№5

さて、目を疑っただけでは説明が不十分であろう。思考内なら時間はたっぷりと用意されているのでゆっくり解説を入れたいのだが、残念、私の頭は現在戸惑っている状態だ。ココは過去に友達から教わった精神安定法を試すとしよう。えーっと、手順は何だっけ。

まず、現時点で自分のいる場所を確認する。今は確かMRの森の中のボロ家、もとい誰かの別荘。次に時刻だが、今は無理だ。

自分の状態。現在は後ろ手で床に手をついて、体を支えながらへたり込んでいる。

目に見える物が何なのか、それがどのような状態であるかを理解する。コレは案外手間が掛かった。

まず最前線にあったのは何か。私がよく知る、パウさんである。何故か、床に倒れこんでいた。
ゆっくりと視線を動かしてみる。青い足が目に入った。そこから上を見上げていく。青い体である。形はチャオ特有の形。チャオで間違いない。
そのチャオの手に、銃が握られているのがわかった。銃口が示す先は、パウさん。
恐る恐る視線を動かしていった。ソニックチャオ特有のトゲが見える。そのトゲの近くに、茶色い物体が見えた。よくみると、白色の某氏。この時点で確認は不要なのだが、精神安定法に従って、視線を逸らそうとはしなかった。
そのソニックチャオが斜め下にいるパウさんから私の方へと顔を向けた。その顔には、眼鏡が掛けてあった。それはもう、まさしく……。

「ゼロ……さん?」
あえて所長の言葉は使わずに訊ねてみた。何故だろう。すでに定着した呼び方なのに、それを捨ててしまうとは。
不意に目の前に見えた所長と思われるチャオの表情が変わった。

「ああ」

その表情は、違和感漂う微笑だった。


あとは全ての状態を受け入れて終わりだ、と友達から聞いていたのだが。コレを受け入れろというのだろうか。
コレを受け入れた上で、次の行動に移っても良いと言うのだろうか。
……無理がある。が、受け入れよう。そうしないとこの先の状況に恐ろしい程の恐怖を感じてしまう。と言っても感知出来るほど私は器用な方でもない。

「……リムさんはどうしたんです? 2階にでも置いてきちゃったんですか?」
何より、2階担当がココに来る理由とは何か。やはり受け入れる前に悪足掻きでもしてやろうじゃないか。
悪戯のつもりなのか、しばらくの間所長と思われるチャオはポカーッとした表情で視線を宙に彷徨わせていたが。
「あぁ」
と、何食わぬ顔で言ってきた。
「多少なり心配かけちまったみたいだが、まぁ納得してくれたよ。有り難いもんだね」
何が有り難い物か。思わず睨み飛ばす。
「パウさんをどうしたんですか?」
「平気だ。麻酔銃を使った」
所長が、麻酔銃? 私の記憶では「撃たれたらその部分が出血するような塊が入ってるよ」とヤイバさんあたりに聞いた事があるが。
というか、それ以前に。
「発砲音は?」
なにより耳鳴りを起こしていないと私の耳が訴えている。が、
「サプレッサーを付けた。所謂、消音効果って奴。あぁ、減音効果が正確か。聞こえなかったか?」
何事も無かったかのように銃口を私に向けてみせた。なるほど、銃口に何かが付いて……ん?


銃口を私に向け……って。



「っ!?」
サプレッサーなる拳銃付属品に一時思考を奪われていた為全く気付かなかったが、銃口が私の頭部を正確に捉えている。
所長は何か違和感を感じる表情を浮かべている。ちょっと待ってくれませんか所長殿、私の睡眠時間は規則性がありまして早くても遅くてもずらす事は許されないんですが。
「知らないよ」
こっちだって知るか!
そんな事を言っている暇に、正確にわからないチャオの指を引き金に持っていっている。ここで眠ったら後が怖そうだ。どうする。前か、後ろか、右か左か。
……よし、多少リスクは高いが、この方が後がよさそうだ。

「あっ!?」
所長の後ろの方向に目を向けつつ、叫んだ。その先には何も無い。が、所長が後ろを振り返る。うまくいった。あとは飛び込むっ!
「なっ!?」
うまい具合に怯んでくれた。が、すぐに体制を立て直す。とりあえず、その銃を奪う事から始めてみようか。そう思い、手を伸ばす。
思い描いた通り、銃に手が行った。手前に思い切り引く。銃と共に所長が引かれ、あとはそこに一発殴り入れてみればうまく行くか。と思ったが。
銃が自分の体より手前に行っている。いや、所長が銃を持ったまま後ろに移動していた。銃をつかんだままの私は体制を崩してしまい、後ろに倒れこもうとしている。と、そこへ
「うっ」
突然所長が銃を持つ私の手へとチョップをかました。痛い、コレは痛い。思わず手を離してしまう。それと同時に左手が所長につかまれ、後ろに勢い良く引かれた。
その所長の手が今度は私の肩をつかんだ。またも勢い良く引かれ、背後が所長の真ん前に持っていかれる。マズイ、隙だらけだ。が、逃げる間もなくいつの間にかナイフを握った所長の左手が私の首元へとやってくる。

チョップをかましてからここに来るまで、実に1秒。あっという間に拘束された。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第272号
ページ番号
6 / 17
この作品について
タイトル
小説事務所 「山荘の疑惑狂想曲」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
週刊チャオ第266号
最終掲載
週刊チャオ第287号
連載期間
約4ヵ月28日