No.2

 結果的には、衛兵達はうまく撒けた。果たして住民には見つからずに移動できたかというと疑問が残るが、しばらくは追っ手は来ないものと考えてもいいはずだ。
 辿り着いた森には確かに人の姿は無かったが、それでも人が頻繁に出入りしている森だということが見て取れた。思ったよりも草が茫々としておらず、地面があちこち踏みならされている。どうやら身を隠すのには向かないようだ。
「さて、これからどうしようか?」
「さあな」
「困りましたねー」
 そういう割に危機感が無いのは、こういった状況を懐かしむくらいには慣れているせいだろう。

 一度状況を整理してみよう。
 ここは俺達の知らない異世界だ。どうやってここに来たのかはわからない。住民達は俺達を見るなりバケモノ扱いする。これだけで状況は絶望的だ。
 元の世界に帰る方法を探すにも、まずは身の安全の確保をしなくてはならない。町の外までは追われないだろうが、向こうさんにも被害を出さないようにして脱出するのはちと面倒だ。向こうの警戒が緩むの待つ為に、しばらく身を隠す必要がある。
 だがこの森は人の出入りが多そうだ。身を隠すのには向かない。ということはまた別の場所へ移動しなければならない。それも誰にも見つからずにだ。こいつは少々厳しい。
 方法は二つある。向こうさんのことはこれっぽっちも気にせずごり押しで逃げ切るか、戦うつもりがないことをなんとか示してみるか。……ううむ、後者は俺の性に合わない。ごり押しで逃げちまおうかな。

