№1
話は昨日のお昼頃から始まる。曇り空の目立つ日だった。
私が事務所で働くようになってから1週間が経ち、慣れたとまでは行かないが大体は飲み込めるようになった。
事務所内の爆破事件も4度は体験し終えたし、ハリセンの音も聞き慣れた。所長の寝息にも、だ。
特に、研究室にいる「パウ」さんとは仲良くなれた。私と同じで男と間違われる存在らしいが、そもそも自分も幼い頃はそうだったらしい。異型だ。
暇な時は研究室に足を向けては、パウさんの仕事の経過を眺めたりして少しずつ機械に興味を持ち始めた。幼い頃の私もそれなりの興味を抱いていたが、今それが復活した。助手にでもなろうか?
……そういえば、パウさんは元魔法使いだっけ。
カズマさんから聞かされた話については、保留という手を使っている。どっちみち信じようが信じまいが、私の取る行動など何も無い。
そもそもミキさんのあの技を初日でいきなり見せられてしまった私なのだから信じるのが当然と言うだろうが、どうだっていいではないか。
カズマさんの話が本当なら面白いが、無くても別に困らない。常に楽観的な思考を作り出すのが得意な私にとって、このような問題でしかないのだ。
それに、そのような事実が無くともとても楽しんでいる。が、最近会長からのうるさい電話だけは嫌らしくてしょうがない。しかも出ないと3.5倍の生音声を聞くハメとなる。
他に面倒な事と言えば、朝食や夕食を良く忘れるようになった事である。何故だろう?
「ところで、どうかな。この事務所にはもう慣れてきた?」
そして、今日もまたパウさんと一緒に研究室での一時を過ごしていた。
「うん、もう慣れた……かな」
何気ない友人としての言葉を交わす。1週間前の堅苦しい空気は3日経って消え去ってしまった。それほどまでに楽しい場所だと思う。
「そっか。慣れてなかったら、って事ばっかり考えてたよ」
そう言ってちょっと苦い顔をしながら頬を緩める。この事務所の噂の事だろう。
「ココ、凄く楽しいし。いい所だよ」
そう言ってあげた。何よりの事実だ。やはり非常識さが目立つのだが、私にとっては楽しい事務所生活だ。
ここまで慣れてみせた私というのは、そこまで貴重な存在なんだろうか。貴重という言い方も何かおかしいが。
そっか、と安心して微笑み返したパウさんは、そのまま近くの椅子に座り込んで一冊の本を取り出した。推理系の小説である。
数ヶ月か前に気に入ったらしい。楽しそうな顔で読んでいるのをよく見ている。聞いた話だと、その時は楽しそうに読んでる暇は無かったんだけど、と漏らしていた。
その時、一つの爆音が響いた。結構身近な場所で起こったらしい。流石のパウさんも読書をやめて顔を上げた。が、私もパウさんも、目を合わせて苦笑を漏らすだけだった。
10秒以内には爽快なハリセン音が響くよね。そう目の会話を交わし終わった後、すぐに爽快な音が響いた。経過時間は約4秒。今回はなかなか早かった。ニヤニヤしたまま天井を見上げた。
そこへ。
ぴん、ぽーん……
「お、やっと本業が出来そうだね、ユリちゃん」
そう言ってこちらに微笑を見せた。つまり、依頼人か。
この1週間は依頼人のいの字も無かったが、今回でようやくココでの私の業務力が試されるらしい。
さて、と立ち上がり、向かった先は所長室。
「オモチャオのこおりまくらさん、ですね」
そう訊ねて、リムさんはメモ帳にシャーペンを走らせる。
事務所内で彼女と話す機会はあまり無い。仲が良いというのは所長とパウさんで、所長曰く「宝くじ」だそうだ。無駄使いじゃないかと聞くと、どうやら逆らしい。
その運気に幾分疑問を重ねた日も多い物だが、魔法を使ってたり、じゃないハズだ。カズマさんから「あの運には誰も勝てないと思うよ」という苦笑顔を拝見させてもらったし。
そんな話は置いといて、今回の依頼人について。
こおりまくらさんの身分は、とある某ネット週刊誌を発行してる編集部所属のオモチャオさんらしい。思わず編集部で有名な熱血オモチャオを脳裏に浮かべる。
それと比べると、このこおりまくらさんは名前を聞いただけで正反対の印象だ。性格も優柔不断と来た。今回の依頼内容についても大抵はあやふやな話で困ったのだが。
主要を抑えてみると、ミスティックルーイン(通称MR)にある別荘に出かけた友人達が帰ってこないという。山荘、か。
それよりもMRに山荘を建てられるような場所などあっただろうか。かの有名なテイルスの工房もそこに建っている訳であるが。
「予定では……確か3日で帰ってくるって聞いたのに、もう5日は経ってるチャオ」
警察には相談したのかを聞いてみたいモノだが、そもそもココに訪ねるという事は無理だったのだろうかね。
それを百も承知の我々は、そのまま話を進める。そして、今日のウチに調査をしようという話になった。