No.1

 ――これはなんの冗談だ。
 周囲に群がる古風な姿をした兵士達を見て、俺は真っ先にそう思った。
 まったく、頭が痛くなってくる。
 見知らぬ町の路地裏で目を覚ましたと思えば、表に出た時の光景はとても現代とは思えなかった。
 挙句、古風な姿をした住民達は俺達を見て急に叫びだしたかと思えば「衛兵を呼べ!」とか叫んで、文字通り衛兵がやってきた。

「……おい、パウ。カメラはどこだ」
「さあ? 監督の姿も見当たらないね」
 どうやら映画の撮影ではないらしい。となると、ここは……
「異世界、じゃないですか?」
「だろうね。ここのところずっと平穏だったし、随分と久々だね」
 ということらしい。淀みのない青空、毛色の違う空気を肌に感じ、溜め息を一つ吐いた。我ながら飲み込みの早いことで。
「このバケモノめ! いったいどこから進入した!?」
 槍だの盾だのを構えた衛兵達が、俺達に向けて歯を剥く。
「だってさ」
「可愛い事前提のチャオに向かってバケモノって、この世界の人達はどういう美的感覚してるんでしょう?」
「さあな。熱烈な視線を浴びるって事実は変わらんみたいだが」
 どこから湧いてきたのかは知らないが、数え切れない程の衛兵達は皆、俺達に敵対心むき出しの目を向けている。少なくとも話の通じる雰囲気ではなさそうだ。周りの一般人達も見慣れない危険物でも見るような目でこっちを見ている。
「ゼロ、どうする?」
 どうする……か。
 とりあえずはこの場を切り抜けなければならないだろう。だが、ただ逃げるにしても俺達はこの町を知らない。適当に逃げて衛兵を撒いたとしても、住民さえも俺達を見て叫びだすんじゃ話にならない。かと言ってこの衛兵達を蹴散らしてもキリがないだろうし、仮に全員倒したところで悪名はあがるわ次の追っ手が来るわで状況は好転しないだろう。
 さて、どうするのが最善か。

「……逃げるしかないな」
「どこまで?」
「人のいないところを探すしかないだろう」
「貴様ら、何をごちゃごちゃ言っている!?」
「うるさい気が散る、作戦会議中だ」
「ふざけた事を……総員、決して民には被害を出すな! この場で仕留めろ!」
「おおーっ!!」
 衛兵全員が雄叫びをあげ、古風な武器を構えて突進してきた。ますます古臭い。
「民間人には手を出すな、だって」
「努力するさ。リム、頼む」
「わかりました。動かないでくださいね」
 そういってリムは構えを取り、目を瞑って息を静めた。思えば、俺達の力を遠慮なく使う機会も随分と久々だ。俺達にはやはりこういった世界の方がお似合いなのかもしれない。
 長居する気は、起きないが。

「せー……のっ!」
 リムが地面を叩いた。
 そして地面は水を噴き出した。
 太陽目掛けて、天高く。
「な、なんだ!?」
 猪突猛進してきた衛兵達の何人かは吹き上げられた水に飛ばされ、それを見かねた他の衛兵も怯んで足を止めた。俺達を囲むように吹き出した水の壁は、俺達に退路を確保する為の猶予をくれた。敵さんの手薄なところは……あった。
「リム、あそこだ」
 俺の指示した方向の水が止んだ。衛兵が怯んでいる隙に、俺達は一目散に駆け出した。
「逃げたぞ!」
「追え! 逃がすな!」
 俺達が逃げ出したのを見かねた衛兵達はすぐさま後を追いかけてきたが、追いつけやしない。
 イメージするのは、俺達を背中・足元から押し上げてくれる追い風。地面を蹴れば、普通より遠くへと伸ばした足が届くように。向かう先に抵抗する風は無いように。傍から見れば、ただ速く走っているように見えるだろう。
「くそ、逃げ足の速い奴らめ!」
 御覧の通り。
「この先の道を封鎖しろ! 絶対に逃がすな!」
 思った以上に向こうもテキパキと動いてくる。指示した頃には俺達の走る道の先には沢山の衛兵達が通せん坊をしていた。
「退路を断つつもりらしいね」
「退かせばいいんだろ? 頼む」
「やれやれ。周囲に被害は出さない方針じゃなかったっけ? リム、消火はお願い」
 リムが頷くのを確認したパウは走る勢いを少し殺してホップ、サッカーボールを蹴るような動作で地面に衝撃――火柱を走らせた。
「うわああっ!」
 それに驚いた衛兵は咄嗟に火柱を避け、俺達はあっさりと封鎖を突破した。振り向きざまリムがパウと同じように地面を蹴り、今度は水柱を走らせて火柱を綺麗に消火してみせる。立つ鳥跡を濁さず、というやつだ。
「なんだ、いったい何をしたんだ?」
「馬鹿者! ボサッとしてないで追うんだ!」

