No.3

「へぇ、なるほどなるほど。それはそれは。楽しい事務所生活だねぇ。んー?」
「……はい」

 後日。
 昼下がり。
 捕まった。


 私はとある研究会に所属している。
 名称こそないが、概要としては「この世に起こった、または起こっている事件について知る」というもの。いい歳してこんな事するのもどうかと思う。こういうのがチャオらしいとか言われたのは、今じゃ昔の話だ。
 ちなみに私が入会した理由は、友達の説得に負けての事だ。私が入会を頑なに断ったらマジ泣きされたので、仕方なく入会してしまった。その後の友達の笑顔を見た時、ひょっとして私は嵌められたのではと思ってしまう。なるべく考えないようにしてるのだが……。
「全く、君を何のために事務所へ送りこんだと思ってるんだ? 情報の送ってこないスパイだなんて、仕送りしない出来損ないの子供だよ!」
 てめぇの子になった覚えはねぇというかスパイなんていう汚れ仕事してるつもりもねぇ。などとつっこんでも、絶対に耳に入らない。都合の悪い事は耳に入らないという素晴らしい耳を持ってるのだ。まるで特徴のないチャオのくせして、私を怒らせる事に関しては天性の才能を持ってると思う。冗談抜きで。
「この前に君が話した出来事に関しての俺の評価は、残念ながら低い。事務所内部の話は結構だ、世間を揺るがすような事件を持ってきたまえ! もしできなければ君には退会してもらうぞ!」
「あぁ、それは願ったり叶ったり——」
「もちろん君の友達と一緒に、だ!」
 おいてめぇなんで私だけ退会させねぇんだそいつは関係ないだろう。


 そういうわけで、私は渋々とその命令を承諾せざるを得なくなったのだった。
 ……交友関係、見直した方がいいのかな。


 明くる日。
 大した仕事も来ない暇な今日この頃、私は事務所の中を散策していた。
 小説事務所というだけあって、多分どこかに何かの資料をまとめた場所でもあるかもしれない。そう思って事務所を探していたら、一階の廊下の隅に書庫があった。これは当たりか。そう思って手当たり次第探してみる。
 ……と思ったら、小説ばっかり。恋愛、青春、冒険モノに、推理、SF、ファンタジーにホラー、最近のライトノベルだとかが一通り見つかる。この意外性は学校の図書館に通ずるものがある。有名なものからマイナーなものまで、試しに探してみたらいろいろ見つかる。
 しかし、手にとって読んでいる暇はない。会長からは特に時間指定をされていないが、あんまり時間が経つとグチグチ文句を言われ続け、私は友達と一緒に退会されてしまい、その友達の尻に敷かれる未来が待ち構える事となってしまう。とても気が弱くて泣き虫な友達なのだが、そのクセ欲が意外に深くて何かと扱いが面倒くさい。丁寧に扱ってやらないとすぐ泣くし、迂闊に怒れない。間違っても絶交だとか言ったら一生付きまとわれる。だから願い通りにさせるのが一番手っ取り早い。

 ……だがしかし。だが、しかし。
「なんにもない」
 見つかるのは無数の小説。会長の望むパラダイスな事件の記録なんか、どこにもありゃしない。
 どうしたものか。このままではお先真っ暗、灰色の繭の中よりもダークな未来しか待ってない。かといって、地獄に垂らされた蜘蛛の糸よろしく事件の糸口が、なんておいしい話は転がってない。だってほら、本棚の後ろを覗いてみたって隠し扉があったりするわけじゃ……。


「あれ?」

 世の中には、フラグとかいうものが無数に立っている。科学的には確率として極稀な幸運や不運であるとか、オカルト的には縁起や言霊が云々だとか。でも目の前にそのフラグが立っていると、誰もが引き攣った笑いを浮かべて目を疑いたくなる。
 ……あった。隠し扉が。暗くて見辛いが、確かにある。
「あれー?」
 うれしい。それは間違いない。だってほら、少なくとも灰色の未来よりは断然に見通しが明るくなってるもの。うれしいわ、本当に。でもね、本当のコト言うと話がウマすぎてコワいんだなこれが。HAHAHA、クチサキがカッチカチダゼ。
 ……コホン。


