№14

おかしい。爆発まではまだ時間があったはずだ。
後ろの光景がチラリと見えた。何ら変わりない、嵐の模様。
風景がぼやけ、ふらついて見える。
今の爆音はいったいなんだろう?
嫌な意味で聞き慣れたような音。いや……トラウマ、という奴だろうか。
トラウマ? 一体何の?
頭が痛い。記憶が走馬灯のように駆け巡っている。死ぬ? いや、そうじゃない。
突如として何かの光景が私の脳裏を襲った。
これは一体……いや、知っている。誰かがいる。
その光景はゆっくりとフェードアウトしていき、少しずつ意識が戻っていく。
待ってよ。今のは誰? いや、よく知っている。
私と同じ青い体。あの頃の無邪気な私と共にいてくれた。
その人が、目の前にいる。いつまでも忘れる事ができない、ようやく忘れかけてきたあの光景に、また現れた。

あの人がいる。










「…………」
さっきの爆音が雷鳴だという事に気が付いた時、我に返った。
「大丈夫か?」
目の前には――多少ぼやけて見えるが――所長がいる。シャドウというコードネームを名乗る黒いハシリチャオもいる。
……いつの間にか仰向けで倒れていたらしい。
「…………」
黙って頷く。
多少腰が抜けていたが、無理矢理立ち上がって泥を振り払う。
「そろそろ爆発する。急ごう」
ヘリはもうすぐ。私達はまた走り出す。今は止まっている暇はない。今は。



――走って数分。ヘリだ。
「急いで!」
ヒカルが付近に立っていた。全員無事だ。
「待たせたな」
所長が軽く放ち、颯爽とヘリに飛び乗る。
「邪魔する」
シャドウも何の躊躇もなくヘリに飛び乗った。……いいのか?
「…………」
ヒカルが黙ってシャドウがヘリに乗るのを見送りつつ、ヘリに入った。私もそれに続く。
その時、またも大きな雷鳴が轟く。またも反射的に反応してしまった。
「どうしたんですか?」
近くにいたハルミが声をかけるのに軽く「大丈夫」と返事を返し、
「離陸だ、パウ」
「了解」
離陸の合図。ヘリは飛び立つ。


「現在、館との距離は1km。距離は十分稼げた」
ミキがそう発言した頃、爆発は後1分の頃だった。
「間に合ったみたいっすね、先輩」
よくもまぁ時間かけて来たなと言わんばかりのヤイバの顔に、
「最近の依頼人には信頼性がないな。これで何回目だか」
所長がそう返した。もう経験済みだったのか。
「そう、もう10回か20回はね」
ヒカルが丁寧に付けたし。
「今後の依頼人、どうするの?」
「だよなぁ。何でこんな仕事始めたんだろな」
「今頃遅いよ、所長さん」
「うるっさい。自分で作った穴は自分で始末する」
そんな軽い所長とカズマの会話が一段落ついた頃、爆音が聞こえた。

その爆音に、全員が沈黙した。


「世話をかけたな」
突然としてシャドウがヘリの乗り口にゆっくり移動を始めた。
「……ああ」
ヘリの操縦席の先を向きつつ、所長が口を開く。
「お前、これからどうするんだ?」
「ここのところ、奴らの行動は長く静まってきた。俺達の組織もそろそろ先手をうたないといけない」
「……そうか」
「奴らにとってのお前達の価値は少し下がっている。何か行動を起こすに違いない。気を抜くな」
「お前に言われたくはないね」
他の全員が深い沈黙に陥りつつ、ヘリの乗り口へと目を向けていた。
「また会う事もあるだろう」
「知るか」
「ああ」
シャドウの目は、所長の後姿へと向けられた。
「またな」
そう発して、シャドウは突然ヘリの扉を蹴り飛ばしつつ、ヘリから飛び出した。
その行動に驚いたのは私だけなのか、思わず立ち上がり、ヘリの乗り口へと急いだ。
下を見ると、シャドウはヘリの扉をスケボーのように操り、この嵐でより荒くなった山肌の急斜面を駆け下りていた。
「……そんな無茶な」
思わず口に出しつつ、私は扉のない乗り口から離れた。



その後、ニュースにも話題となった今日の嵐はいまだ勢いを衰えていないまま午後の6時を迎えた。
その頃の私は、ヒカル、ハルミ、ミキが自宅へと帰った後の事務所の所長室に居座っていた。
所長室には今のところ私しかおらず、無造作に置かれていた事務所によくあるような長い椅子で寝転がっていた。仰向けに。
雷鳴が酷い。窓が雨音の激しさを訴えている。浮かぶあの人の顔。
パウに修理してもらった通信機型のカチューシャを弄り回しながら、気を紛らわす。ただ無意味に。
そこに、ガチャリという効果音が部屋に響き渡った。
扉を見ると、炭酸飲料片手に所長が入ってきた。
「……よく飲むんですね」
「あぁ」
「体、炭酸水になっちゃいますよ」
「ほっとけ」
炭酸水になったチャオの体をかるーく頭に浮かべつつ、起き上がる。
「詳しく聞かせてください」
「何を?」
「……あいつらについて」
「あぁ」と、所長は仮眠場所、もとい所長専用の定位置に移動し、語り始めた。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第287号
ページ番号
15 / 17
この作品について
タイトル
小説事務所 「山荘の疑惑狂想曲」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
週刊チャオ第266号
最終掲載
週刊チャオ第287号
連載期間
約4ヵ月28日