No.6
結局、二人で表通りへと出てきて、二人で事務所方面へと歩く事に。
すでに日は傾きつつあり、随分と遅い時間になってしまった。最近は本当に時間を有意義に使ってない気がする。別に前も有意義に使ってなんていないけど、無駄に使った覚えもない。
——ああ、ダメだ。最近はどうも思考がナイーブになってていけない。
「随分と悩みを抱えている様子だな」
「へっ?」
「顔に出ている。もう少しポーカーフェイスな奴だと思っていた」
見透かしたような顔で、私の事を軽く笑う。その態度に対して反論する気は起きず、逆に納得して更に沈み込んでしまう。
「買い被ってるだけです。私はご存知の通り、何の取り柄もない、至極『常識的』な新入所員ですよ」
「度胸と勝負強さに関しては良いモノを持っていると、俺は評価していたんだが?」
慰めなのか、本気で言っているのか、イマイチわからない。もしも本当にそう思っているなら、大した勘違いだ。一体何を根拠にそう思っているんだか。
「何より、至極常識的であると主張する君が、あの事務所に居る事自体普通ではない」
的を射た発言だ。またも言い返せない。
……いや、確か事務所生活のキッカケはあのバカ会長だったっけ。すっかり忘れていた。今じゃ懐かしい。初めて所長とカズマの二人に会ったのもその日か。私が拳銃を持った人間の男に捕まって——捕まって——ぇ。
——死ぬようなら、何をしてもいいか——
何故か、背筋が凍った。
思い出した。それはもう鮮明に思い出した。私がコンビニで、警察から逃げてきた男に人質として捕まっていた時の事。その時の状況、思考も、一通り。
自らの命を顧みず、後先考えない行動をしでかしたんだ、あの時の私は。助かるわけないのに、犯罪者の顔面に蹴りかましたんだ。偶然あの二人がコンビニにやってこなかったら、間違いなく私は死んでいた。
何故だ? 何故あの時の私は、そんなバカな真似ができたんだろう? 今の私の思考回路なら、絶対にそんな事をしようと思わない。自分の事なのに、全くわからない。たった一ヶ月前の私の行動を、何故今の私が理解できない?
意味が……意味がわからない。
なんでこうも違う?
いつの間に、こうも変わってしまったんだろう?
「さて、俺はもうそろそろ帰る」
シャドウのその言葉が聞こえた時、すでに小説事務所が見える場所まで来ていた。
ふとシャドウの顔をチラと見ると、問題児を見る教師のような顔をしていた。ここまでずっと考え事をして歩いてきた私を、じっと観察でもし続けていたんだろうか。……趣味が悪い。
「さて、一つ情報提供でもしてやろう」
「情報提供?」
そう言いつつ、私に背を向けて歩き出すシャドウ。カッコつけてるんだろうか。でも、その意味有り気な態度に私は口を出さず、じっと彼の言葉を待つ。
足を止め、日の光へと顔を向ける。その表情を読み取る事はできない。私も自ずと固唾を飲んで、言葉を待つ。
長い、沈黙。
「要らなくなったモノは、さっさと捨てた方が後腐れなくて済むぞ」
「は?」
「じゃあ、ゼロによろしくな」
「え、ちょ、まっ」
流石ハシリタイプ。私が何か文句をつける前に、さっさと視界から消え失せてしまった。なんて逃げ足の速い。
長い、沈黙。
「なるほど」
言葉通り、気にしない事にした。後腐れ無くて済む。正にその通りだ。
そんな情報、私には要らない。それがよぉくわかった。
「ばーか」
彼のくれた素晴らしいアドバイスに、私は考え得る最高の感謝を吐き捨てた。
「ただいまー」
そう言いながら、所長室のドアを開いた。……言っておいてなんだが、普通は「失礼します」と言いながら入るものだと思う。
「あぁ、おかえり」
お咎めはないみたいだけど。
部屋に居たのはリムさんとヒカル、それと勝手に所長の椅子に座っているヤイバだった。これもお咎めはないんだろうか。
「迷子の子は、私が見つけておきました。偶然、一番最初に見かけたピュアチャオが当たりだったみたいで」
「流石リムさんねー、探しに言ってから十分もかかってないもの。くじ運かしら」
その間の私の苦労は一体どうなる。私の多大なる時間を返してほしい。
「ははは。ユリと一緒に捜索を始めたハルミもすぐに帰ってきたのに。一体どこで何してたのさ?」
ヤイバはからかうような様子で私に嫌味な笑顔を向けてくる。その態度に若干の苛立ちを覚えながら、関係のない道案内ばかりしていた事を思い出す。
「……ボランティア、してた」
「奉仕活動ねぇ? この事務所の営業方針には沿ってないとは言わないけど」
小説事務所ってボランティア団体だったのか。こうも事務所でぐーたらする日々ばかりが続いていたから、そんな自覚は全然無かった。
「唯一普通のボランティア団体と違う点と言えば、自主的な奉仕活動はしない事かな。依頼が来るまで動かない」
「それ、どう広義に見てもボランティアじゃないわよね」
ヒカルの鋭いツッコミにヤイバは笑い返すのみ。
しかし——ボランティア。私には縁もゆかりもない事だったと思う。自分の規則正しい生活の為に、他人に対する気遣いを犠牲にしてた節がないでもない。その証拠に、今日の私のボランティアは規則正しい生活を犠牲にしたものだと思う。そう考えると辻褄が合う。多分。
ただ、お蔭様で時間をも犠牲にしてしまった。今の私にとっては、これは非常によろしくない。今回犠牲にした時間には、ひょっとしたら私の未来までもが含まれる可能性がある。急いで事務所の特ダネ探しに戻らなくてはいけない。
「それじゃ、私は用事があるんで」
「ん、なんでいなんでい慌ただしいねぇ。縁と浮き世は末を待て、焦っても何も良い事はないと言うよ」
急に古臭い口調で諺を言い出したヤイバに構う時間も無く、私はさっさと所長室を後にした。
果報を寝て待つほど、私はゆっくりするつもりは無い。