No.3

 しかし、一口で人を捜すと言っても容易なことじゃない。
 なんとも不都合なことに、そのお姫様の写真もなければ絵も描けた状況じゃない。特徴を聞いてみても、やけに誇張されるし抽象的だし参考になりゃしない。だから俺達ができることは、アテというアテを虱潰しにあたる衛兵達を護衛することくらいだ。
 しかもそのアテとやらの数が多過ぎる。どうもこの国のお姫様という奴はかなりのおてんばらしく、しょっちゅう城を抜け出しては国中あちこちを闊歩しているようだ。王家の者の中では一番民衆と仲良くしていると言っても過言ではないらしく、一度城を抜け出されるととにかく見つからないらしい。なにせ聞き込みを行ったところで誰も彼もが「見てない」「知らない」「会ってない」と、決まってお姫様の味方をするんだとか。
 それに加えてこの非常事態だ。ちょくちょく邪魔してくるバケモノもあしらわなければならないから、とにかくはかどらない。捜索を始めてまだ数十分も経ってないのに、もう7回はバケモノの大群と出くわした。
「大体なんなんだよあいつら、お前らの近所付き合いどうなってやがる」
「ああ、なんだ。その、すまない」
「そこ謝るとこじゃないですよ」
 流石に衛兵も参っているらしい。顔に疲労の色を溜めている。
「我々もなにがなんだかわからないんだ。あんなバケモノを見たのは本当に初めてなんだ」
「そうなの? ボク、てっきりあんなのが出てくるのが普通なのかなって」
 まったくだ。ああいったバケモノ相手に修行とかしてる連中がどの町にも4、5人はいる世界かと思っていたが、どうやら違うらしい。
「バカ言え、あんなのが日常茶飯事だったらこの世界はお終いだ」
 確かにそうだ。冷静に考えて、ゲームであれだけ魔物と出くわすのは、魔王なりなんなりが現在進行形で世界を征服してるからなわけだ。本当に世界が平和なら勇者は必要ない。
「じゃあなんだ。この世界は今、魔王やらに征服されようとしてるってか」
「あながち冗談じゃなさそうだからタチ悪いよそれ」
「ひょっとしたらお姫様もとっくにさらわれてるかも」
「おいおまえら縁起でもないことを言うな! もし本当だったらどうする!」
「どうするよ?」「な、なんだ、おれがどうにかするのか?」「うーん、あまり勇者って感じしないね」「わたしだったら助けに来られてもあんまり嬉しくないかも」
 女性陣の集中砲火により、衛兵は倒れた。
「……そうだよな、どうせおれは誰かにモテた試しなんてないさ」
 なんだこいつ、どっかの誰かを思い出すな。
「それに姫は既に意中の人がいるからなぁ」
「え、そうなの?」
「わあ、どんな人なんですかそれ?」
 二人ともここぞとばかりに食いつきやがる。俺はこういう話は特に好きじゃないので、二、三歩離れて適当に町並みに目を向ける。
「国王直属の騎士団の団長さ。まだまだ若いが、この国で一番腕が立つ。それに容姿も良いときたもんだから、団長目当てに城で働きたいっていうメイド志望が多いんだ」
「へええ。なんかありがちな話だけど、いるもんだねえ」
「で、その人どこか鈍感だったりするんですよね?」
「よくわかるなその通りだ。団長にフラれたことを理由に仕事をやめて実家に帰るメイドも多くてな。おれたちもいつ姫様が振られるかと冷や冷やものだ」
「わー! 凄い罪作り!」
「やだぁ、そのメイドさんたちの代わりに一発ぶん殴ってやりたいです」
 よくもまあそんなキャッキャ騒げるもんだ。俺には何が面白いんだかよくわからない。群がる女達をばっさばっさと斬り捨てる団長殿の手腕に拍手でも送ればいいのか?

