No.1
「おっかえりっユリちゃん! このめでたい日に、独学で花火を作ろうと」
「すなっ!」
そんなこんなで、私を迎えたのは、ハリセンの快音だった。ソニックチャオ特有のトゲとヒーローヒコウの羽が、強風に吹かれたように舞い上がる。……うん、らしくていいや。カズマとヒカル、相変わらずの二人の姿だ。
「お帰りなさい。皆さん、ユリさんが来るのを待ってましたよ」
あんまり話をしないリムさんも、ウサギさんのように心優しい笑顔で私を迎えてくれた。それが営業スマイルなのか否かは、私にはよくわからない。
事務所の二階の窓からは、グレーのテイルスチャオが笑顔で手を振っていた。ヤイバだ。……というか、そこは確か所長室じゃなかろうか。またおかしな事をしているに違いない。やる事もグレーだ。
私が事務所の事をいろいろと懐かしむようにしていると「ほら、早く」とカズマが私の肩を押して事務所の中へと連れて行った。
思えば長い間、このアットホームな職場に来ていなかった気がする。
少し前に、私の初仕事の日があった。それは初めてにしては荷が重過ぎるというか、行かなければ良かったと後悔する程に酷い仕事だった。
この小説事務所は、名前通りの事をしているわけでもなく所謂何でも屋という奴。その割にしょっぱい仕事はあんまり来ないから、普段は暇な通勤生活となる。そしてたまに来る仕事というのが大体難題であるというのが特徴。
その難題が、見事に私の初仕事となった。内容は簡単だ。
「ミスティックルーインにある別荘へ出かけた友人が帰って来ない。探し出して欲しい」
というものだ。
今思えば、警察に頼めば済む問題じゃないのかとも考えた。しかし、この事務所に所属してから、何故かそこら辺の事情に詳しくなってしまった。
最近のこの国の警察は、かのマッドサイエンティストであるドクターエッグマンの起こす事件や、その他のっぴきならない事情により機能していない。ここステーションスクエアという主要都市ですら、警察は民間の事件は全くと言って良いほど相手にしていない。
しかもお偉いさんはこの小説事務所の存在を知っており、存在自体は危険ながらもその穏健さ(?)や有能っぷりを知り、すっかり頼りまくっている。その為、今や小説事務所は警察機関とあまり大差ない。ぶっちゃけ関係のない組織体の筈なのに勝手に仕事を押し付けられているのと同じだ。無責任な事このうえない。そんなんだから国民の信頼度が駄々下がりするんだ。首脳部はアホか。
閑話休題。
その初仕事の正体は、私という小説事務所の新勢力の調査及び確保の為の、どこぞの組織の罠だった。
結果的には私はなんとか脱出できたのだが、いわゆる民間人である私を巻き込んだ出来事と「お天気」が相俟って思い出したくない事を思い出してしまった。
所長――ゼロさんにその事を打ち明けたその日。
「休みをとりたかったら、何も言わずに休んでいい。戻って来るも来ないも、お前の自由だ」
そう言って、所長は休暇の自由をくれた。とんでもない待遇のよさだ。……と言っても、ここではそれが当たり前だ。
最初は遠慮しようかとも思ったけど、その時の気持ちの沈みようは酷くて、結局事務所には行けずに家にこもりっぱなしだった。
規則正しかった私の生活は崩れていき、だんだん無気力になっていく。そんな自分に気付いたのは、どれくらい経ってからなのか。もう覚えてはいないけど、実はそんなに長くはなかったようだ。
「やあユリ、久しぶり……かな? 僕としては、それほど経ってないけど」
ほら、こう言ってくれるんだから。
息抜きの最中だろうか、何かの単行本を読んでいたテイルスチャオ、パウ。
通称、テイルス二世。そう呼ばれていたのは、事務所が目立って活動していた時期だけだとか。表立った動きもせず、所員の中では実にまともなチャオの一人。しかしその実態は、無名ながらも隠された技術が凝縮された頭脳を持つ天才『少女』だ。
……とは言っても、私はそんなパウの姿を見た事はこれといって無い。おそらく誰かの過大評価だとは思うけど、一応その高い能力は否定しない。
「所長さんには、ちゃんと挨拶したかな?」
「あぁ……そういえば、すっかり忘れてた」
「ははは。まぁ、それでもいいんだけどね。気にする事はないよ」
そう言って、私の不祥事を笑って見逃した。不祥事も何も、所長が不祥事してるんだけど。ずっと寝てるし。
「どう? 良い『休暇』は過ごせたかな」
……割と遠慮のない言葉を、私の胸に突き刺してきた。ずぶずぶと。この事務所、アットホームながらも逆にそれが仇になってるんじゃないだろうか。
「最初は気兼ねなく……というか、そんな事考えてる暇もなかったんだけど。その内、本当にこのまま休んでいいのかなって思って」
「ほほう、所長殿のありがたい待遇をふいにしたと?」
「そうじゃないって。なんというか、問題児扱いされてる気がして」
本音は「そのありがたい待遇に裏がありそう」というところだけど、あんまり言えたもんじゃない。ただ、実際に腫れ物みたいに扱われた感があるのは間違いない。
そんな私の言葉を聞いたパウは、急に目を丸くした。何かおかしな事を言っただろうかと思った矢先、今度はいきなり吹き出してしまう。
「ははは、いいねぇ暢気で。君、意外と真面目そうに見えて大した天然っぷりだ」
「て、天然?」
「だって、問題児なんて今に始まった事じゃないだろう?」
あ。
私がそれに気付いたのとほぼ同時だろうか、いきなりハリセンの快音が響いた。まるで私の頭を叩いたみたいだ。自分でも大したボケをかましたと思う。
問題児ならとっくに身近にいるんだ。それも私みたいなデリケートみたいなのじゃなくて、見るからにそれらしいのが。しかし、それでは自由に休暇を取っていい理由には繋がらないと思う。いくら金銭事情が潤ってるからと言って。
そうして私はじっくりと、所長の言葉を丁寧に解剖して、その意味を探る。
――答えが、出た。
「ぶっちゃけ面倒見切れないから、自分で解決してくれ」
「結局問題児扱いじゃないかっ!」
唐突に叫んでしまった。それを見たパウが、耐え切れないように笑い出してしまった。意外に笑い上戸だなこの人。
いや、しかし、大した名演技だ所長。私が休暇を貰った当日の所長の慰めるような言葉の数々を思い出す。あんなに親身になって話を聞いてくれていたと思ったら、実はそうではなかった。きっと私の話なんて、次の日には夢の中の出来事と一緒くたにされて忘れ去られているに違いない。
なんだか急に体が重くなってしまった。結局私のあの休暇は一体なんだったんだろう。勝手に休んでいいとは言ってくれたが、もし普通の会社なら有給休暇の無駄遣いになってるところだった。
もういいや、全部忘れよう。私の悩み事なんて、ここじゃ問題にすらならないんだという事がよくわかった。まずは笑いの止まらない隣人をどうにかしなければいけない。