戦場のギタリスト

気づいたら、全身が黒かった。

核事故というのは怖い、恐ろしい、身体も心も浸食していく。
だから、俺も殺された。あるいは半生を、あるいは前世を。
俺の心も体も黒く埋め尽くされていた。
「私」というきれいな一人称もいつの間にか「俺」になっていた。

俺はヒーローチャオとして進化した。
少なくとも、俺の記憶では。
しかし5年前、俺の街が黒い雲に覆われた。
俺を愛してくれた人も、何もかもがチリになった。悲しくなった。
そして、その血に染まった水たまりを見たとき、俺はさらに泣き崩れた。
俺の顔も身体もぽよも、全部、黒。
ヒーローチャオとして生まれた俺は黒々しくなっていた。気持ち悪いほどに。

この懐かしさがかすかに残った街では今日も雨が降っていた。

氷のように冷たくて、それでも透明な雨だっただけよかった。
あのとき、あそこでは全ての悲しみを神様がこぼしてしまったかのような、
黒い雨がずっと降り続けていた。

病院で、検査をしたところ、放射性物質がなかったため、ここで住むことを許された。
仲間の中では行けない奴もいた。でも、あそこにいると、そう。
自分が壊れそうで、二度と立ち直れないだろうと思って、
後ろは向かなかった。

傷はあまりにも大きすぎた。

電車のプラットホームを出る。
人も、チャオも、俺を見る。笑いはしなかった。
冷たかった。冷たい目だった。
どこまでも。雨のように。
悲しくなった。今のこの時代が。「偏見」という現実が。

―つまり君は、不運なのさ。
誰かがいやす目的でそう言った。いやす?ふざけるな。
あのときからだった、俺の心が黒くなり始めたのは。
「裏の世界」というのにも顔を覗かせた。
「もの」もいっぱい奪った。たぶん、そろそろ警察というのがやってくるだろう。
そうしたら、もう俺はたぶん一生出られない。分かっていた。

そんなこんなで5年が経った。

今日もチャオの小さいアパートを出る。
いつものスタイル。白いニットキャップに焦げ茶のコート。一応全部ブランド品らしい。
そして、ファイバーアイズも忘れない。
ファイバーアイズとはサングラスみたいなチャオ用のコンタクトだ。
目をサングラスのような反射をさせてくれる。
ヒーローチャオと言うことがばれないのが良かった。

これらをつけてからは友達もできた。
身につけるものによってものは変わる。
あまり良くない事実だが、いま、俺はそれにあやかっていた。
バイト先もうまくいった。
店長は事実を知っていたが、何も言わずにぽんと仕事だけを置いていった。
追い出されないだけ、俺は人間である彼に感謝した。
面接で落とさなかっただけ、彼はいい人だと俺は思った。

そして、その帰り道。

21世紀になって40年くらい経ったが、ストリートミュージシャンはいた。
俺も昔、そう、白かった頃にそう言う系のことをやっていた。
ロックベースを担当していた俺は、指がないチャオの手をうまく活用して、
上手にある程度こなしていた。

だが、今は警察に目をつけられていて、あまり外には出られなかった。
警察は俺の存在に気づいているのだろうか。
いや、たぶん気づいているだろう、そろそろ、来るはず・・・。

いつものアパートに行くと、その予想が本当だったことに気づいた。
人だかりがある。全員おっさんだ。おそらく―。
しかし、俺は堂々とそこに向かった。分かっていた。いつかはこうなること。
でも、心はやっぱり黒かったのだ。今もずっと、ずっと・・・。

―すいません、いったい何のようですか?
俺は笑顔でそう聞いた。半ばあきらめ口調で、そうやって。
警官の一人はふうとため息をついてこういった。
彼の頭は少々禿げていた。修羅場を何度も乗り越えてきた顔つきだった。
俺のことをかぎつけたのは彼に違いない。何となくダンナと呼びたくなってきた。
でも、やめておいた。

―・・・君は自分のやったことを分かっているのかい?
―分かっています。チャオ刑法第20条ヒト傷害罪でしょ?
―その罪は軽いとでも思っているのかい?
―軽いですよ。一生牢屋にいれば良いことですから。
―・・・。おまえの心が知りたいよ。

・・・ならば、教えてやる。
「おまえら」が作った核で汚れて、
「おまえら」が作った差別的な法律で牢屋にぶち込まれる俺の運命を。

俺はそう言おうと思った。

だが―、ばからしいのでやめておいた。

―ふう、だがおまえには恩赦ができた。おまえの犯罪数は過去2年になって0で、
 なおかつその精神的な理由が核にあることに対してだ。
―ならば、終身でなくて懲役120年ですか?

俺は皮肉混じりにそう聞いた。
ダンナは少しも笑わずにこういった。

―いや、おまえには一ヶ月の執行猶予を与える。
 そこまでで、おまえの心が完全にきれいになっていたらおまえは自由だ。
 そうでなければ、おまえは終身刑確定だ。
―・・・ふぅ、ずいぶんと結構な恩赦だ。

俺は今度は笑わなかった。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第249号&チャオ生誕8周年記念号
ページ番号
1 / 5
この作品について
タイトル
戦場のギタリスト
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
週刊チャオ第249号&チャオ生誕8周年記念号