「――誰か来ます」
 突然、リムが手をあげて木々の向こう側を見据える。草の揺れる音が聞こえるのが俺にもわかった。
 音のする方向を睨む。草の揺れは次第に大きく不規則になり、かなりの数がこちらに迫っているのがわかる。ひょっとして、もう見つかったか?
「いや……」
 違う。おかしい。
 草の揺れが近付いている。目に見えるところまで来ている。それなのに、相手の姿が見えない。草むらに隠れている。
 近付いてくるのは人間じゃない。
 俺達は身構えた。草の揺れが近付くにつれ、だんだんと静かになっていく。どうやら向こうは俺達を追い詰めているつもりのようだ。
 一度、場が完全に静まり返り……そいつらは草むらから飛び出し姿を現した。
 俺達ほどではないが小さく、それでいて妙に手足がでかい。草木や根っこで構成されているらしく、顔の部分にある目と思しき花二つが異様にギョロギョロと動いていて、なるほどこいつはバケモノだとわかる。
「ひょっとしたら俺達は、こいつらと同類に見られたのかもな」
「こいつらと? 冗談じゃないよ」
 確かにこのバケモノと比較すれば、俺達はどう考えてもバケモノ扱いされる理由がない。逆に考えれば、ここでは俺達のような人外がよほどメジャーではないということか。
 などとぼんやり考えているうちに、その数は2、4、8と増えていく。物言わない連中だが、どうも友好的って感じではなさそうだ。
「そういえば私達、こういう見慣れないバケモノとやりあうのは初めてですね」
「そうだったか? どこが弱点かわかんねえけど、とりあえず燃やせるよな」
「ボク、火事は起こしたくないよ。リム、サポートお願い」
「文字通り火消し役ですか。……ゼロさん、来ます」
「ああ」
 いよいよ飛びかかってきた一体を、俺は片手で受け止めた。意識の中で目標を定める。狙いはこいつの体の中。そのイメージ通り、内側から風で切り刻んだ。案外脆い。本気を出せば簡単に一掃できるが、誰にも悟られないようにしなきゃいけない。
 なだれ込むように押し寄せる敵を、最も手際良く相手していくのはやはりパウだった。適当に狙いを定めて焼却処理しては、森に燃え移る前にリムが手早く消化作業を行う。良いコンビだ。そういえばこの二人、幼馴染だったかなとなんとなく思い出に耽る。
 しかし、状況はどうも優位になってくれない。効率的だなと感心すら覚えるほど敵を処理できるのに、向こうの数は減るどころかどんどん増えていく。
「おい、なんで減らねえんだこいつら」
「さてね。ひょっとしたら、ここが奴らのホームグラウンドなんじゃないかな」
 なるほど。見て呉れの通り草や木で構成された連中なら、この森で生まれてるのかもしれない。
「じゃあなんだ、勝手に入ってきた俺達が悪いのか」
「かもしれないね。どうする? 謝って帰る?」
「でも、ここから出たら今度は衛兵に追われますよ」
 起きてからずっと踏んだり蹴ったりじゃないか。どれだけ嫌われてるんだ俺達は。何か罰当たりなことでもしたか?
「話の通じねえ奴の相手してるよりは人間様の方が何倍もマシだろ」
「賛成」
 攻撃を早々に切り上げ、俺達は躊躇無く逃げ出した。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 だが、俺達の目論見はまたしても外れることとなる。
「……おい、今日は厄日か」
 俺は目の前の光景が些か信じられなかった。
 確か俺達は、道行く人という人にバケモノ扱いされながら森まで逃げてきたはずだ。それがなんだ? ちょっと時間を潰してまた戻ってきてみれば――誰もいないとは。
 息も吐かせぬ事態の数々に、だんだん頭が追いつかなくなってくる。これはいったい何がどうなってるんだ。どうして誰もいない? それどころか町も荒れているように見える。森にいる間に2世紀くらい経って廃墟にでもなったか?
 何はともあれ状況が見えない。情報が少なすぎる。
 さらに厄介なことに、さっきのバケモノが追いついてきた。考える余裕もなさそうだ。
「でも、向こうのホームグラウンドからは離れたし、今なら本気も出せるね」
 確かにこの状況は今までよりマシだ。ようやくツキが回ってきた――そう思った矢先、いきなり出鼻を挫く声が聞こえてきた。
「いたぞ、あそこだ!」
 思わず天を仰いだ。バケモノの裏側から衛兵の声と足音が近付いてくる。誰もいないとか言ったらこれだよ。なんかに憑かれたかな、俺?
「ゼロ、どうするの?」
「知らね。もう知らね。俺知らね」
 あまりにも悪運続きが過ぎる。もうどうでもよくなった俺はその場に寝転がった。向こう側では衛兵とバケモノが戦いを始めている。結構なことだ。そのまま共倒れにでもなってくれ。
「ちょ、ちょっとゼロさん! ダメですよ、敵がいるんですよ!」
「あとは任せた。俺は寝る」
「リム、行こ」
「で、でもっ」
 パウは察しが良くていい。他人想いの友達を持って俺ぁ幸せだ。何かが燃えたり斬れたりする音を子守唄に、俺はゆっくり目を閉じた。


 ま、結局10分もしないですぐ目を覚ますことになったわけだが。
「動くな!」動いてねえよ。
「ま、待ってください! ボクら別に敵ってわけじゃあ」
「黙れ! そんなこと信用できるか!」
 気付けばここに来た時のようにぐるりと包囲されている。結局これに逆戻りってわけだ。
 馬鹿馬鹿しい。
「あのさあ」
 体を起こしただけだっていうのに、衛兵達は必要以上にビクつく。なんて情けない奴らなんだか。俺はさっきから溜まっていた恨み辛みでも吐くように言葉を並べてみる。
「最初に会った時のことは悪かったと思うけどよ、今回は助けてやったってのになんだのこの待遇は?」
「何をごちゃごちゃと、このバケモノめ」
「バケモノ? バケモノっつったかてめえ俺んとこのバケモノなんざもっとひでぇぞ人の首噛むんだぞ」
「それ誰の話?」
「ええい、いちいち口うるさい奴らだ。そもそも貴様らはなぜこの町に現れた?」
「それがわかりゃ苦労しねーよ、なんだったらお前どうして自分の家が代々ビンボーなのかわかったりするのかお前」
「な、なぜそれを知っている!?」
「え、なんだお前図星かよ悪いなんか酷いこと言った」
「ふざけるな! なんて奴だ、ずっと気にしてたのに!」
「いやだから悪かったってほんと。どうせ学校も行けなくて文字も書けないわ掛け算もできないわで大変なんだろ?」
「バカ言え掛け算くらいおれにだってできる!」
「じゃあ割り算は?」「う、で、できるに決まって」「30÷2は?」「に、にじゅうはち」「15だバーカ引き算じゃねえよ」「く、くそお! 18782×2はなんだ!」「37564だろ?」「な、なんだと」「音速で解きやがった」「バケモノだ」「だからバケモノじゃねーっつってんだろが!」
 その時、俺の肩をリムがぽんぽんと叩いた。気付くと俺は衛兵の一人と顔を突き合わせてお互いに唾を飛ばし合っている最中だった。周囲の人間も構えを解いて何やらざわついている。
「あの、バカみたいですよ?」
 この一言で、場の空気が一気に寂しくなった気がした。


