№3
結局、朝食を取ったのは6時半だった。
先程のコンビニは避けて別のコンビニは無いかと考えた物だが、これしきの事で悔む必要は無い。
本来少し前に私の腹に収まっていたパンをレジへ運び、辺りを観察する。何人か野次馬が群がっていて、「あ、さっきの人質じゃないか?」なんて囁きが聞こえた。
何も聞こえない他人のフリをして、とっとと店を出た。さっきカメラのシャッター音が聞こえたような気がしたが、無視だ無視。
しばらくイライラのまま歩いた道の途中では、妙な事や嫌な事に巻き込まれず、無事に会長の家に辿り着いた。
最後の一口としてパンを口へと放り込み、会長の家へとお邪魔させてもらった。
「みんな! 勇者の登場だ!」
居間に入る際、会長が高らかな声で宣言した。勇者? 何の事だ。私は悪戯っ子も撃退した覚えは無いぞ。
が、次の瞬間居間に歓声等が響いた、何だろう。よく見ると、拍手をするチャオや涙目のチャオもいる。全く状況がわからない。解説を願うべく、会長を凝視した。
「説明してください」
「だから、君は勇者なんだ!」
「何故勇者なんですか?」
「君は正に、未開の地へと旅立とうとしているんだ!」
「洞窟探検にも謎の屋敷にも夜の学校にも行くつもりはありません」
「君には期待しているぞっ!」
駄目だ、話にならない。
「……で、結局どういう事なの?」
唯一、第三者のような顔をしていたチャオに訊いてみた。
「何も聞かされてないのかい? 君、小説事務所の所員になるんだよ」
成る程、だから勇者なのか……何?
「コンビニの事件があっただろ? あれも一つのキッカケだから、君を小説事務所に送り出そうって話なのさ。いわゆる観察係に認定されたんだよ」
思わず呆れ顔になってしまった。私が小説事務所の所員になると?
就職先は自分で決めようと思っていたのに。人生を壊された気分だった。ポヨを不満の形に変え、会長を凝視した。
「この功績を称え、君を副会長と認定する!」
そう言って、副会長の腕章を握らされた。誰か、ライターを貸してください。
目の前に一つの建物が建っていた。ココが小説事務所。何度も通りかかって眺めた事があるクセに、今回はヤケに大きく見える物だ。
何も考えず、「ぴん、ぽーん」という心地良い(今の心境からしては最悪の)音色を響かせた。10秒で扉が開く。
「あ、いらっしゃい」
そう答えて出迎えてきたのは……見るからに幼いチャオだった。ヒーローの、ノーマル。人間で例えて……まだ小学生? バカな。
そこまで考えて、このチャオの色が灰色に気付いた。新種の色だろうか? まぁそれはいいとして。
「あのー、あなたは?」
「はい、ここの所員です」
耳を疑った。
「依頼人ですか?」
「いえ……その、えぇっと」
こんな子に伝えて話が進むのだろうか。が、ココで引き下がっても良い結果は無い。伝えた。どう発言したかなんか覚えてない。
「…………」
沈黙が流れた。目の前の幼いチャオはキョトンとした目で私を凝視している。その後、少し考えた動作をとりつつも「ちょっと待っててください」と言い残し、扉を閉めた。
何か変な事でも言ってしまったのだろうか。しばらく困惑していたのだが、しばらくしてまた扉が開いた。先程のチャオだ。
「どうぞ」
この後の展開は簡略化させて頂こう。
そのまま所長室に案内された私は、ここの所長の「ゼロ」さん(例の白帽子と眼鏡のソニックチャオである)と話をつけ、正式に所員になった。
テンポが良すぎる。こんな簡単に所員になれるんだろうか。逆に気味が悪い。
「Zzz……」
しかも何だこの寝息は!
「所長です」
「は!?」
「所長さんって、所長室にいるといつも仮眠するんですよ」
仮眠する所長なんて聞いた事ない。あんなのに助けられたのか、私は!
自分の人生を呪わしく感じてきた。こんなトコ、もう帰りたくなってきた。だがこれでギブアップしたら早い。まだ十分しか時間が経ってないワケだし。
「そう焦る事もありませんよ」
表情に出ていたのか、にこやかな顔で幼いチャオが話しかけてきた。焦っているつもりは無かったのだが。
「ところで、お名前……まだ、聞いてませんでしたね」
「ああ、ハルミです。堅苦しくなくても大丈夫ですよ。普通に話しかけても平気ですから」
……何だろう、さっきから焦っている自分と比べたら、このハルミちゃんが物凄く大人っぽい。さっきから丁寧に敬語だし。私なんかもう焦っていて話すのも辛い。
「あぁ……じゃあ訊くけど、この事務所ってどんな雰囲気なのかな」
早速堅苦しさを無くして話しかけてみた。
「うーん……疲れる、かなぁ。そんなトコです」
疲れる、ねぇ。というか、ハルミちゃんは結局敬語だった。
「でも、よく考えると凄く変な場所ですよ。ある意味、死者が出ないのが奇跡を通り越して常識になってます」
そうなのか? コレを信じてみると、何となく安心して日常を過ごせるのか過ごせないのか。
「だけど私って運悪いから、あんまり良い事に出くわした事無いです」
「はぁ、お気の毒に」
「もう慣れちゃいました」
こんな幼い子でも慣れてしまうのか! 何故か私も負けてられなくなった気分だ。思わず拳を握り締めていた。
「大丈夫ですよ、戦場なんかじゃありませんから」
「あ、あぁ、わかってるって。はは」
……アホらしい。