第三章 ~半透明~ 二十九話
「どうしたものか」
溜息をついて、バウスは呟いた。先ほどから、モニタの調子が悪い。本来ならばクローゼス大陸の略図が出力されているはずなのだが、現在は何も映っていない。真っ暗である。
どこかに不備でもあったのかのう、とバウスは思った。そんなことはなかったような気がするのだが。作ったのは最近のことだから、記憶もそんなに飛んでいったような気はしない。最後にデバッグもした。どこかにぶつけたわけでもない。
そうなると、考えられる原因は絞られてくる。特にワシが疑っているのは、電磁波だ。どこかに、強い電磁波を発生させる機械がある。お陰でルークに辿りつけないかもしれない。たどり着けなかったらどうしてくれようか。だが、大丈夫だろうとも思う。
ラインの後頭部が見える。モニタに何も映らなくなった頃に、ラインは先頭を歩き始めたのだ。ここからの道は解る、という意味だろう。なんだかんだで気が利くやつだ。それに、ラインはシャドウたちと会う前からクローゼス大陸の様々な場所で遊んでいたから、この近辺の地理にも詳しい。
ルークにはおそらく行けるだろう。だが、何故このような場所で電磁波が発生しているのだろうか。そもそも、本当に電磁波なのだろうか。電磁波でないのなら、他に何が考えられるか。やはり、モニタに原因があるのだろうか。
もう一つ考えられるのは、現在地を把握するために宇宙に飛ばした小型発信機に問題があったということだ。小型発信機は三つ飛ばしたが、そのうちのどれかに不具合があって受信に失敗しているのかもしれない。だが、クローゼス大陸とルークの座標はこちらのモニタに直接入力したはずだから、少なくともこの二つは表示されているはず。
バウスは試しに、スーマの画像を保存してあるモニタを取り出した。スーマの画像は写真を機械に取り込んでから画像化したので、正確に言うと写真の画像である。だが、そんなことはどうでもいい。やはり何も映らない。それにしても、一度電磁波だと思い込むと他のものが考えられないものだ。
もし電磁波が原因なら、ワシらにも影響があるかもしれない。しかし、見た限りでは全員なんともなさそうだ。確かに尋常ではない強さを彼らは持っているが、電磁波に対してもそうなのだろうか。とりあえず、聞いてみないと解らない。
「みんな、何か体調が悪いとか気分が優れないとか、変な症状はないか?」
ないよー、との返事がいくつか返ってきた。エイリアは、どうしたの、とも訊いてきた。電磁波が体に悪く、電磁波が発生しているかもしれないことをいうと、エイリアはとりあえず解ったという風に苦笑いしながらうなずいた。他の仲間たちも似たような反応をしている。実感がないのだろう。
マッスルはスーマの画像を見てから一言も喋っていない。今の問いに対する返事もしていない。下を向きながら歩いている。何かを考えているのかもしれないし、何も考えていないのかもしれない。マッスルらしくない振る舞いだ。だが、マッスルらしさというのはマッスルを見る者が決めるもので、実際にマッスルがマッスルらしいチャオなのかどうかは誰にも解らない。もしかしたら、マッスルにも解っていないかもしれない。どちらにしろ、そういうときもあるだろう。何かを考えているのであれば、本人が結論を出し、何も考えていないのであれば、何も考えさせないであげよう。放っておくのが一番だ。それに、マッスルは自分の振る舞いに責任を持てないようなやつじゃない。
「そろそろ、あの山だぞ」
ラインの声が聞こえた。あの山、とはそこらの崖とあまり変わりのない山のことだろう。ほとんど崖登りのようなあのゴツゴツとした山だ。正直、あの山には二度と登りたくないし、下るのも恐ろしい。ワシにヒコウのスキルがあれば、と今更ながら思う。若いときから、というよりは幾度転生しても機械をいじってばかりいたのが良くなかった。あの頃のワシに一言伝えることが出来るのなら、飛べ、だろうか。何も伝わらないだろうな。
あのゴツゴツとした山がもう見え始めてきた。そろそろ覚悟を決めなくてはならないようだ。この山を越えたら、ワシの家も待っている。そこで休憩しよう。そうしたら、もう後は楽のはずだ。そう思って、バウスは根性を見せると決意した。