No.14


 ……眠い。
 夢の中にいる感覚がする。
 所謂明晰夢という奴だろうか。
 でも、とてもリアリティを感じる。
 私の目を、何かが刺激している。
 涙を流している感覚も感じる。
 泣いてるのか、私は。
 何故だろう。


 ただ煙いからだった。

「あ、起こしちゃいました?」
 なんか猛烈に涙を流しまくる目を擦っていると、知っている人の声が聞こえた。
「えーっと、リムさん? 何してるんですか?」
「ごめんなさい、一応窓は開けてあるんですけど」
 なんとか目を開けられるレベルにはなり、状況確認を行う。
 開かれた窓から明るい日差しの溢るる見慣れた部屋……なんか情景描写みたいだけど、要約すると朝方の所長室だ。
「昨日はいろいろと忙しかったから、みんな事務所で寝泊まりしてたんです。あ、良くある事なんですよ。みんな勝手にお泊りセットを事務所内に仕込んでますから」
 なんだか物々しい言い方だと思ふ。
 と、その話は特に気にせず、私の涙腺を刺激してやまない煙の正体を探る。それはリムさんの目の前にある鍋だった。事務所の中央に位置する机を占領し、一口コンロという名の火山の上で煙を吐き続けている。
「なんですか、それ」
 訝しげな顔をして聞いてみると、リムさんは胸を張って答える。
「事務所きっての、お持て成しメニューです。あ、その手の物好きじゃないなら食べちゃダメですよ」
 これまた物々しい言い方である。ちょっと覗いてみようかと思ったけど、あまりの煙の猛攻により進軍を断念。というより、これほどの煙を窓から出したら消防署の人来ちゃうんじゃないか。
「来るわけないじゃないですかぁ。ここ最近消防署の人とは会った事ありませんよ?」
 ……あぁ、納得した。煙程度じゃ誰も駆け付けないんだよな、ここって。
「で、他の人達は?」
 今の部屋の中には、私とリムさん以外は誰もいない。気になった私は、リムさんにその所在を聞いてみる。
「下の階でお仕事中です」
「お仕事って?」
「拷問ですよ」
 ――その言葉一つで、寝惚けた私の頭はすっかり覚醒してしまった。
 昨日は酷い一夜を過ごしたんだった。その出来事はあまりにも現実味が無くて、こうして過ぎ去った後に思い出してみると何もかもが夢の中の出来事みたいだ。きっと今頃、捕虜として確保した人間かチャオに情報でも聞き出そうとしてるのかもしれない。
 事務所の裏の顔みたいなものを知った身としては、来てはいけない場所に来てしまったと思う気持ちが強くなっている気がする。いつかにパウに「良い職場だ」とかのたまった何も知らない私の目を覚まさせてやりたいくらいだ。

「ただいまーっ」
 そこへ晴れやかな顔で帰って来た子が一人。ハルミちゃんだ。
「お帰りなさい。ちゃんと買ってきました?」
「はいっ、頑張りました!」
 そう言って、今にもはち切れんばかりのデカいビニール袋を机にどんっと置いた。
 とりあえず、圧倒される。
「なんぞこれ」
 思わず口も汚くなる。
「それじゃあ、これとこれをミキサーで混ぜておいてくださいね。そしたらまとめて鍋の中に入れますから」
「はーいっ」
 下で拷問が行われているという事実を知ってか知らずか、この二人の顔と言ったらそれはもうにこやかに笑っていた。凄く楽しそう。
 一体全体何が楽しいのか。そう思いつつ、ハルミちゃんがビニール袋の中身をばばばっと取り出して手際良く分けている様をぼーっと見てた。

