No.9

『ゼロから各員へ。みんな聞こえてるな?』
 カチューシャから、所長の点呼が聞こえてくる。
『こちらパウ、よく聞こえ――っと、訂正。風の音が強くて聞き取りづらいけど、大丈夫』
 風を切るような音と共に、パウの声が聞こえてくる。
『こちらヤイバ、アイスクリームがまだまだおいしい時期です』
 うおーつめてーの悲鳴(?)混じりに、ヤイバの声が聞こえてくる。

 私は一度、目を瞑った。
 息を大きく吸い込み、そして吐き出す。呼吸を整え、手にした物騒な銃器――対物ライフルを今一度握りなおし。
「こちらユリ。良い眺めですよ」
 ここステーションスクエアとどこかを繋ぐルート325。その目下に広がる海を見渡して、私は応答した。


 この『仕事』は、実は私が休暇という名の怠慢な日々を過ごしていた時からすでに行っていたものらしい。
 内容を単純に言ってしまえば「提供する情報と引き換えに依頼者を護衛する」と言ったものだ。
 謎に包まれた秘書の仕事を任せて事務所を出たヤイバ。そして迷子の捜索を任せてデートに出かけた所長。どうやらお相手は、パウと依頼者を追いかけまわしている裏組織さんらしい。
 今回私がする事は一つ。
 ルート325を通って逃げてくるパウと依頼者。それを追ってくる車両を狙い撃つ事だ。
 ……明らかに私のする事じゃない。
 しかし所長は、そんな私の意見を軽く聞き流して「いいからやれ」という台詞と共に、どこからともなく取り出した対物ライフルを私に押し付けた。
 私がミスをしたらどうするんだろうとか、失敗した時の保険はあるんだろうかとか、私の心の中にはもはや不安しか見当たらないが、それを押し殺して325の向こう側をじっと睨みつける。


『こちらカズマ。レーダーは正常に動作。全員の位置の把握もできてるよ』
 唯一事務所で待機をしていたカズマが応答する声。
 今回私が対物ライフルを握る事よりも驚いた事が一つ。カズマは一流のハッカーであるという事だ。
 誰から教わったのかは知らないが、昔から暇があっては、あの人の知られたくない甘い秘密から、あの人の今日の夕食の献立まで、覗きに覗きまくってた時期があったらしい。
 つまり彼はパウと並んで、メカには非常に強いのだ。ただの爆弾魔の印象しかなかった私には、十分なインパクトだった。
『パウと依頼者がルート325を逃走中。ユリ、もうすぐ射程圏内に入ると思うから、準備して』
「はいはい……」
 緊張で強張っても仕方ない。そう判断した私は、それなりに気だるい声で何でもない体を示した。
『車両は五台。とりあえず、先頭を走る車のフロントガラスなりタイヤなりを狙えば足止めが出来る筈だから――』
『ぁうわっ、やっぱり落ちるって! 早くギアチェンジしてよ!』
 カズマのアドバイスに割って入ったパウの叫び。聞くだけでは一体どういう状況かよくわからない。落ちるってなんだろう? 一体何に乗って逃げているんだろうか。
 風を切る音に混じって、銃声まで聞こえてきた。どうも切羽詰まった状況である事だけはよくわかる。私に圧し掛かるプレッシャーも少しずつ大きくなってきた。再び深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
 私が今いる位置は、ルート325の終わり際の道路のど真ん中。私が先頭車両を狙撃した後、すぐにパウと依頼者が私を回収するという一連の流れを完遂するのにはちょうどいいポジションだ。
 ただ、道路のほぼ正面から狙撃をするような形になるが為に、タイヤを狙うなんて芸当はできないと思っていい。狙いはフロントガラスだ。これで運良く先頭車両が崩れてくれればいいのだが、果たして。
『ユリ』
 所長の声が聞こえたのは、そんな時だ。
『難しく考えなくていい。狙って撃つだけの簡単な仕事だ。パウ達ならお前の弾ぐらいは避けるし、弾は一発じゃない。反動こそデカい銃だが、まぁ気楽に狙え』
「……わかりました」
 私が返事をするのとスコープに車両が映りだしたのは、ほぼ同時だった。
『全く、よく言うよ。こっちも必死なのに……。ユリ、今回の依頼者はウチのお得意様だから。プレッシャーをかけるようで悪いけど、誤射だけは勘弁してね』
『一発だけならなんとやら、とかいうよな。期待してるぞ』
「安心してください。私にそんな芸当はできませんから」
 パウの心配そうな声と、ヤイバの野次を飛ばす声に、適当な声を返す。
 別に間違った事は言っていない。五台の車両から逃げている依頼者の姿というのは、同じように車に乗っている訳ではない。かなりのスピードが出ているので確認が取り辛いが、スケボーじみた何かに乗って逃げているように見える。その依頼者の肩にしがみ付くパウと、依頼者の背負ったリュックの中に一匹のチャオが見えた。イマイチわかりにくいが、どうやらオヨギチャオらしい。あれも依頼者なんだろうか。
 とりあえず、まかり間違っても私がそっちに向けて当てる事はない。

