No.5
依頼者の話によれば「一緒にステーションスクエアへ外出し、時間になって帰宅しようと駅へ向かう最中に子供を見失ってしまった」との事。
市街地なら交番にでも預けられて親御さんに連絡が向かう筈なのだが、交番にいる警察に話を聞いても「そんな子は知らない」と言われてしまった。一応捜索はしてみるらしいが、見るからに消極的な対応で期待できそうにない。
しかし、自力で探すのも骨が折れる。無いけど。
街中を歩くコドモのピュアチャオを見かける事は見かけるが、明らかに迷子のような素振りはしておらず、極普通の市民でしかない。
周囲をキョロキョロと見回すコドモチャオにいざ話しかけてみると、あのお店はどこにありますかだとか、友達の待ち合わせ場所がわからなくてだとか、全く関係ない事だったりする。しょうがないからそこまで案内してあげたりして、無駄な時間をかけてしまう。
そういう訳で、迷子の捜索は難航しまくっていた。
「ふわぁ……」
ちょうどお昼時。私はすぐそこの店でハンバーガーを買ってきて、ベンチに座ってゆっくりしているところだった。
実を言うと、生まれてこの方ハンバーガーなんていうものは全然食べたことはない。多分、今回で三回目くらいだ。
すっかり昔の事のように思えるが、事務所に入る前の私と言えば絵に描いたような規則正しい生活をしていたものだ。早寝早起きだとかクソ真面目にしていたし、一日三食栄養ある食事だって取っていた。
それが今じゃ、睡眠時間はガリガリと削ったように減り、食事も一日二食か一食だ。日常というものは、変わる時はガラリと変わってしまうものなんだなと、しみじみと実感する。
でも、そんなに昔の事ではない。私が事務所にやってくる一ヶ月近く前の事だ。それだけ、小説事務所という場所が私に与えた影響は大きいというわけだ。少なくとも、悪い意味で。
口の中で咀嚼するハンバーガーの味は、流石大衆受けする食品であるからして美味しい。でもこの時の私の心境は、この味を素直に受け入れられなかった。
今私が噛み砕いているのは、今までの私なのではないか。そう錯覚してしまう。
少なくとも一ヶ月前まで平穏だった私の日常を、こうやって知らず知らずの内に壊しているんじゃないか。
このジャンクフードの味に慣れきった時、今まで確立された私という基盤が壊れてしまうんじゃないか。
「……バカバカしい」
そう口にして、ハンバーガーをゴクリと飲み込んだ。
最近は、いつもこんな感じだ。まるで詩人みたいに物事を考える。小説でも読みすぎてしまったんだろうか。
今までの私だったら、こんなこと考えない。何も仕事がない暇な日と、仕事がある日の忙しさがごっちゃになって、変なストレスが生まれてるに違いない。
ハンバーガーを全部消費した代わりに、都合の良い言い訳を作り出してから、私はベンチを立ち上がった。
今の私の原動力は、かつて水の精霊と呼ばれたチャオにあるまじき“ガラクタ”だ。
午後になってからは、午前よりも捜索範囲を広めてみた。
元々アテにならない情報をアテにするより、自分の勘をアテにしてみようと思っての選択だったが、どうもこっちもアテにはできないらしい。
範囲が広がって効率が悪くなったのか、結局は当たりが無い。何時間経ったかはわからないが、少なくとも街の中を捜索し尽した感はある。ひょっとしたら、もうステーションスクエアにはいないんじゃないかと思い始めてさえいた。
今はと言えば、当てずっぽうに路地裏の捜索中だ。建物に挟まれた薄暗い道は、私のテンションをぐぐっと下げてくれる。
それに、こんな所で柄の悪い連中にでも出くわしたら、退路の確保ができるか心配だ。一応、この可愛らしいカチューシャで応援要請こそできるけども。誰に繋がるかは知らないが。
……しかし。
私は今どこを歩いているんだったっけ?
