺の視界が開けた。
 見慣れた場所だった。小説事務所の所長室だ。すっかり暗くなっているのだが、窓から妙な光が差し込んでいた。
 体を起こそうとしてみたが、あまりにもかったるくて動けない。仕方ないので、俺はもう一度瞼を閉じた。
 それでも部屋の光景がよく見える気がして、不思議なこともあるもんだなと思った。

このページについて
掲載日
2011年12月23日
ページ番号
6 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日