「た、助けてくれ~っ!」
 そんな退屈な俺を救ったのは、情けないことこの上ない男の声だった。
 待ってましたとばかりに(別に待っていたわけではないが)颯爽と声のした方へ駆けつけてみると、商人のような奴がバケモノに襲われていた。逃げ遅れだろう。
 しかし、バケモノの方は何かが違った。俺達が出くわしたバケモノよりも明らかに大きい。巨人と言っても差し支えないゴーレムの一種みたいな奴だ。変わらないところと言えば一目見てわかる草木の体と目の役割をした花か。
「な、なんだあいつは」
 後からやってきた衛兵も、異様な大きさを誇るバケモノを目の当たりにして腰が引けていた。
「あれも初めて見るのか」
「あ、ああ……」
「早く助けてあげないと」
 そう言って一歩踏み出したパウを、よく通る声が遮った。
「待て!」
 俺達の横を誰かが通り過ぎた。西洋風の軽装な鎧を纏い、マントをたなびかせたその男は、ああこりゃ勇者っぽいなあと思わせるに足る青年だった。チラと見えた横顔はかなり優等生面をしていた。
「だ、団長!」
 衛兵が反射的にビシッと姿勢を正す。そんな気はしたがやっぱり団長だった。噂をすればなんとやらだ。
 青年は腰に差した剣を引き抜き、ドデカいバケモノ相手に気丈な構えを取る。その姿に衛兵は敬礼し、襲われていた商人は希望の眼差しを向ける。俺達はと言えば一人で大丈夫なのかと顔を見合わせていたが、なんとなく邪魔しちゃいけない気がして手出しはしなかった。
 剣を構えた青年の姿を認め、バケモノが咆哮する。怯まぬ団長に向かってバケモノはゴリラみたいに襲い掛かる。だが団長は振り下ろされた巨大な腕をひらりとかわし、懐に潜り込んで相手の腹を掻っ捌いた。それを受けたバケモノは手を薙いで払おうとするが、冷静に股下を潜り抜けて背後を斬りつけた。
 その見事な立ち回りに俺達は感嘆の息を吐く。自分の何倍もデカい相手に怯んでいる様子が全く無い。バケモノの怪力任せの攻撃を、ひらりとかわしては斬る団長。それを何度か繰り返し、やがて力を失い地に膝をついたバケモノの顔面に剣が突き刺される。それがとどめだった。バケモノは咆哮を響かせ、バラバラに崩れ去った。
「団長、見事な戦いでした!」
 剣を鞘に納める団長に駆け寄る衛兵。それに頷きだけ返し、団長は腰を抜かしていた商人に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、平気だよ。さすが団長さんだ」
 その一部始終を見終え、パウとリムもまた口々に団長殿を称賛する。
「こりゃお城で働きたくなるのもわかるなあ」
「全国の乙女が考える理想系ですよねえ」
「……へえ」
 まあ確かにこっちの鼻がひんまがるくらい王道的な青年だ。子供の頃に誰もが考える勇者の典型例と言える。
「町の状況はどうだ」
「はっ! 今のところ逃げ遅れた住民は見当たりません」「おい私は住民じゃないのか!」「ですが、バケモノは依然として増え続ける一方であり、どうしたらいいかわからない状況であります!」
 なんて情けねえ報告する衛兵なんだ。しかし団長殿はそれに対して涼しい顔で返答する。
「そのまま逃げ遅れた住民の捜索を続けるんだ。それと併行して、バケモノが発生している原因も突き止めろ」
 言いながら、団長はチラとこちらに視線を向けた。
「……ところで、あれは?」
「ああ、あれですか」
 あれ扱いかよ。
「ご安心ください、バケモノではありません。我々の捜索に手を貸してもらっている者です」
 珍しいものを見る目で団長がこちらに歩み寄ってくる。それに気付き、二人が慌てて姿勢を正す。
「はじめまして。僕はミレイ、この国の騎士団の団長をしている」
 身を屈めて手を差し出してきた。なにやら女みたいな名前の団長と握手を交わす。
「ゼロだ。こっちはパウとリム」
「はじめまして」
 ちゃんと握手と自己紹介に応じ、お辞儀までするリムに団長は多少なり驚きを含んだ顔になる。
「驚いたな。姿こそ妖精みたいだが、僕ら人間となんら変わりない」
「いえそんな。ミレイさんこそ、凄く強かったです」
 称賛を受けて団長は軽く笑顔で返す。こいつはわざとやってんじゃないなら敵う奴はあんまりいないだろうな。ウチの女性陣が軽くときめいてる。
「ところで、衛兵達に協力してくれているという話だが」
「ああ、成り行きでな。おたくのお姫様捜しを手伝ってやってんだ」
「む?」
 それを聞いた団長が僅かに難しい顔をした。
「そうなのか。それはとてもありがたいが……実は姫様なら既に見つかってるんだ」
「え」
 驚いたのは衛兵と、それとなぜか商人だった。
「も、もう見つけていたのですか。いったいいつの間に」
「このバケモノ騒ぎが始まった頃には」
「団長さん、そりゃ本当ですかい?」
「ああ」
 衛兵は情報伝達の悪さに頭を掻いていたが、不思議なのは商人の方だった。表情の上では押し隠していたが、なにやら納得の行かないような態度が見え隠れしている。団長殿は気付いてないみたいだが。
「おいあんた、どうした」
「ん? いや、なんでもございませんよ」
 試しに問いかけてみてもはぐらかされてしまった。……と、商人が俺達を見てまた表情を変える。
「失礼。あなたがたはひょっとしてチャオって種族じゃありませんか?」
「えっ」
 思いがけない言葉に、後ろにいた二人も過敏に反応した。
「あんた、俺達を知ってるのか?」
「まあ……そうだ、あなたがたにゃ人間の知り合いがいませんか。そうだな、四人組の子供なんですが」
「あいつらと会ったのか!」
「今どこにいるんですか!」
「お、落ち着いてください」
 詰め寄る俺達に気圧され後ずさる商人。なぜか団長のことを横目で気にしながら話す。
「あっしはお客人に一泊の宿を貸した者です。彼らは今、あなたがたを捜しています」
「ボクたちを?」
「ええ。あいにくと、どこに行ったかはわかりかねますが」
 こいつは厄介なことになった。あいつら戦えるってわけでもないだろうに、どうして身を隠すとかしないで俺達を捜しまわるんだ。
「おい」
「うん」
 それだけで俺達は通じ合った。何か面倒が起こる前にあいつらを捜さなきゃいけない。
「待て。僕も一緒に行こう」
 そこへ団長が協力を申し出た。
「その四人というのは、君らの友達なんだろう。この国の為に協力してくれた君らに、こちらも力を貸したい」
「いいんですか?」
「救助活動の延長線みたいなものだ。それにこの国のことはよく知らないだろう?」
「……ああ、助かる」
 商人の気難しい顔を尻目に、俺は団長の協力を受け入れることにした。

このページについて
掲載日
2011年12月23日
ページ番号
5 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日