No.12

 ――っ。
 心拍が安定しない。
 耳鳴りが収まらない。
 現実が視界に戻ってこない。
 要約すると、ヤバい。
 唐突に大きな負担をかけられてしまった体が悲鳴をあげている。
 強烈なGに襲われた見えない傷跡は、確かに私の体を蝕んでいる。
 目に見える光景は、すでに数秒前のそれではない。

 奇跡の魔法。それが私に見えたものは、まずは背を合わせた二人のチャオだった。


「……いつ、解禁した?」
 名は体を表すとはよく言うが、彼に至っては違う。己がシャドウチャオであるから、彼は身勝手に名乗る。
 シャドウ、と。
 正体不明の援軍は――ひょっとしたらとは思っていたけど――夕暮れに帰路を共にした彼だった。
「先週くらいかなー。よく覚えとらん」
「何故今更」
「お前がそろそろいいんじゃないかって言ったんだろう? お兄サマの意見を取り入れた殊勝な弟クンを少しは褒めてくれよ」
 嗜むように世間話をする彼らを、じりじりと包囲していくのは人間達だった、二人の傍らで膝を付いている私も巻き添えだ。
「鈍ってはいないだろうな」
「安心しろ。チュートリアルは二回もしない」
 絶体絶命。彼らはそんな四字熟語を知らないのかと、私は戦慄する体を抑える。立ち上がろうにも、動いたら撃たれる気がする。
 そして敵は、狙いを定める。
「……良いだろう」
 だが彼らは、心の底から平静を崩さない。
「来いよ」
 所長の挑発が、彼らの引き金となった。
「撃てぇ!」

 だが、風向きは彼らに味方をしない。
 私の耳を劈いたのは、銃声ではなく風の音だった。
 流石にこれには、私も目を疑わざるを得ない。
 目に見えるほど強い風が、私達の周りを駆け抜け壁を形成している。銃弾は全てそれに弾かれ、あろうことか別の敵に当たっていた。
「バカ、やめろ! 射撃中止!」
 銃が効かない事を知った一人が叫び、銃弾の雨が止んだ。
 二人がそれを見計らったように動き出した。いや、飛び出したというべきか。それとも……消えた、というべきか。
 気付いた時には、二人はすでに一人ずつ敵を無力化していた。何をしたのかは、全くわからない。
「う、撃て!」
「どっちだよ!?」
「構わん! 撃つん――」
 その口を塞いだのはシャドウ。これまた何をしたのかわからないが、敵は気絶したかのように見える。
「いいな、それ。くれよ」
「お前に似合うのは刀くらいのものだろう」
「生憎と、最近は柄も握っちゃいないんだ」
 その言葉に鼻で笑って、シャドウはそれを所長に投げた。警棒タイプのスタンロッドだ。
「お前も使え」
「えっ」
 なんか言おうとした時には、私にもそれが投げ渡された。落としそうになりながらもなんとかキャッチ。シャドウを見ると、彼は手ぶらだった。
「い、良いんですか?」
「運が良ければ死ぬ程度の殺傷能力に改造してある」
 誰が良い攻撃力だって聞いたよ。
 だが彼はナイフを持って飛びかかった敵の腹に、深く掌底を打ち込んだ。それを受けた敵は脆く崩れる。全然問題なさそう。
 私はもう何が何やらと戦闘中に突っ立っているばかりだった。聞こえてくる通信の声もあまり聞こえな――あ、爆発音。

『メイデイメイデイ! くそっ、落ちる! 制御不能!』
『落ち着け、エイライダー4! 早くベイルアウトしろ!』
『駄目だ、射出装置がいかれてる。座席が飛ばない! 落下地点にいる奴は退避しろ!』

 ……いやなよかんがした。
 流れ星を探すように空を仰ぐと、まるで不死鳥にジョブチェンジしたように見える戦闘機がこっちに迫ってきた。何かお願い事しようかしら。でも考える余裕はあんまりなかった。
 あいつ、事故ってる。
 逃げようと思ったけど、足が動かない。
 やべ、事故る。
 その可能性を認識してから、やっと足が動いた。
 ぶっちゃけ、もう遅い。
 あ、願い事できた。でも、これじゃもう駄目だよなぁ。
 私は落ちてくる戦闘機が近付いてきたのを水が受け止めるのを見た。

 ……あれ。おかしくね?

 ちょっと目を擦ってみた。
 戦闘機を水が受け止めていた。
 もうちょっと目を擦ってみた。
 大きな水の塊が戦闘機を受け止めていた。
 あともうちょっとだけ目を擦ってみた。
 リムさんがいた。

「……え?」
 願い事、叶っちゃった。まだお願いしてもいないのに。
「エアライダー4、聞こえますか? 脱出できるようなら、今のうちに急いでください。泳げますよね?」
『……あ、ああ。助かった。救援に感謝する』
 信じられない。彼の声色がそう言っていた事が、誰にも明らかだった。
『お、おい。ひょっとして、これって落ちても安全じゃないのか?』
「落ちるなら、私の目の届く範囲でお願いしますね。あと空中爆発は対応しきれませんので、お忘れなく」
『は、ははは……よし、背水の陣だ! 各員、フラれる事なんか気にせず、どんどんミサイルをプレゼントしてやれ!』
『エアライダー3、了解だ! うおらぁ、おいらの愛の結晶を受け取れぇ!』
 耳に聞こえる歓声は、味方の士気が上がっている事が容易にわかる。これも、奇跡の魔法が成せる技なのか。
 ……魔法、なのか?
「ユリさん、ぼーっとしちゃダメです! 後ろから攻撃されてますよ!」
 その声に我に返った私は、スイッチが入ったように反射的に振り返った。そこにあったものは、銃弾を防ぐ水の壁だ。
「い、いつの間に……」
 もう、笑う暇もなかった。
 不思議の国も頭を傾げる、驚くべき現実だ。