 なんか、唐辛子とかタバスコとかいっぱいあった。


「くっ、いい加減にしろ! 私は絶対に吐かなむわああああああああ」
 扉の前にやってきただけで、どこかで聞き覚えのある声が、パーティゲームの黄色い貴公子みたく叫ぶのが聞こえてきた。
「……あの、拷問ってひょっとして」
 リムさんの手の中でぐつぐつと煮え滾る、血よりもグロい赤い鍋物を見ながら、恐る恐る聞いてみた。なんつーか、この鍋も直視できたもんじゃないけど、リムさんとハルミちゃんの笑顔も直視できない。
「はい! 小説事務所の拷問スタイルは、事務所特製の激辛お鍋サプライズ! 私が考えたんですよ~、えへへ」
 君か、ハルミちゃん。
「ちなみに辛いのが得意な人用に、激苦お鍋や激甘お鍋も用意してあります。ただ、激甘お鍋がなかなか美味しく仕上がらないんですよねー。ハーゲンダッツ以外にマッチする食材がなかなか……」
 なんっすかリムさんその口振り、あんた試食してるんっすか。美味しく食べれるんっすか。味覚どうなってんすか。
「なんか、知ってる事より胃の中の物だけ吐きそうですね……」
「あら、効果はばつぐんですよ? 誰でもお腹が減ると嫌になりますけど、必要以上にお腹いっぱいになっても嫌になるんです。だから、両方とも吐きますよ」
 両方ってなんすか。汚ない方も吐いちゃうんすか。
「必要な情報も手に入って、誰かのお腹も満たされて、お店の人も儲かって、一石三鳥!」
 ハルミちゃん、その石じゃ頑張っても二鳥しか落とせないよ。だって吐いちゃうんだもん。
「そういうわけで、追加の品をお届けに参りましたー」
 そういうわけで、地獄よりも辛くて辛い拷問室の扉が開いた。
 簡潔に情景描写すると、昨日私が戦ったあのヒーローチャオが黒髭危機一髪みたいなサムシングに固定され、その目の前でパウとヒカルが満面の笑顔で「はい、あーん」とかしてて、その後ろでミキが手にした二つの空鍋を持て余し、そのまた後ろではカズマとヤイバが「リア充爆発しろ!」とか野次飛ばして、その後ろで所長が寝転がってた。
 一言でまとめると、シュールである。
「なんぞこれ」
 言うしかなかった。
「あ、リムさんハルミちゃんありがとー」
「ユリ、君も一緒にやってみない? 面白いよ」
 その言葉をなるたけさらりと聞き流し、顔中(特に口)を真っ赤にしたヒーローチャオを見てみた。
 あの爆撃を食らって生きてたんだとか、今日会ったが百年目とか、そんな気持ちが全然湧いてこない。あれだけ高慢ちきな態度を取っていた昨日の面影はどこへやら、目の前にいるのはなんか涙腺を刺激されてナイアガラの涙を流すヒーローチャオがいるだけだった。
「はい、あーん」
「やめろ! そいつをそれ以上私の口に近寄らせぐあああああああああ」
「ヒーローチャオがやられたようだな……」
「ククク……奴は激辛四天王の中でも最弱……」
「激辛マニアも耐えられぬとは激辛四天王の面汚しよ……」
 なんか急におかしな掛け合いをしだしたカズマとヤイバに、ノリノリでハルミちゃんも参入しだす。なんなんだアンタら。
「ちょっとカズマ! ハルミちゃんにおかしな事吹き込むなって言ってるでしょ!」
「えー」
 まるで自らが拷問を行っているとは思えないくらい、日常的な口調で会話をするヒカル。その手の先に血よりもグロいアレを乗せたスプーンがあるというのに、ああもうどこからつっこめばいいかわからない。
「ごふっけほっ、きさまらそれ以上ふざけた真似うぼああああああああああ」
「ユリー、スプーンまだまだあるからさー。ほら」
 そう言ってどこからともなく三本ほどスプーンを取り出されたもんだから、思わず私も一本貰ってしまった。その頃ミキはマヨネーズを片手にヒーローチャオの口をあんぐり開けさせ、その中に大量にマヨをぶち込んでいた。
「ちょ、なにしよんど」
「マヨネーズは口に残る辛味を消す事ができる。つまり、感じている辛味をリセットしている」
「なしてそないな」
「新鮮な気持ちを、あなたにも」
 口調が崩れまくった私も私だが、なんかCMで聞きそうな言葉を口走ったミキもミキだと思う。
 意を決して、血よりも以下略なそれをスプーンで掬ってみる。鍋物とか言っておきながら、想像以上にドロドロしまくっている。なんの液体だよこれ。
「100%タバスコ」
 死ぬ。それ死ぬよミキちゃん。
 何はともあれ、そこいらの小火器なんか話にならない凶器を片手にヒーローチャオと面を合わせる。
 昨日対峙した時は恐怖しまくった相手だと言うのに、黒髭よろしく樽みたいなもの詰めにされて、樽では無く口にナイフ以上のブツをぶっ刺されているのだから、恐怖する筈がない。
「……同情します」
「ふんっ、貴様に情けをかけられる覚えはない。昨日私に向けてこっ恥ずかしい啖呵を切った者と同じとは思えぬわああああああああ」
 なんか聞き捨てならない事を言われた気がしたから口を塞いでやった。ざまみろ。
「うわぁ、やりおったー。この事務所ったらどんどんドSな女の子が増えうんだばだああああああああああ」
 なんか聞き捨てならない事を言ったヤイバがいたからヒカルがやってしまった為、ヤイバが必至こいてマヨをちゅーすこした。それを尻目に、私は血より以下略をヒーローチャオの口に詰め込む作業に没頭した。
 悔しいけど、楽しかった。


