No.7

 今更だが。
 この事務所は木造建築二階建て、空気を読まないこじんまりした事務所だ。四角形に三角形の屋根を被せ、絵に描いたような構図をしている。ステーションスクエアの石造りのビル群にケンカ売ってると言っても過言ではない。
 そんな形だから、普通の人は誰も地下があるなんて想像しない。私も最初はそう思っていた。
 パウの自室とも言える研究室も、メカメカしいメカが沢山必要だから必然的に地下にスペースを取る。今じゃ錆でも付いてそうなほど仕事してないだろうけど。
 ただ、それより深い地下の存在は想像した事もなかった。
 空気を読まない木造建築の事務所の中の、更に空気を読まない鉄の扉がある書庫は、事務所の大体後ろの端っこ。これらが示す事は、鉄の扉の通じる先が外か、もしくは地下である可能性。裏口の扉は確か無かった筈だから、多分地下だ。
 しかしそれより、当面の問題が一つある。


「……どうやって開けよう」


 この扉、実に頑固物であると思う。だってお前、鍵かかってて鉄でできてんだぜ。これが頑固じゃないならなんだよ。にゃんこか? まごにゃんこか? ひまごにゃんこか?
 ……冗談はさておき、まずは鍵を探さないといけないだろう。しかし残念な事に、私は探し物というのが非常に苦手だ。今日の迷子探しが良い前例であると思う。
 ひょっとしたら誰かが鍵の在り処を知ってるかもしれない。多分、この事務所の古株である所長・パウ・リムさんの三人組がだ。しかし、それを聞くのは恐らく不可能だろう。
 わざわざ重い本棚の後ろに封印された鉄の扉だ。それを「鍵クダサイ」とか言ってお願いしても一つ返事で門前払いされるに違いない。いや、ひょっとしたら寛大な心で許してくれるかもしれないが、ここはリスクを犯すべきではない。ここが封印されたら、また全部振り出しだ。なるべく秘密裏に行きたい。
 とすると、やっぱり鍵を探さないといけない事になる。誰にも不審に思われずに、迅速に鍵を見つけ出さないといけない。いや、絶対無理だ。そんな自信は有りはしない。
 とすると、別の方法で開けるしかない。爆破? いやいやそんなセンスのない事はしたくない。どこぞの問題児じゃないんだし。それにやかましいし。でも私にはピッキング経験なんてない。
 どんどんと消去法で可能性を模索している内に、私が消去しているのは可能性そのものである事に気付き始める。
「いやだあああ」
 思わず叫んでしまった。万事休すか。


「あ、そのカチューシャ可愛い」
「うぇえあぁ」
 本日二度目、背後に誰か立っていた。奇声も発してしまった。本当に終わってしまったかと思った。
「か、カズマ?」
 どこぞの問題児だった。私と同じ見た目、ソニックチャオ。所長と違って眼鏡も白い帽子もない、至って普通の容姿。小説事務所第二のソニックチャオ。
 背後にいきなり声を出されたうえ、この白いリボン付きカチューシャの事を触れられた事が重なってすこぶる驚いた。どうしてくれる。
「ねぇねぇ、こんなとこで何してんの? 何その扉?」
「え、あ、その、うーん、ぐーぜん……そう、偶然見つけたの、これ」
 マズい。なんて説明すればいいのか全然わからない。
「ふーん……じゃあ、ここかな?」
「え、ここかなって何が?」
「いや、ミキが見当たらなくってさー。見なかった?」
 私は普段から見てないから聞かれても困る。……朝方の出来事を思い出したのは、そう言おうとした時だった。
 そういえば、珍しい事に仕事の呼び出しをしてきたのはミキだった。いや、その前に仕事が珍しいんだけども。
 いつもはミキに呼ばれる事なんて全然無い。というか、他の所員達も多分同じなんじゃないかと思う。人工チャオとしての存在を裏付ける程に椅子から動かず、ずっと何かしらの本を読んでいるわけだ。そんな姿を毎日見せられれば、声を掛けられる事だって夢に思わない。
 そのミキが、わざわざ事務所の隅っこで何かしてた私の所までやってきた。これはすこぶる珍しい事だと言えよう。
「朝に、ここで会ったけど」
 珍しい事だらけの事を頭の中で整理し結論付けをし終えた私は、そうカズマに答えたのだった、まる。
「本当? じゃあ、ここかな」
「あ、そこ開かないから——」
 言うより早くカズマはドアノブに手を伸ばし、捻っていた。