『ユリ!』
 もはや茫然としかしていられない私の元に、カズマからの呼び掛けが入る。
「ああ、はい。聞こえる」
『空中管制機とのデータリンクから、敵の戦力を計測してみた。ここにもし所長さん達がいなかったら、この戦力差は覆らない。元々は二勢力の紛争が、こっちにも牙を剥き始めて状況も混迷してる』
 疑いようの無い事実に、私も声無く頷いた。
『そして、所長さん達が頑張っている今も苦しい事に変わりはない。士気は上がったけど、敵の数が多くて対応しきれないんだ。だから、今からこの状況を打開する』
「どうやって?」
『この規模の敵勢力だから、相手側にも空中管制機がある筈だ。それと通信を密にしている敵拠点を探し出して、そこから相手の電子機器を全てダウンさせるんだ。その為には、中継のユリにその地点まで向かってもらわなくちゃならない』
「できるの、そんな事?」
 私の不安の言葉に、返ってくるのは密かな笑い声。
『こっちの台詞だよ。僕は大丈夫だから。ユリは、大丈夫?』
 大丈夫だ、とは胸を張って言えないだろう。
 さっきから、手の震えが止まらない。大して走り回ってもいないのに足も恐怖で大笑いしている。
 逃げ出したい。その気持ちは、ここに来る前からずっとあって、ここに来て今もなお膨らみ続けている。
 なのに、何故だろう。私の足は、全てを振り切って走り去ろうとしない。私の心は、逃げ出そうとしない。今にも崩れそうなのに、壊れそうなのに、泣き出しそうなのに、何もかもを押し留めて。
 所長達も戦っている。GUNも戦っている。ならば全てを任せてもいい筈だ。私にはそうするくらいの事もできるし、してもいいとも言われている。それでも私は、それらを全て断った。
 その心は?

 私のプライドそのものだった。
「ここまで来たら、もう引き下がらない」
 私の精一杯の強がりは、この戦場に力強く響き渡った。
『オッケー、信じるよ。先生、手は空いてる?』
『ごめんなさい、負傷者が多すぎるの。私もフウライボウもそっちには行けない』
 ミスティさんのその報告は、今の状況が確かに不利である事も含まれていた。カズマも自然と舌打ちが漏れる。このままでは戦況を覆すなんて難しい。
『話は聞いたぜ、お嬢さん』
 だが、それに応えたのは、私の知らない、私と同じように吐きだした力強い声。
『こっちだ、後ろだよ!』
 振り返ると、そこには軍服に身を包んだ人間が二人と、チャオが一人だった。GUNの兵士達だ。こっちだと手を振る彼らの元へと大急ぎで走り寄る。
「人手が足りないみたいだな。ここは一つ、我々がエスコートしよう」
「はっ、どの口が言うんだ。俺らの部隊が一番役に立ってないだけだろうが」
「おいやめろ馬鹿、そういう事は言うな。査定に響く」
 彼らの緊迫感のない態度と笑顔が、今は心に安らぐ余地を与えてくれる。
「あの、ご協力ありがとうございます!」
「良いってことよ。暇な事に変わりはないからな」
「だから言うな……っと、自己紹介がまだだったな。私が部隊長だ。マスカットと呼んでくれ」
 大柄で気の良さそうな黒人男性と、私は握手を交わす。
「ユリだったか? 俺はホーネットだ。後ろは俺が守ってやるからな」
「アースだ。今夜限りの付き合いだが、よろしく頼む」
 部隊長より幾許か小柄な男と、ニュートラルチカラタイプのチャオの気軽な敬礼に、私も同じように返した。
「よし。こちらアルファチーム! これより中継を護衛し、敵陣へと突入する! 事務所本部、位置を指定してくれ!」
『了解! アルファチーム、そこからちょうど南の方角に大型車両の反応がある。そこの電波強度が強いから、恐らくはそこだ。どちらの陣営かはわからないけど、まずはそこからだ。ウチの新入りをよろしく頼むよ』
「南だな、了解した! 任せてくれ」
「おい見ろ、今日は満月じゃないか」
 通信を聞きながら徐に空を見上げたアースが空を指差した。そこにはちょうど天高く光り輝く満月があった。いつの間にか日付の変わる時間帯になっていたらしい。夜更かし続きの私には見慣れたようで、でもいつもと違う空だった。
「俺、こないだ日本人の友達に聞いたんだけどよ。日本に、月ではウサギが餅をついてるって話があるんだとさ」
「あぁ、ありますね。私、日本人気質ですからよく知ってますよ。月の模様がそれに似てるらしいです」
「なんだと? 全然そうは見えないんだが」
「餅か……。なぁ、この作戦が終わった後の酒のつまみは餅にしないか?」
「おお、それいいな。賛成だ」
「全く、お前達と来たら。まずはこの戦いに勝って、生きて帰る事が先決だ。いいな」
 私達が首を縦に振るタイミングは、寸分も違わなかった。

このページについて
掲載日
2010年10月7日
ページ番号
14 / 18
この作品について
タイトル
小説事務所 「can't代 Therefore壊」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2010年6月12日
最終掲載
2010年10月15日
連載期間
約4ヵ月6日