第三章 ~半透明~ 九話
「休ませよう」
マッスルも同意見のようで、小さく頷いた。それを見て、シャドウも小さく頷いた。二人はこれ以上のことは話さず、ベッドに入り込み、ゆっくりと眠りについた。
シャドウが目を覚ましたのは、船の揺れが大きくなった頃だった。体を起こして周りを見渡す。電気が消えている。マッスルが寝ている。閉められたカーテンからオレンジ色の光が入ってくる。寝る前とは光の色が違うだけで、なんら変わりない光景だ。熱した金属のように体を起こす。しかし、何もすることがない。また眠るのも悪くないと思ったが、瞼が水に浮かぶ発泡スチロールのように軽く、眠れなかった。そして、シャドウは仕方なく甲板へ出た。
甲板に出て右手側に沈みかけた夕日がよく見えた。シャドウは夕日が見やすい位置に移動し、手すりに手をかけた。甲板に出ている者は少なかったので、とても静かだ。聞こえる音は波の音と、風の音だけ。耳を澄ませば、光の音も聞き取れそうだった。大きく光を放っていた日の光も、海が光の線を何本ずつかしまっていくように消えていった。海の向こう側で、まだぼんやりとした光が見える。だが、もう光の音は聞き取れそうになかった。
風が強くなり波が大きくなってきたところで、シャドウは甲板を後にした。自分の部屋に戻るつもりだったが、扉に鍵がかかっていなかったので、まだマッスルが寝ているだろうと思い、ラルド達の部屋に行くことにした。部屋に近づくにつれて、笑い声が聞こえてきたので、彼女達が寝ている心配はなさそうだ。そして部屋に入ると、ラルドとエイリアはベッドに座って話し込んでいた。彼女達はシャドウが入ってきたことに気がつくとシャドウに手招きをした。シャドウが二人に近づくと、エイリアがシャドウに尋ねた。
「ねぇ、スーマって本当はどんな性格してると思う?」
エイリアの隣でラルドがにやけている。この質問はどういう意味なのだろうか、とシャドウが考えていると、ラルドが先に口を開いた。
「私はね、表面は無愛想だけど本当はただの恥ずかしがり屋なんじゃないかな、って思う」
すかさずエイリアも言い返す。
「いや、この前のときはカッコつけてただけで、本当は私達の反応を見て爆笑しそうになってたくらいのユニークなキャラだと思う」
そこからも、ぶりっ子、ドジッ子、腹黒いなどと所々に聞こえる言い合いが続き、思い出したようにエイリアがシャドウに再び尋ねた。
「シャドウはどう思う?」
それよりも、何故このような言い合いをしているのだろう、スーマは時の神かも知れない、大きな存在なのだ、さらに、僕はスーマに会ったことがない、とシャドウは思った。その旨を二人に伝えると、また思い出したような顔になった二人のうちのラルドが言った。
「そっか、シャドウはスーマに会ったことがないんだっけ。まぁでも、イメージでいいからさ」
スーマのイメージ。全く知らない、それも神のうちの一人をイメージする、というのはとても難しい作業のように感じられた。しかし、イメージはすんなりと浮かんできた。
「冷静で、頼もしいイメージだ」
それを聞いた二人はクスクス笑った。何故笑っているのだろうとシャドウが思い始めた時、エイリアが口を開いた。
「それって、私達が思うシャドウのイメージみたいだよ」
そうなのだろうか。僕は、とシャドウは思った。だが、すぐに別のことを考えた。何故スーマの話をしているのだろう。二人はいつも他愛のないことを話して笑いあっていることが多かった。確かに今回も笑っているが、スーマの話で笑おうなんて何故思いついたのだろう。シャドウが理由を訊くと、エイリアはこう答えた。
「ちょっとスーマって怖いからさ。少しでもイメージを和らげようと思って」
怖い、か。やはり、神を見たものにとって、神の存在は大きいものなのか。僕は見たことがないからか、恐怖の念を抱くことはない。いや、見たことがないのに、頼もしいイメージを具体的に感じられるのは何故だろう。スーマ、という名前から何かの印象を受けているのだろうか。シャドウがそんなことを考えていると、
「でも、話してたらなんか可愛く思えてきちゃったよね。次会ったら笑っちゃうかも」
と、ラルドが言った。確かに、この程度の意識でいいのかもしれない。確かにこの旅の中で恐怖といえるものに直面することは少なくないだろう。だが、恐怖に支配されるようなことがあってはデメリットが多い。こうやって自ら恐怖を克服できれば、よほどのことがない限り良い方向へ向かっていけるだろう。
そして、シャドウは自分の部屋へ戻り、到着までの時間を寝て過ごした。