№6

「バカ」
後ろの所長から実にやる気のない低い声が聞こえてきた。何がバカだ、せめて「俺って優秀」とかなんとかにしてほしい。どっちみち腹が立つが。
自力で脱出しようかと右手を動かすが、それを見越してか瞬時に右手を取られる。ならば左手と動かそうとするが、右手と首元に強烈な痛みが伝わる。ちょっとちょっと。
「とっとと寝ろっつの」
その一言を最後に、右の方向から見える銃が私を捉えている。それを持つ手がゆっくりと引き金を引いて――





















今に至る。というか、知らぬ間に至っていたとか。
……いや、至りたくない。痛い、体も心も痛々しくなってしまう。鎮痛剤、持ってなかったっけ。
頭のカチューシャ式通信機はうまい具合にマイク部分が折れて使えなくなっている。応答不可。聞くだけである。気が向いたら聞こうか。
「…………」
何が気が向いたら、だ。とっとと聞け。と自分にツッコミを入れるが、どうも右手が動かし辛い。先程強く握られていたからか。左手もいつの間にか同じ状況である。
渇を入れて無理矢理動かし、どうにか電源オン。

……誰も使ってないらしい。

勿論期待なんかしていないので大してショックじゃない筈なのだが、やはりショックだ。
電源をオンにしたまま、だるい体を起こして窓を確認した。かなり高い。最上階で間違いない……って、改めて思うがこのボロ家はデカい。
と、窓を見ると私が写っている。どうやら古い窓らしく、外は見辛い。つまり、状況判断は困難である。思わず気力が抜けていき、カチューシャを投げ出した。

「……お?」

意外な物が目に入った。
ココで明言しておくが、私は鏡を見る事はまるで無かった。男に間違われるような姿は嫌いだったからである。
他にも後ろにお化けでも写りそうとか、足の小指(どこにあるかは想像にお任せだが)をぶつけたり、割れた時の欠片が私の頭とポヨの間を通って冷や汗をかいたり。
現在は窓がその鏡役らしく、私の姿を写している。
「……カズマそっくり」

チャオとは、大抵は顔のパーツや所有物ぐらいの違いでしか見分けられない。どうやら私とカズマ氏の顔はとても類似しているらしい。
何というか、変装してもバレる確立が1%ぐらいしかない。その1%に含まれているのはミキさんである事もひとまず明言しておこう。はっきり言う物でもないが。
次に眼鏡を装備。帽子がないのが残念だが、これだけでもよく似ている。これなら寝不足になっても所長室で寝る事が許されそうである。が、バレる相手にヤイバさんが追加できる。どうやったら明確な寝息判断ができるのか聞いておきたい。
しかし、所長は何故眼鏡なんてかけるのだろうか。はっきり言って、眼鏡をかけたチャオというのはあまり見かけない。世界広しと言えども今の所は所長だけかもしれない。おそらくだが。

「……あれ?」



何故ここに所長の眼鏡があるのだろうか。

――ビビビッビビビッ――
そのタイミングと共に後ろから音がした。どうやらカチューシャからだ。誰かが通信を入れたらしい、眼鏡をかけたままカチューシャを取り、頭に付ける。

『ゼロだ。どうだ、見つかったか?』
所長だ。何やら総員で何かを探しているらしい。私か?
『ダメだよ。ユリの足跡どころか、ツバも見つからないよ』
この声はカズマだ。やはり私を探しているらしい。って、ツバ?
『チャフによる通信機器の妨害がなされている。現在の通信は補えるが、ユリの所持する通信機器の送受信電波の詳細を確認できない』
声なんか聞かなくてもわかる。この口調はミキ意外の何者でもないだろう。
『チャフが働いてるんじゃ、持ってきたレーダーも意味ないよね……』
パウだ。って、チャフ? どこかで聞いた事がある。確か電波を妨害する物だったハズだ。
ミキが送受信の電波と言っていた。恐らく私のカチューシャの発する電波だろう。マイクが折れて送信はできなくても受信なら可能だ。おそらくその電波を必死に捜索してくれているに違いない。
『チャフが働いてても、何とか場所を特定する方法は無いのか?』と、ヤイバさんが問いかけた。

『――最上階付近にわずかな電波強度を確認できる』
このミキの台詞が、私の感覚に電流を流すスイッチとなった。思わず小さくて高い声が喉の奥から漏れ出す。
例えてみると、結構遠いゲームショップでずっと欲しかったゲームを購入し、怖い訳でも無いのに背筋を固めながら家へと一直線一目散猛ダッシュで向かうような感覚である。
そう、所謂《待ち望んでいた》という感覚だった。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第272号
ページ番号
7 / 17
この作品について
タイトル
小説事務所 「山荘の疑惑狂想曲」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
週刊チャオ第266号
最終掲載
週刊チャオ第287号
連載期間
約4ヵ月28日