集中力でも欠けてしまったのか、ここにきて私はそんな事まで考え始めてきた。
半ばヤケになって、周囲も見ずに捜索範囲を広げたのが間違いだったのか、あまり歩いた事のない場所まで遠出してしまったせいか。
ミイラ取りがミイラ、というわけではない。路地裏を出て周囲を確認すれば、少し時間がかかるがちゃんと事務所に帰れる。
ただ、このまま捜索を続けても迷子のチャオを見つける事はきっとできない。今の私はほとんど躍起になっている。このまま成果が出せる筈がない。
別に私一人が捜索をしているわけでもない。連携は取っていないが、一応みんなも動いている。無駄に歩き回るより、仲間を頼りにする事も大事だ。……決して他人任せにしてサボるわけではない。
そういうわけで、さっさと路地裏から出る事にした。長居したい場所ではない。変なのに見つかる前に、さっさと帰るに限る。そう思って、私は表通りに出るであろう道を進む事にした。
だが、その道に日の光は差し込んでいなかった。向こう側は、また突き当たりなのかもしれない。不動の主要都市と言われるステーションスクエアに建つ建物の数は、想像以上に多い事を再認識させられる。その数に比例して、路地裏の規模も大きい。
と、そんな暗い路地裏に、何か影のようなものが動いた気がした。
「えっ」
驚きの声を、私は咄嗟に押し殺し、すぐ近くにあったゴミ箱へと身を隠した。
それからゆっくりと顔を出し、さっきの影を探す。黒い体に……赤い、ラインのようなものが見える。あれは……シャドウチャオか?
影は私に気付いた様子はなく、どこかへと歩き出す。あとをつけてみるか? それとも関わらずにいるべきか?
――答えはわかりきっている。
私はゆっくりと立ち上がり、元来た道を引き返す事にした。関係のない事に首を突っ込んで厄介事を増やすのはご勘弁願いたい。今日はもう休ませてほしい。
すっかり重くなってしまった足を引きずるように動かす。
そんな時だ。私の足が、何かを蹴った音がしたのは。
「え」
その声と、一瞬の爆発音が響いたのは、ほとんど同時だった。
銃声だ。
「――――っ!?」
声にならない悲鳴と共に、私はその場に硬直してしまった。
後ろから、誰かが近付いてくる足音が聞こえる。さっきのシャドウチャオらしき影か? 少なくとも、見逃してくれるほど優しい奴ではないみたいだ。
どうしよう。関わらないと決めた矢先にこれだ。ここ最近の私の不運は異常だ。でも、嘆いてる暇はない。今は早く、ここから逃げないと。でも、どうやって?
そんな時、プツッという音が私の頭の中で響いた気がした。
『もしもし? ユリ、聞こえる?』
パウだ。良いタイミングで繋いできてくれた。助かるチャンスは今しかない。
「……、ぁ……、……」
だ、だめだ。声が出ない。金縛りにあったみたいに何もできない。このままじゃマズい。早く。早く口を開け。でないと――。
『あれ、またマイクの故障かな。まぁいいや。迷子の子が見つかったから、すぐに戻ってきてね。待ってるよ』
その言葉を最後に、パウの声は聞こえなくなってしまった。
ああ、もうダメなのかもしれない。助かるチャンスは、私の手からするりと逃げてしまった。せめて最期の言葉だけでも聞いてほしかったのに――。
「確か……ユリ、だったか?」
え?
私の硬直を解いた声の主の方へ、ゆっくりと振り返る。
シャドウチャオだ。間違いない。でも、どこかで見覚えがある。
別にシャドウチャオなんて、探せば見つかる。でも、このシャドウチャオの顔付き、雰囲気、声、手にしている大型の拳銃。どこかで。
「俺だ。忘れたか?」
――そういえば、最初に会った時もこんな感じだった気がする。私の初仕事、あのボロボロの山荘で、今と同じように。
確か……コードネーム……。
「シャドウ?」
「ああ、そうだ」
「……ふぁ」
視線が、急にがくっと下がる。腰が抜けてしまったようだ。体中をカチカチに硬直させた力がどこかに消え去り、私を支えるものがなくなる。
「サイアク」
出てきたのは、悪態をつくような一言だけ。それでも、今の感情を言い表すのに最適な言葉だった。
「だらしないな」
「……何が」
「最初に会った時は、もっと図々しい態度だった」
「ほっといてください」
こっちだって、最近は疲れてるんだから。