 部屋の外の廊下に誰もいない事を確認してから、私は早速作業に取り掛かった。本棚を退かして扉を開ける簡単なお仕事です。かと思いきや、その隠し扉のある場所が壁の中央に位置していた為、本棚を端に寄せるだけとはいかずに意外と苦労を要した。
 近年のチャオは、人間に負けず劣らずの腕力を必要とする為に充分なチカラスキルを持っているとは言うが、それでも本がギッシリ詰まった棚の相手はキツいものだ。本を全部取り出してからという手も考えたが、後片付けの方が苦労しそうなのでやめておいた。
 そうして数十分経って本棚と格闘し終えた頃には、ようやく鉄の隠し扉が姿を表した。この木造建築の事務所に、空気を読まずに堂々と扉やってる鉄さんだ。なかなか好感が持てる。別に大した意味はないけど。
 こうやって未知の領域に踏み込むのは、何か不思議な感情を覚える。人もチャオも、未知のモノには好奇心や恐怖心だとか、そういったものを感じるのが当たり前だ。私の場合はどちらかよくわからないが。
 意を決して、ドアノブに手を伸ばし——しっかりと掴む。
 息を飲んで、ドアノブをゆっくりと回し——ガチャ、ガチャ。
「開かねぇじゃねーか!」
 勢いで扉にハイキックかました。超エキサイティン。
「はああぁぁ」
 無駄な時間と肉体労働、そして未来の天気予報が見事に外れた影響により、特大の溜め息が出てきた。やっぱり一筋縄ではいかないものだ。
 この隠し扉を元の状態にするとか、そういう気は勿論起きなかった。そうやって空気も読まずに存在感出し続けてるといいさ。
 そういうわけで、さっさと帰ろうと踵を返すと。


 なんか灰色がいた。
「あぅえぇっ」
 ビックリした。凄くビックリした。チャオレースのスタートに置いてあるビックリ箱よりは確実に驚いた。気絶はしなかったけど。
「…………」
 私が発した奇声に笑いもせずツッコミもせず、ただ黙して見つめるだけのヒーローオヨギチャオ。息をしているのかもわからないくらい静かに視線を私に注ぐ彼女はミキ。俗に言うアンドロイド、メカニカルチャオだ。言われずとも、これほどまでに微動だにしない奴を見れば、人間だろうがチャオだろうが生身相手にしてる気がしない。
 いつの間に、だとか野暮な事は言わない。なんでここにいるのか、疑問はそれだけだ。私の不審な行動を逸早く察知したのだろうか。だとすると非常にマズイ。気がする。ミキ相手だと。
「仕事」
「へっ?」
「依頼が来た。迷子の捜索」
「あ、あぁ」
 仕事ね。迷子の捜索ね。はいはい。警察に任せろとは言わないよ。それぐらいできるだろとか言わないよ。……あれ、これって警官侮辱?
 首を縦に振って了承した私は、とにかくそそくさと部屋から出ようと歩を進める。ミキはと言えば、そこから置物のようにピクリとも動かない。その視線の先には、空気を読まない冷たい鉄の扉。意識的に見ているのか、視線を固めた先にそれがあるだけなのか、よくわからない。わかる事は、ひとまずさっさと所長室に退散する事だ。


 ——その時、鍵が開いたような音がしたのは、私の気のせいだと思っていた。

このページについて
掲載日
2010年6月17日
ページ番号
5 / 18
この作品について
タイトル
小説事務所 「can't代 Therefore壊」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2010年6月12日
最終掲載
2010年10月15日
連載期間
約4ヵ月6日