6つ目の話 脱走前夜
─召集状─ 6つ目の話 脱走前夜
真夜中。相変わらず夜空は変わりませんが、
暗い室内に、フィラのポヨだけが、ぼぅっと光っています。
たまたま、何かの音に気がついて、ふたりが起きた、いつもと変わらないはずの宵。
フィラがゴソゴソと何かしている─でも、ポヨに照らされたフィラをよく見ていると、
なにかおかしいことに気がつきました。
首が、変な角度に曲がっている上、フィラが頭をはずそうとしているみたいに、短い手で大きな頭をいじくっているのです。
「えっ・・・?」
羽月は、思わず静かな叫びをもらしました。
その声に気がついたのか、フィラはあわてて頭を元に戻して、こっちを振り向きました。
「あ・・・どうしたの?こんな時間に・・・」
フィラは平然としているようにしようと取り繕っていましたが、あわてた様子が見え見えです。
出来ていることといえば、他のチャオが目を覚まさないように、ひそひそ声で話すことぐらいでしょうか。
「あの・・・フィラ、さっき、首が・・・・」
陽斗がおずおずと聞きました。羽月に暗闇で足を踏まれながらも。羽月に暗闇で睨まれながらも。
「あっ・・・見、見た?」
暗くても、明らかに冷や汗をかいているのは分かります。
それだけフィラは、さっきよりも増してあわてていました。
「見たって・・・・?」
フィラは、ため息をもらします。
「うん・・・・いいや。もう、どうせ今夜が最後─話したいことがあるんだ。」
そういって、フィラが手招きしているのが、ふたりには辛うじて見えました。
他のチャオたちが起きない様に、忍び足でフィラの元へ向かいます。
三人は輪を作るように座って、フィラのポヨでお互いの顔を見つめあいました。
「いいかい、ビックリしないでね─」
フィラは、さっきみたいに、首を変な角度に傾けて、頭を─はずしました。
いえ、本当は外れるわけは無いのですから、頭ではなく、カオスチャオそっくりの模擬頭を外したのです。中が空洞になった、からっぽの。
続いて、体を覆っていた、ライトカオスの皮も、脱ぎ捨てます。
その下は─ただの、二次進化の済んだダークチャオでした。
「フィ・・・ラ?」
羽月が軽い音を発して、ポヨを?にします。
「うん、俺だよ。フィラ。ごめん、いままで黙ってて─本当は、俺、ライトカオスじゃないんだよ。」
一瞬の沈黙がありました。
羽月は、なにか言おうとしたり、ためらったり、口をパクパクしています。
「でも─ポヨは─」
陽斗が沈黙を破って、口を開きました。
確かに、フィラのポヨだけは、紛れも無くライトカオスのものです。トゲは無く、光っています。
「そう─説明すると長くなるんだけれど、黙って、俺の話、聞いてくれる?」
ふたりは、同時にうなずきました。
「俺、本当の名前は、ディンって言うんだ。友達にライトカオスが居てさ。その子がフィラ─」
光るポヨを指差して、
「このポヨの持ち主なんだ。」
と、つづけます。
「俺らふたりだけで、一緒に暮らしてたんだ。
カオスチャオだけは、役所に届けを出して、登録することになってる。転生が無いからさ、そのたびの健康診断とか、いろいろな手続きが、6年ごとになるでしょ。
それで、出兵の際も、特別なんだ─簡単に言えば、優先的に─っていうのもおかしいけど─まぁ、重役のようなものに回され易いんだ。能力が特殊で、平均的にスキルが高いからね。
それで、俺の友達に召集状が届いたんだ。
でも、フィラは─昔一緒に暮らしてた人間を探してるんだよ。物心ついたころには、居なくなってたって。
俺は人間と一緒に暮らしたことなんか無いから、別になんでもないんだけど。
顔も名前も覚えて無いらしいよ。
でも、すごく優しくしてくれたことだけは、よく覚えてるらしいんだ。どうしても会いたくて、俺と一緒に探してるんだ。
で、俺が代わりに出兵してやるって─俺から、言い出したんだ。
フィラの夢、実現してやりたかったから。
いつのまにか、俺も一緒にフィラとその人間と暮らすことが、目標になってたから。
フィラとポヨを交換したんだ。
どこかのチャオ研究家が、チャオが別のチャオのポヨを手に入れると、自分の上にさらに模擬の姿を作ることが出来るって言ってた事、思い出して。
─それに、友達の夢をかなえるために、一緒になって頑張るってのも、いいな、って思えてきてね...
でも、だからって、何でそこまでして代わりに出兵なんかしたのか、分かんなくなって来たんだ。いくらなんでも。
それでも─俺の中で、よっぽど、フィラが大切な存在になってたのは、分かるんだ」
「それじゃ・・・あなたは、フィラじゃなくて、ディンなのね。」
羽月が、口を割りました。
「これから─今から、明日別れるまで、ディンって呼ぶわ。それに─」
ふたりは、顔を見合わせます。
そう─なんでそこまでして、出兵なんかしたんだろう。
それでも─自分たちの中で、ソルトとレイナが大切な存在になってたのは、分かるけれど─
夜の空気は静まり返って、冷えきっていました。
空間をすべるようにして、存在を主張します。
「─フィラ、僕らも、話さなきゃいけないことがあるんだ」