『ユリ、そろそろ』
 カズマの促すような声を聞き、改めて先頭車両に照準を合わせる。
 追手らしき車両達は、それはもう綺麗に並走していて狙い易い。後ろから警察車両も後を追っているのが見えるが、この際だから配慮なんてしなくていいだろう。
 もう一度、対物ライフルをしっかりと握りしめて先頭車両のフロントガラスを狙う。おそらくは防弾車だったりするんだろうが、所長は「どうせEN-B7だから平気だ」と言った。何の事が全然わからないけど、確かにこのデカブツならあの程度は簡単に壊せそうだ。
 予測射線だとか、風速による修正だとか、そんな細かな事はわからないけど、あれくらいなら十分に当てる事ができる。
 知識も経験もないならば、この場でモノを言うのは唯一つ。パラメーターでも測れない、私の勘だけだ。何となく、あー当たるかもしれないなーと思った時に、こいつの引き金を引けば良いだけだ。
 あ、ほら、このタイミングとか当たりそうよ――あれ。

 もう、引いてた。


『命中!』
 そう報告したのは、私ではなくヤイバだった。
 後ろを振り返って、数多く並び立つビル群のあちこちを見回した。どこかで双眼鏡片手に、アイスでも食べながら見ていたんだろうか。ここからではわからない。
『先頭車両が体勢を崩して横転! それに巻き込まれた二台もストップ!』
『ユリ!』
 次いで叫んだパウの声に反応し、私は再び振り返った。人影が、私目掛けて突っ込んでくる。
 なにこれ、避けるべき?
 悩んだ頃には、私はその人に掴まれていた。
「うぅわっ!」
 対物ライフルを置き去りにして、私は風にさらわれた。
「回収成功!」
 知らない女の人の声が、そう告げた。
「ユリの回収に成功!」
『オッケー、確認した』
『こっちも確認完了。ユリ、お疲れ様』
 パウの報告に続き、ヤイバ、カズマの確認を経て、私の仕事は完了したらしい。私が狙撃に成功した事すら実感が湧いてないのに、展開が早くて困る。
 とりあえず状況を整理する為に、私は顔をあげる。そこにはゴーグルを装着したセミショートの髪の人が、肩にパウを乗せて――というか、しがみ付かせて――得意気な笑顔をしていた。
「パウ、この人が?」
「あなたは初めましてだね。でも、自己紹介は後で」
 変わりに返事をしたのは、私を抱えた女の人だった。情報提供者と聞いてたからそれなりの歳かなと思っていたが、予想に反してかなり若い。高校生、いや下手をすればまだ中学生くらいに見える。少なくとも、少女と呼んで差し支えない。
 下を見てみる。少女が乗っているそれは、やはりスケボーのようなものだった。しかしそれにはタイヤが付いておらず、低く宙に浮いて進む、茶色や緑と言った自然に溶け込むようなボードだった。
 エクストリームギアだ。古い技術と噂のそれを、現代社会が見つけ出して世に送り出した機械。風を捉え、颯と走る不思議な板っきれ。
 しかしまぁ、速い。このスピードの中、ずっと肩にしがみ付いていたパウはお気の毒としか言えない。視線だけでそう言ってみたが、パウは気付きはしなかった。
「ミスティ、来た!」
 少女の背中からまた声が聞こえた。さっきうっすらと確認したリュックの中のオヨギチャオだろうか。ここからだと確認ができない。
『まだ追手の車両は二台残ってる。先輩、どうする?』
『カズマ、目標地点周辺の状況はどうだ?』
『今のところ問題はないよ。ヒカル達の市民誘導は終わってるみたい。ジャンプ台と即席の隔壁も設置完了』
 どうやら別の場所でヒカル達も動いていたらしい。どうせなら私も裏方にいたかったのだが。覚えてたら所長に文句を言っておこう。
『よし、そのまま目標地点まで追手を誘導しろ。それとカズマ、パトカーへの連絡は――』
『もう回線には割り込んだよ。今から手短に作戦を説明する』
『よし、盤石だな。各員作戦通りに』
 私には何が何だかわからぬままに、勝手に話が終わってしまった。私にだけ詳細を話さないとは、やっぱり新入所員扱いなんだなと再認識させられる。
「ミスティさん、僕の言う道を通ってください。ジャンプ台が用意してあります」
「オッケー、一発勝負だね。楽しくなってきた」
 本当に楽しそうな声と表情を見せる、ミスティと呼ばれた少女。この状況を楽しむだなんて、並の神経じゃない事はよくわかる。
 しかし、ミスティか。どこかで聞いたような名前の気がする。一体なんだったっけ。確かパウ辺りに教えてもらった気が――。
「左!」
 私の思考を吹き飛ばすように、勢いよく交差点という名の90度コーナーを曲がる。これはのんびり考え事なんてしてられない。
「このままステーションエリアとシティホールエリア間の道路まで!」
 その言葉に応えるように、ギアは風の唸り声をあげて加速し出した。
『追手もしっかり食いついてきてる。パトカーは徐々に減速中』
『目標地点までは、次の分岐を右。後は先生に任せるよ』
 ヤイバとカズマの報告が終わり、途端に静かになったような錯覚を覚える。
 周りはこれだけ風の切る音や車の音でうるさいのに、まるで世界が何かを待ち望むかのような静けさだ。と、私の詩的センスが訴える。
 もうすぐ分岐点だ。あそこを右に曲がって、ミスティさんが勢い良く跳ぶ。華麗に着地した頃には、全てが終わっているという手筈なのだろう。
「右!」
 枝分かれした70度コーナーを余裕を持って曲がり、ミスティさんはその先を見据える。私もその視線を追うと、そこには予定通りのジャンプ台。ちょうど追ってくる車両の半分もないサイズだ。小さい。だけど、この人は十分だという確信の顔で、そのジャンプ台へと飛び込む。
 体勢は低く。後ろから聞こえる車の爆音なんて、もう気にしてなんかいられない。目の前に用意された壁を跳び越えれば、私達の勝ちなのだから。