 ガチャ——

 開いた。
「開いたけど」
 私の中の思考とカズマの言葉は、私の頭の中で同時に響いた。
「……確かに、閉まってた筈なんだけど」
「ミキが開けたんじゃないの? ここで会ったんでしょ?」
 確かに、私が最後にミキに会ったのはここだ。だが、それは私に用があっての事で、ここに居合わせた事は偶然だ。
 いや、逆かもしれない。たまたまこの部屋に用があってやってきただけで、私への用件の方がそのついでだったとか。でも、この部屋に一体どんな用があると言うんだろう。さっぱりわからない。
「何してんのー? 先に行くよー」
 しかしカズマは、何も考えずに既に扉の向こう側へと足を踏み入れていた。
「え、ちょっと待ってって」
「考えただけじゃ、わかるわけないじゃん。見る・聞く。これが仕事の基本だよ」
 ま、ここ探偵事務所じゃないけど。そう付け足して、扉の向こうの闇に消えてしまった。

 ……ミル、キク、か。

「なるほどね」
 本を「見て」はいるんだろうけど、人の話は「聞いて」いるんだろうか。
 なんとなくだけど、そんなどうでもいい事が気になった。


「扉ってダメだなぁ」
「何が?」
 何気無い愚痴に、カズマが反応を示す。
「いや、別に。ただの独り言」
 最近思い出す事と言えば、初仕事の出来事ばっかりだ。
 だからついつい些細な事まで思い出してしまう。ボロボロな山荘に申し訳程度に備え付けられた玄関の扉とかがそれだ。あいつを粉々に踏み潰してやった感覚が鮮明に思い出される。
 何故か? ……この降り階段が予想以上に長いと、私の足がクレームをつけてくるのだ。


 私の予想通り、扉の向こう側には地下に続く階段があった。
 暗いながらも一応足元は見える照明もあり、問題無く降る事はできているのだが、そもそも階段というチョイスが間違っている。ここでエレベーターを選ばないとは、設計者の顔をブン殴ってやりたい。どこぞの大病院並の段数だぞ、これは。
「本当にこんなところにいるかな」
 不動の人工生命体、ミキ。よっぽどの事が無い限りは置物と呼ぶに相応しい彼女が、こんなところにやってくる理由。やはり私には想像がつかない。
「こんなところだからやってきた。そういう考え方はできないのかな?」
 そんな私の考えを一蹴するように、カズマはそう言ってみせた。
「どういう事?」
「確かによっぽどの事が無い限りミキは動かない。そのミキがここにやってきた。簡単な話だよ」
 階段を降る足を止め、カズマは私の方へと視線を移して向き合ってきた。私もつられて足を止める。
「ユリは、先入観が強すぎるんだよ」
「先入観?」
「逆に聞くけど、ユリはミキが動くよっぽどの事をどんな事だと思ってるのかな?」
 そう聞かれて、私は答えに窮する。ミキの動く事態がどれほどの事かだなんて、言われてみれば想像がつかない。事務所が火事になった時には動くだろうか? でも、カズマが事務所のどこかを吹き飛ばしてもミキは動かない。
「……大震災の時?」
「やっぱりそんな事だろうと思った」
 軽く一笑された。何か間違った事でも言っただろうか。
「いや、間違ってはないよ。むしろ、そう言うのが自然だと思うんだけどさ」
 カズマは階段の先の暗闇へと視線を戻し、再び階段を降り始めた。

 …………ん?
「話、そこで終わりかよっ!」
 反射的につっこんで、急いで後を追いかけた。

このページについて
掲載日
2010年7月23日
ページ番号
9 / 18
この作品について
タイトル
小説事務所 「can't代 Therefore壊」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2010年6月12日
最終掲載
2010年10月15日
連載期間
約4ヵ月6日