№2
「山荘……ね」
ヒカルさんが窓の外を眺める。思えば苦労人という苦労人はヒカルさんぐらいしかいないような気がする。お疲れ様の一声でもかけようかと思った日もそんなに多くないのだが。
「どうかしました?」
折角だから話しかける。
「別に。……でもボロ家だけは却下したいなぁ」
小声でそう漏らす。何か嫌な事でもあるのだろうか。それを訊くと、
「あっ、別に」
と苦笑で返され、用事を思い出したというような顔で部屋から出た。さて、何が嫌なのだろうか。
「ああ見えてホラーが苦手なんだよ」
ヤイバさんが話しかけてきた。いつの間に。
「カズマから何回か聞かされたよ。幼稚園の友達と企画した肝試しは欠席したって聞いてるし」
「欠席……?」
とても怖がりには見えない。何があったんだろうか。
「カズマがヒカルの親から聞いた話だと、まず暗い所がダメだったらしいよ。それで、幼稚園の頃に親が怪談話を始めたらしいけど、もう涙目してたってさ。暗所恐怖症から始まったんだなぁ」
なるほど、という苦い顔で理解してみせた。ご愁傷様って言えばいいんだろうか。
「言うな。カズマが一回そんな事言ってたが、1時間半はKO状態だったよ」
……ご愁傷様。
苦い顔のまま、こおりまくらさんを留守番状態にさせて私達は事務所を出た。
後ろを振り返ると、オモチャオ特有のデフォルトニヤニヤ顔が、更にニヤニヤしているようだったのは気のせいだろうか。
それに……。
「…………」
ミキさんも、こおりまくらさんを必要以上に凝視していた気がする。
ぶらり電車の旅を終え、MR駅に到着した私達は、地図を頼りに例の山荘を目指した。案外遠い場所だな。誰もが持った第一印象だった。
遠足にでも行く訳では無いのに、団体行動で先を目指す私達はどれほど遠足をしているように見えたのだろうか。と、ふとパウさんを見るとリュックを背負っている。本当に遠足か。
本気で遠足に来たつもりが世界を救う為のお仕事を手伝ったという有名な話を聞いた事があるが、その人達の正体はとあるアパートに住む少年と、チャオガーデンから脱走したチャオ2匹だったととある週刊誌に載っていたが。
その遠足気分を無理矢理紛らわせたのは突然として降り出した雨だった。天気予報の告げた通りの雨である。予想以上の降り具合に少し驚いたが、何の気なしに歩を進める。
途中で交わす言葉も無く、ただ黙々と山荘を目指していた。ヒカルさんが気まずい顔を作っている気もしないでもない。
「……ココを通るのか?」
所長がそう漏らした。
目の前に見えていた光景というのは、不登校幼稚園児が見てもわかる通り、森だった。
MRの名物とも言える遺跡があるという森とは違う。別の森である。こんな所にあるとは聞いた事が無かった。
雨の見せた錯覚なのだろうか、やけに足を踏み入れる事に躊躇してしまう。それほどに怪しい空気を息が詰まるくらいに漂わせていた。
「もうちょっと詳しい話を聞きたかったな」
苦い顔をしてヤイバさんが呟く。そのまま明後日の方角を向いたが、開き直った顔をして、私達を見回した。
「どうする? 行くか?」
……全員、何秒か遅れつつに首肯した。
その間に通った道は獣道という文字に従い、本物の獣の上を通ってるんじゃないかというほどにぬかるんでいた。
よくこんな道の先に別荘を建てるモノだ、と苦い顔を作っていた。よくこんな場所に調査させたものだ。
現在の時刻は3時。しかし、上を見上げればすでに夜であると天候の詐欺師が述べている。
隣にいるヤイバさんやハルミちゃんは多少地面の泥濘を気にしながらも何の気無しに歩いている。
斜め前の方向では、ヒカルさんがカズマさんの肩を掴んでいる。……別に何も出ないって。
前には全く気にならない様子で進んでいる所長。その後姿を追うパウさん。
途中で、橋を渡った。その橋の下には恐ろしい程急流な川が流れていた。この雨の影響だろう。
何時間か前に始まった雨だが、その激しさは川を見て改めて知った。河童の川流れ、ということわざがある。その通りになってもおかしくない。
河童の水泳力を疑いつつ、そこを渡った。いつ壊れてもおかしくなさそうな橋だった。
その先を10分程歩いていくと、何か大きな物が見えてきた。
「……あれだ」