「やっぱりああやって驚いてくれるとマジックも披露し甲斐があるよね」
「暢気な事を言ってる場合じゃありませんよ。向こうは数が多過ぎます。このまま悠長に走り回ってたら振り切れません」
「そうだね。相手しようにも、町には損害を出したくないし、かと言って手加減してると状況は泥沼だ」
「悠長に走り回らなきゃいいんだ。上に逃げて撒くぞ」
 ちょうど良いタイミングで曲がり角の場所までやってきた。俺は目の前に立ち塞がっている建物目掛けて迷い無く走る。パウとリムもちゃんと付いてきている。
 段々と距離を縮め、最適なジャンプポイントに差し掛かった俺は力強く跳んだ。と、同時に風向きを変える。果てしなく強く下から吹く風に飛び込み、体は高く舞い上がる。そして俺は軽々と天井へ着地した。後ろの二人も問題無く付いてきている。
 俺達の後を追っていた衛兵達は、軽々と飛び移ってみせた俺達とは対照的に足を止めてしまったようだ。この隙に俺達は更に天井から天井へと飛び移り、目に付いた最も高い場所へと移動した。
「おー……広いな」
 俺の想像していた町よりは二、三倍程は広く、そして立派な町の光景がそこには広がっていた。具体的な面積はわからないが、一般的な市町村くらいの大きさはあるんじゃないだろうか。

 そして、俺達の視線を掻っ攫った立派でドデカい建物が一つあった。
 ――城。
 そう形容するしかないくらいの建造物が陽に照らされていた。
「……ファンタジーだな」
 感想としては、それが最適だろう。
 古風な町、古風な人々、そしてこんな城を見せられちゃ、他に感想は思いつかない。中世を思わせる町並みは間違いなく幻想的に見えた。
「逃げようって言っても、ちょっと苦労しそうですね」
「ボク達が町の外への出口に着く頃には、とっくに包囲網ができてそうだね。多分」
「そうだなぁ……」
 これだけの規模ならあの数の衛兵も納得がいく。ここは町というよりも、一つの王国と言った方が通りの良い場所のようだ。とすると、何も考えずに逃げるのは困難だ。ここはどこかに姿を隠して、警戒が弱まる頃を見計らった方が良さそうだ。問題はどこに身を隠すかだが……
「ゼロさん、あの森なんかどうです?」
「森?」
 リムの指差す方角を見ると、なるほど確かにそこには森があった。王国の敷地内に森ね?
「本当に人がいないかは甚だ疑問だが、まぁ妥当だな。行くぞ」
 衛兵達が集まってくる前に急がなくてはならない。俺達は再び風に身を任せ、建物と建物を軽々と跨いで走り出した。民間人が何気なく上を見ないことを願いつつ。

このページについて
掲載日
2011年12月23日
ページ番号
3 / 27
この作品について
タイトル
小説事務所聖誕祭特別篇「Turn To History」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年12月23日
最終掲載
2011年12月24日
連載期間
約2日