「なんだって?」
 所長から疑問の声が漏れる。
 あれから数十分ほど鍋パーティを継続していたのだが、とうとう我慢の限界を超えてしまったのかヒーローチャオは泣きながら情報を話し始めるに至った。その様がまるで隠し事を渋々話す子供のようで、やっぱり同情してしまう。
「だから、この事務所の地下にあるあの装置はただの失敗作なんだと言っているんだ」
「え? え? 何の話?」
 何を言っているのかわからない、という顔をしているヒカルとヤイバ。
「空想再現装置って奴。この事務所の地下にあるんだけど」
「ちょっと、なんであんただけ知ってるのよ?」
「そうだぞテメー、知ってんならはよ言えやコラ」
「ちょ、僕だって昨日知ったばっかめだああああああああああ」
 本人の都合はお構い無しと、二人は容赦なくカズマの口にアレをぶち込む。本人には悪いけど、こっちに被害が飛ばなくて安心した。
「あれ、ハルミちゃんは知ってたの?」
「はい、リムさんに教えてもらいました」
 そう言うハルミちゃんの顔を見ながら、あれの危険度ちゃんと認知してるのかなぁと疑問に思う。というより、所長が隠せって言ってるのに長い付き合いのリムさんすらバラすって。
「なんであれが失敗作なんですか?」
 怪訝そうな顔で問い詰めるリムさん。だが私はその様を怪訝に思うしかなかった。だって彼女、アレ食ってるんだもん。マジで食ってるんだもん。大丈夫なのあの人。いろいろと。
「あいつは元々、BAL用の人工チャオに能力を付加させる装置の応用なんだ。まだ我々の組織が「BATTLE A-LIFE」だった頃に、人工ではないチャオや、あわよくば人間にも能力を付加させられないかという狂った発想さ」
 その辺りについては、所長自身からも聞いた。望んだ力を手にする事ができる悪魔の兵器というフレーズが、私の頭に残っている。
「なんで失敗作なんだ?」
 リムさんと同じ質問を所長が繰り返す。それに文句を言うほど舌に余裕がないらしく、ヒーローチャオは大人しく続きを話す。
「簡単な話だ。能力の付加に成功しなかったんだよ。これまで通り人工チャオには能力を付加できたが、普通の人間やチャオにはできなかった。組織全員を装置の実験台にし、更には一般市民をも誘拐して試したが、成功したのはその中の一人や二人程度だった。成功例と失敗例の違いもわからず、結局装置は失敗作として放置された」
「ふーん」
 と、私は特に重要そうとも感じずに話を聞いていた。カズマ達や他の面々もそういった表情をしていて、思う所は同じだった。結局自分達には関係のない装置なんだなーと。

 だが、ある三人の反応は大いに違った。
「……おい、そいつは確かなのか?」
 所長の、いつになく低い声が部屋に響く。
「ああ、そうだが……何か問題でもあるのか?」
 ようやく辛味が抜け始めたのか、少し余裕のある表情を見せるヒーローチャオ。
「本当に間違いはない? よく思い出して」
「一体なんだ? 確かにあれは失敗作だ」
「嘘は言ってませんか? ちなみにまだまだ残ってますよ」
「お、おいやめろ! 嘘は言ってない! あれはただのガラクタだ、本当だ!」
 パウとリムさんに迫られ、その表情からまたも余裕が失われ必死になるヒーローチャオ。私達がその様子を怪訝に思っているのをよそに、所長達は顔を見合わせる。

