No.4
「ちょっと厄介な仕事ですね」
ヒーローノーマルの幼い灰色のチャオ——ハルミちゃんは、わかってるような物言いで嘆いた。
……しかし、つくづく目に悪い職場だなぁ、ここ。灰色の体をしたチャオが三分の一を占めてる。ちょっと目を向けると日中なのに暗い色をしたチャオがいるわけだ。
ただ、このハルミちゃんは見た目の暗い色とは違って明るい子だ。どこで習ったのか、関節技を使いこなしており人間の天敵と化しているけど、それに目を瞑ればまだまだ幼い女の子。事務所きっての良い子ちゃんだ。
ちなみに余談だが、チャオに対する労働基準法というのは未だに曖昧だ。とりあえず一次進化を終えたチャオはいわゆるオトナになるから基本的にOKだが、コドモチャオの行うバイトに関しては良いだの悪いだの意見がわかれており、未だに決まっていない。かつてのチャオガーデンという施設もあまり機能しないこのご時世に、それはどうかと思うのだが。
閑話休題。
「その迷子のチャオってコドモですよね。ピュアチャオなんですか?」
「ピュアチャオだな」
「そうですかぁ……」
今の世の中、街を歩く大体のチャオが一次進化後のチャオばかりだとしても、コドモピュアチャオが街を歩くのが珍しいという事ではない。ちょっと探せば、コドモピュアチャオなんてすぐ見つかる。
だからこそ、その迷子を捜すというのは非常に難しい事だ。チャオの見分けは非常に難しい。所長とカズマと私が同じ格好で並びさえすれば、簡単にクイズが成立する。それぐらい難しい。
街の人に聞き込みをしてもあんまりアテにならない。頼りになるのは依頼者からの僅かな情報だけ。あとは片っ端から街を歩くコドモピュアチャオにアタックしてみるしかない。
「じゃ、適当に任せておくからよろしく頼んだ」
そう言って白い帽子と眼鏡をかけ、眠る所長が拳銃片手に席を立った。これが所長、ゼロの正装だ。所長というポジションから考えれば随分とラフな格好だが、逆にこの人がスーツ姿でいる様は想像ができない。
「所長は、どこへ行くんですか?」
「デートだ」
「は?」
私の疑問の声など気にも留めず、所長はさっさと部屋を出て行ってしまった。
……デート? 拳銃を持って?
「ハルミちゃん、所長って彼女いるの?」
まずはそこの疑問から、ハルミちゃんに聞いてみた。幼い子にこういう話を振るのもなんだと思うが、この時の私は特に深く考えなかった。
「んー、いないと思います。少なくとも、事務所の外には」
「外には?」
「はい」
じゃあ、事務所の中にはいるって事なのか。
……本当に? 誰だそれ?
変に女子の多い事務所にはなっているが、あんまり想像できない。候補としてはパウやリムさんくらいだと思うけど。ヒカルはもうカズマとだって相場が決まってるし、ハルミちゃんは……まだそういうカテゴリに含まれてないと思う。
「閑話、休題っ」
割と本気で悩んでいる私の額を、ハルミちゃんはぐいっと押した。バランスを崩して倒れそうになるもなんとか堪える。
「その話はまた今度にして、仕事をしましょう。私が声をかけてきますから、ユリさんは先に行ってきてください」
それじゃ、とハルミちゃんは一足先に所長室から出ていった。
私なんかよりも、立派に仕事に専念している。やっぱり良い子だなぁ。
「さて、と」
私もハルミちゃんに負けないようにと、席を立った。あまり時間はかけたくない。ちゃっちゃと終わらせて、また事務所内の捜索に戻らないといけないし。
所長室の電気を消し、部屋を後にしようとドアノブに手をかけた時、同じタイミングでノックの音が響く。
「やあ。ここにいたんだね」
パウだった。ちょうどハルミちゃんとすれ違いをしたようで、ハルミちゃんが急いで階段を降りる姿がチラと見えた。
「どうかしたの?」
「これだよ。さっき修理し終わった後だから、渡しておこうと思って」
そう言って私に手渡された物。それは白いカチューシャだった。
「……あぁ」
思わず、言葉を失ってしまった。
こいつの正体は、実は通信機。いわゆるヘッドホンにマイクが一緒に付いたヘッドセットを更に小型化したようなものだ。
初仕事の日にあっさりと壊れてしまい、ほとんどただの盗聴器として機能していた。今回のはそれを踏まえてか、見た感じマイクは付いていないように見えるが。
「ここ。ここがマイクになってるよ」
ちょうど左側の端の部分を指した。ここに小さなマイクが仕込んであるようだ。
「聞こえてくる音は振動で聞こえるけど、マイクに関しては音を拾いやすくしてあるんだ。だから、連絡したい事がある時は静かな所からにしてくれると助かるよ」
改良はまた今度頑張るから、と申し訳無さそうにパウが謝る。
でも私は、機能性よりもっと大きな問題点を注視していた。私が言葉を失った、本当の理由。
「……リボンが付いてる」
白いリボン。こいつが両端に申し訳程度にリボン結びで形を整え装飾されていた。
この白一色で統一されたデザインは、普通に見ればとても地味ではあるかもしれないが、私にとってこのリボンの存在感は大きい。自分で言うのもなんだが、飾り気がない私としては充分に目に付く。
「あぁ、それ? 最初はちょっと悩んだんだけど、やっぱり青と白は相性がいいかなって。白い髪の子は青いリボンが似合うし、逆もまた然りなのかなと思って」
「じゃなくて、リボン」
「リボンが?」
「付いてる」
「付いてるよ?」
……私がおかしいんだろうかと、そんな気がしてきた。
ひょっとしたらそうなのかもしれない。女の子として生まれた身である事を考慮すれば。でも、言わずにはいられない。
「なんで付けたの?」
見た目はカチューシャだ。しかしこいつは通信機である。……だからってリボン付けちゃいけない理由にはならないが、付ける理由もありはしない。多分。
だからこそ、理由を問わずにはいられなかった。どうしても、このリボンの存在理由を否定したかった。
「可愛いでしょ?」
……でも、自信満々にこうもシンプルな理由を叩きつけられると、否定できない。
古来より、天才メカニックがこだわるのは機能性でもなんでもなく、デザインだとか。
どこぞのパソコンを作った会社の人は「PCの中身が美しくない。作り直せ」とスタッフを一喝したという話を聞いた覚えがある。それほどでないにしても、パウもきっと同じ部類のメカニックなのかもしれない。
「……所長の帽子も、ひょっとしてパウが選んであげたりとかしたの?」
「え? 違うけど」
なぁんだ、違うのか。おんなじ白だからひょっとして、と思ったんだけども。
そんな些細な事を考えながら、恐る恐るカチューシャを頭に着けた。その様を興味深く見つめるパウの様子が気になって、何故か怖い。
どうかな? と、声にかける事もできない。自分でもよくわからないが、ひょっとして今、私は恥ずかしがっているんだろうか? こういう機会なんて今までに全然なくて、何をどうしたものかわからない。
でも、パウは私のカチューシャを着けた姿を見て満足そうに笑いながら言ってくれた。
「似合ってるよ。バツグンだね」
……その時は、感謝の言葉を言う事も忘れていた。