 そしてボードは、ジャンプ台をカタパルトにして空へと舞い上がった。


 ――World Together

 世界を知りたい。
 風の赴くまま。心の赴くまま。
 私達は、世界に秘められた可能性を求める旅人だ。


 私がそのフレーズを思い出したのは、ミスティさんが勢いよく空中でトリックを決めた時だった。


 ・


 ・


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 黒服に身を包んだ如何にもな連中は、ヒカル達が用意した隔壁に車ごと突っ込んだ。
 カズマから予め作戦を伝えられた警察はその手前で安全に停止。動けなくなった黒服達を見事に逮捕。
 即席で作った隔壁では止め切れずに逃がしてしまうかもしれない可能性があった車両は、私の狙撃により見事に停止させる事に成功。
 こうして誰一人逃がす事無く、この場の敵勢力を全て捕らえる事に成功したのだった、まる。

「……で、所長はどこにいたんですか?」
 手にした拳銃を持て余したように回す所長に、私は思い出したように問いただしてみた。
 私が狙撃、カズマとヤイバは状況把握、その他はジャンプ台と隔壁の設置と市民の誘導。唯一所長が何もしてなかったと思うが。
「ああ、一応お前が狙撃をミスった時の保険として別の地点で待機してた。結局はお前が見事に成功したから、司令官としての責務を全うしたわけだ、と」
 結局保健はあったわけだ。しかしそうすると、私があのポジションにいた事にますます意味がなくなる。それについて言及してみると。
「そりゃあお前、新入所員ならどれくらい仕事できるが測るのは当たり前だろう」
「……はぁ」
 返す言葉はそれしかなかった。あんな重要人物の護衛を、私の力試しに使うとは。やはり私はとんでもない修羅場をくぐってしまったようだ。
「まぁ、上出来っちゃ上出来だな。予想以上に良い結果を出してくれたよ、お前は」
 そんな所長の褒め言葉に、私は曖昧な笑顔しか返せない。もしかして、失敗とかした方が今後の事務所生活は安泰になっていたんじゃなかろうか。私はそんな可能性に思い至り、しかしなるべく考えないようにした。

「おーい、所長さーん」
 警察の協力を得て、用意した隔壁の処理を行っている場所から声が聞こえてきた。
 その声の主がこちらへと走ってくる。さっきのミスティさんだ。
「どうも、お疲れさん」
「こちらこそね。おかげで助かったわ」
 ミスティさんはゴーグルを外し、背中のリュックの中のオヨギチャオを降ろす。
 二人の顔を交互に見つめ、私の記憶の中の顔と照らし合わせる。間違いない。私達は大した有名人の護衛をしていたようだ。
「やっぱり。ミスティ・レイクさんと、フウライボウさんですね?」
「うん! 初めまして、ミスティよ」
「初めまして、フウライボウです」
 知る人ぞ知る著名な小説家であるミスティ・レイクと、世界で最初のチャオの旅人、フウライボウ。
 世界を駆け巡る二人と、私は握手を交わした。


 作戦開始から、三分足らずの長い戦いだった。

このページについて
掲載日
2010年9月15日
ページ番号
11 / 18
この作品について
タイトル
小説事務所 「can't代 Therefore壊」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2010年6月12日
最終掲載
2010年10月15日
連載期間
約4ヵ月6日