「……そうか」
 所長はその一言だけ言って、部屋から出ようとした。二人はそれを引き止める。
「ゼロさん、違います。私達はっ」
「いや。こいつの言葉は嘘じゃない。これが本当なら……きっとそういう事なんだろう」
「ゼロ、偶然だ。きっと僕達は」
「やめろ、パウ」
「でもっ!」
「言いたい事はわかる。だが「BATTLE A-LIFE」のかつての組織人口は知っているだろう。……こんなところに、偶然の産物が三つも集まる筈がない」
 そんな意味深な言葉を残して。
 所長は、部屋を後にした。
「ゼロっ!」
 それを追いかけるパウとリムさんも部屋を出て行き、部屋は静まり返った。
 残された私達は、顔を見合わせる。
「ねぇカズマ、何の話かぜんっぜんわかんないんだけど」
「僕にだってわかんないよ。昨日聞いたばっかだって言ったじゃん」
「ミキ、何か知らない?」
「何も」
 状況に付いて行けないまま、一同が溜息を吐いた。
 ――一人を除いて。
 私がそれに気付いたのは、その一人があまりにも思いつめたような顔をしていたからだった。
「ハルミちゃん?」
「へっ?」
 私の呼ぶ声に、ハルミちゃんは目に見えて驚く素振りをした。一同の視線がハルミちゃん一人に集中し、当の本人は慌てふためく。
「ハルミ、何か知ってるの?」
「あの、その、別に何もっ」
「何もって言われても……どう見ても何か知ってるようにしか」
「そ、そんなぁ」
「そんなぁと言われてもね」
 カズマがつき、ヒカルがこねしハルミ餅。立つがままに食うがヤイバ。
 ……いや、別にそれがどうしたとか言われてほしいのではないが、なんか状況的にそんな感じになったので思わず。とりあえずつかれてこねられて、ハルミちゃんはどんどんと挙動不審になっていく。
「……言えません」
 仕舞いには、顔を俯かせて弱々しく一言放った。
「あの人達があんな様子じゃ、勝手に教えちゃいけない……そう思うから」
「……ああ」
 誰の声かは小さくてよくわからなかったけど、私達はそんな弱い納得の声に同調せざるを得なかった。
 あそこまで思い詰めた様子の三人を見てしまえば、そっとしておくべきだとも思う。お節介な心を先行させて、他人の心に土足で踏み込んで荒らしてはいけない。この場の全員は、そう考えた。
 勿論、私も最初はそう考えて、追及する事をやめようとした。他の面々の沈んだような表情を見回しながら。
 だが私は、その中の一人の無表情な顔を見た途端にその考えを改めた。


 ――あの人は、そういう人。


 逸早く決断し、私は真っ先に部屋の外へと向かう。
「ユリ、どこに行くの?」
 ヒカルの呼び止める声に、私は迷い無く返した。
「本人達に聞いてくる」
「だ、だめですよっ。そんな事しちゃ」
 当然、真っ先にそれを止めさせようとしたのはハルミちゃんだった。彼女の良心が、顔にまで浮き出ている。
 私は努めて笑顔を作った。
「大丈夫。このまま黙り続けるあの人達じゃないから」
「ユリ、今回ばかりはよそう。あの様子は普通じゃない。俺達もあんな姿は見た事がない」
「ヤイバ、もしあれが本当にあの人達の思い詰めた様子なら、それは私達に弱味を見せたって事だ」
「……弱味?」
「そう。つまり私達を信頼してるから、あの場面で所長としての面子を保たなかった。それなら私達のする事は、孤立無援なあの人達に手を差し伸べる事」
 口から思い付きの、しかし確信のある出任せを喋り倒し。
 保険を得るべく、彼女の声を聞く。
「そうでしょ、ミキ?」
 声は無く。
 しかし彼女は、その首を縦に振ってくれた。


「お、おい! 貴様らどこへ行く! いい加減に解放しろ!」
 努めて無視した。

このページについて
掲載日
2010年10月10日
ページ番号
16 / 18
この作品について
タイトル
小説事務所 「can't代 Therefore壊」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2010年6月12日
最終掲載
2010年10月15日
連載期間
約4ヵ月6日