第三章 ~半透明~ 三十八話

 緑の丘から見える海は広かった。その手前には住宅街があり、中にはビルやホテルもそびえている。ホテルから見える景色は、この場所から見える海とどう違って見えるかな、とマッスルは思った。先頭を歩くマッスルが立ち止まると、後ろを歩く元ルークの町民たちも立ち止まった。
「あれがシュシンか?」
自分の一番近くにいた町民にマッスルが尋ねると、はい、と答えが返ってきた。
 ルークからシュシンまでは、そう遠くなかった。しかし上り坂だったために、町民たちの中には疲れが見えるものもいた。それでも、まあしょうがないな、とマッスルは鼻を鳴らした。
 ルークは小さな町であったので、町民の数も80辺りだった。それでも、それだけのチャオがぞろぞろと歩く光景は奇妙だろうな、とマッスルは思った。まあそれもしょうがないな。町民たちは談笑しながら歩いていたので、もしかしたらピクニックか何かに見えるかもしれない。ラインが一番後ろでなぜ止まったのか不思議がっているだろう。案の定、ラインが町民たちの横の方から様子を見に来た。
「どうした、何かあったか?」
「シュシンが見えた。この先下り坂で、町に近いところまで行くと舗装されてないところは地面が砂っぽくなるみたいだ。足取られないように気をつけろってことを町民たちに言わないとな」
「そうか」
 マッスルはよく通る声で町民たちに注意を促した。町民たちはあまり反応を見せなかったが、聞こえてはいるだろうとマッスルは思い、一息ついた。辺りは静かになった。丘に生えている林も、呼吸を止めているようだった。ラインは体を動かせなかった。町民たちも緊張している。
 マッスルがふふんと鼻を鳴らして口角を上げると、不自然に止まっていた川が流れ始めるように緊張が解かれた。ラインは、マッスルが怒ったように見えたから緊張を感じたのだと思った。
「久しぶりだな」
 ラインは、マッスルから出た予想しない言葉に驚き、マッスルの視線の先を見た。果たしてマッスルの先にいたのは、町民の中の一人であった。彼もまた、マッスルと同じような笑みを浮かべていた。
「バレてたか」
「何が、はい、だ。最後まで演技するつもりだったのか?」
「ギリギリまではな」
 ラインは、マッスルが話しかけるそのチャオに見覚えがあった。ポーンという名前の、シャドウたちと行動していたヤツだ。
 ポーンの周りの町民が、腰を抜かすようにポーンから後ずさりした。
「なかなかの演技だったんじゃねぇか?シャドウたちは俺をルークの町民だと信じて疑わなかったぞ」
「演技はうまかったな。俺だってなんとなくわかっただけだし。でも結局お前がネタばらししたじゃねぇか」
「そりゃあ、このままシュシンで暮らすなんて困るからな」
「確かに」
 ラインは、親しげに話すように見えてお互い敵意を発しているように感じた。少なくとも、ポーンは味方ではない。それに、シャドウを欺けるとなると実力者である可能性が高い。
「マッスル、こいつは何者なんだよ」
「前に、山でお前が気絶してバウスに背負われてきたときがあっただろ?そんときに、俺が山で会った、フェビストっていうヤツだ」
 ポーンはにやにやと笑った。
「さすがに覚えてたか。よかったぜ。俺はお前と戦いたかったのに、片思いどころか忘れられてたんじゃやるせないしな」
「俺もお前とは戦いたかった。ちょっと他のヤツに気を取られてたけど、やっぱ目の前にすると違うもんだな」
「浮気はよくないぜ」
「わかってる。それより、そろそろやろうか」
「そうだな」
「ライン、町民たちを先にシュシンまで連れて行ってくれ」
 ラインは驚いた。マッスルは一人で戦うつもりなのか。
「お前は戦力外だしな。邪魔にもなるから、そいつらを連れて行ったほうが俺も助かる」
 ポーンがラインに言い放つ。ラインはむっとするが、ここで町民たちを先に連れて行けば自分も町民たちも助かる。どちらにとっても有益なら、それは選択すべきだろう。
ラインは、町民たちを連れて丘を降りていった。
 マッスルとポーンはそれを見送り、ある程度離れたことを確認すると距離をとって向かい合った。

このページについて
掲載日
2011年3月8日
ページ番号
229 / 231
この作品について
タイトル
シャドウの冒険3
作者
ダーク
初回掲載
週刊チャオ第158号
最終掲載
2012年9月6日
連載期間
約7年5ヵ月14日