第三章 ~半透明~ 五話
審判を務めさせられたシャドウの合図と共にテーブルが軋む。
お互い、一歩も引けを取らない良い勝負に見える。
腕は始めの合図から全く動かない。
海の男の太い腕が動かないのは納得できるが、ラインの細い腕が全く動かないのは不自然にも見える。
そして、その接戦に甲板に出てきた者が見物を始める。
気付けば、テーブルを囲むように多くのギャラリーが集まっていた。
腕相撲の方は、相変わらず動かない。ように見えたが、少しずつ動いている。
ラインが優勢になってきている。
海の男には疲れが見えはじめているようだ。
それに対し、ラインは全く息も乱さずゆっくりと腕を倒していく。
その口元には笑みもこぼれている。
だが、海の男もそのまま終わるわけではなかった。
力を振り絞って、また最初の位置まで盛り返した。
ギャラリーは盛り上がるが、次の瞬間、ラインが一気に海の男の太い腕をテーブルに叩きつけた。
接戦と思われた勝負は、あっさりと決まってしまったのだ。
「やっぱり力尽きたか」といった考えがギャラリーの頭に思い浮かぶ。
だがギャラリーは、負けはしたが最後まで力を振り絞った海の男と、
この勝負を制したラインに拍手を送ってテーブルを離れていった。
しかし、実際は海の男が最後の力を振り絞りきって力尽きたのではなかった。
海の男さん「はは、手を抜かれてたみたいだな。」
その通りだった。
最後は本当にラインが海の男の太い腕をテーブルに叩きつけたのだ。
決して、海の男の力尽きた結果として負けたのではない。
ライン「悪いな。本気でやるとケガさせそうな気がしてな。」
海の男さん「ありがとな。実際本気同士だったら、そうなってたかも知れないよ。」
海の男は腕をヒラヒラと振り、笑いながら言った。
ラインは物分りが良い海の男に感心した。
ライン「心が広いんだな。普通のヤツだったらこんなこと言われたら怒るぞ。」
海の男さん「・・・海を見てるとな、広く、深く、美しい海に憧れるんだ。
もちろん、荒れる事だってあるけど、それが逆に感情のように見えたりな。
それでありながら、状態として広く、深く、美しい海のようでありたいと思うんだ。
荒れても良い、っていうことを言ってるんじゃなくて、
荒れるのは当然だけど、その上で海のような状態であることに意味があると思うんだ。
それに、俺らは感情以外のものだって持ってるだろ?」
海の男は熱くなるわけでもなく、ラインに自分の意見を差し出す。
押し付けといったものがない、とても気持ちが良いものだった。
ライン「・・・ここまで話してもらって悪いけど、俺には分からないみたいだ。」
しかし、内容に関してラインは理解出来なかったようだ。
それを見た海の男は笑って「まぁ、変な話だからな。」と言った。
海の男さん「俺の感性みたいなもんだ。分かるヤツの方が少ないさ。」
ライン「そうなのか?」
海の男さん「そうだと思うぞ。」
海の男がそう言うと、そのやりとりを見ていたシャドウが言った。
シャドウ「理解はできたが、それを海から感じとれる者は少ない。」
海の男さん「それも正しい意見だと思うな。」
マッスルとバウスもそのやりとりを見ていたが、
どのタイミングで入って良いのか分からないという理由で近くに立ち尽くしていた。
それと、マッスルはラインと同じく理解出来ていないようだった。
バウスはシャドウと同じ意見だったが、
シャドウの見た目の若さと精神年齢が釣り合っていないようにも感じた。
そのことをマッスルにいうと「まぁ、封印されてたとはいえ100年以上生きてるからな。」と返された。
何か変な言葉のような気がしたが、とりあえずバウスは納得することにした。
その間にも海の男とライン達は別れ、シャドウとラインはマッスルとバウスのところへ来た。
それからシャドウ達は海をしばらく眺めてから、部屋へと戻った。
続く...