「……では、信用していいわけだな?」
 想定外の漫才(?)によりお互いの距離が縮まり、ようやく話をここまで漕ぎつけることに成功した。なんてったってこいつら、救いがたいバカばっかでなかなか事情を飲み込んでくれず、噛み砕いて説明するだけで酷く疲れた。結局俺達のことは、先祖代々魔法を受け継いでるチャオという種族で、何者かの陰謀によりここに飛ばされたという設定にしておいた。
「その何者かとはいったい誰だ?」
「わかんねーから何者かって言ってんだろ」
 言いながら、俺もちょっと疑問に思わないわけではなかった。どうして俺達はこの世界にやってきたのだろうか。ずっと昔も何度か異世界へ渡ったりすることはあった。だが、それら全ての理由は今でもわからずじまいだ。その時出したのは、ここで何かやるべきことがあるからという青二才も良いところの結論だったっけか。
 それが正しいとして、俺達はここで何をすべきなんだろうか。バケモノ退治でも手伝えばいいのか?
「すみません。ちょっとお尋ねしたいんですけど、あの草っぽいバケモノのことについて何か知りませんか?」
 俺の考えでも見越したか、リムが一歩出て衛兵と話を始める。
「おれたちにもわからないんだ。おまえらと一緒で、今朝突然現れたんだ。住民を城に避難させるのに必死で、まだ詳しいことは何もわかっていない」
 なるほど、住民は城に避難していたのか。頭は悪いが行動は早い。
「おい、こんなところでいつまでも油を売ってる暇はない。早くしないと、姫様が危ないぞ」
「姫様?」
 如何にもな単語が出てきて、俺は内心うへえと舌を出す。大したことではないのだが、俺はおとぎ話色の強いファンタジーはあまり好きではない。
「情けない話なのだが、国王の娘が行方知れずなのだ。バケモノたちの手にかかってしまう前に見つけ出さなくてはならないのだが、一体全体どこにいるのか」
 なんとわかりやすい話か。チャチな話ならば、姫を助け出した勇者は最終的に姫と添い遂げたりするんだろう。俺だったら丁重にお断りする。
「ボクたち手伝ってあげようか?」
「本当か!」
「最初に会った時のお詫びだよ。どうせやることないし」
「待った待った、パウくんちょっとこっちに来なさい」
 何やら勝手に話を進めようとするキツネもどきの腕をずるずると引っ張る。
「なんでよそ様んとこの姫を捜さにゃなんねーんだ。そういうのは勇者の役目だろ」
「そうは言うけど、案外ボクたちが勇者なのかもしれないよ?」
「んなわけあるか」
「それにここはこの人達に良い顔しておいた方が後々楽だし。なんだかんだ言ってボクたち孤立無援だよ?」
「う」
 イタイ事実を突きつけられた。考えてみりゃ俺達はたったの三人。他に知り合いも見当たらない。確かにここは現地の人間と目的を共にした方が得策か。
「では、おれが一緒に付こう。よろしく頼む」
「……ああ」
 名乗り出た一人の衛兵に、俺は苦々しい声で応えた。

このページについて
掲載日
2011年12月23日
ページ番号
4 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日