第二話
チャオたちが次に狙う場所には大体検討がついていた。T町、チャオを飼育している世帯が国の中で五番目に多い町だ。今まではチャオを飼育している世帯が多い順で被害が起こっている。今になって突然法則を変えることもないだろう。
チャオを飼育していた人間たちには、なくなくチャオを手放すか、自分は被害に遭わないと信じてチャオを飼い続けるか、という選択肢しかない。今まで被害に遭った町では、一つの町につき三世帯から五世帯が被害に遭っている。今のところチャオを手放す人が少ないことから、その中に入る確率は高くはない、と町民が未だに感じていることがわかる。だが、相手は当然それを考慮して次の事件を起こす。もしも以前のぼくと目的が同じならば、被害に遭う世帯が増えるのは必然である。今まで増えてこなかったのが不思議なくらいだ。だが、そろそろだ。T町は危険だろう。
T町に向かう途中、怜がこんな話を切り出してきた。
「今までの生活と、これからの生活。どっちがいい?」
いい、という漠然とした表現があまり的確ではないように感じた。今までもこれからも、少なくとも幸せに溢れた生活ではないはずだった。今までは、ぼくを捕まえようとする人間から逃げるため、寝床を転々と変える生活をしてきた。見つかればぼくは彼らを殺したし、怜が殺すこともあった。生計も、犯罪者として有名ではない怜が目立たないアルバイトをすることで立てていた。時効が成立するころには世間にも忘れられていたが、表立って動いたところで不利になる可能性が高かったので、寝床を変える必要がなくなっただけで生活レベルは同じだった。
それならまだ希望があるこれからの生活のほうがいいだろう。その旨を怜に伝えると「そう」とだけ返事があった。
それからは特に会話もなく、T町に向かう道を歩いた。T町はそれほど遠い場所ではなかったので、たどりつくまでに大した時間はかからなかった。
T町に入ると、辺りは騒然としていた。多くの被害者が町中に倒れている中、町民たちが家や建物の中に避難する。殺人チャオが大暴れしていたのだ。まさかその最中に着くとは思っていなかった。だが、都合がよかった。あのチャオから情報を聞きだせるかもしれない。
チャオのほうに向かおうとした足が不意に止まった。一人の町民が包丁を持って殺人チャオに向かっていったのだ。勇敢ではあるが、おそらく勝てないだろう。だが、あのチャオが持っている能力を確かめるのには丁度よかった。ぼくと怜はその様子を眺めることにした。
町民がナイフを突き出すとチャオはあっさりと避け、町民に噛み付こうとした。見たところ、虎の尾がついているので虎をキャプチャしたのだろう。だが、それだけでは人間たちの知恵に敵うとも思えない。他に何かがあるはずだ。
町民はなんとか伏せ、包丁を振り回して距離をとった。そこでチャオはもう一つの能力を見せた。チャオは伏せたかと思うと、突然姿を消した。擬態能力だ。町に敷かれるコンクリートの色と同化しているのだ。カメレオンか何かをキャプチャしたのかもしれない。だが、大きな動きはできないだろう。町には様々な色が溢れている。どんな動物でも臨機応変に変色できるほどの擬態能力はない。町民から見て、チャオの色と背景の色が同じでなくてはならない。使い勝手がよさそうな能力だが、実際は自分の動きを制限するリスキーな能力である。それでも、一般人を混乱させるのには十分だ。
町民は後ろに走り出した。近くの家に向かっているようだ。チャオもそれを追った。家に追い詰められたら町民は殺されてしまうだろう。そろそろぼくが動くときだ。
だが、町民の行動はぼくの予想を裏切り、家のそばに置いてあったバケツを大きく振った。バケツからは緑色のペンキが飛び出し、チャオにかかった。もはや擬態能力は完全に封じられたのだ。
チャオは驚きの表情を見せるが、すぐさま町民に飛び掛かった。体を虎の力で押さえつけ、身動きのできないところを噛み付こうとする。
そんなチャオの顔の前に、ぼくのナイフが立ちふさがる。町民の頭上辺りでしゃがみながらナイフを持った右手を突き出すぼくを見て、チャオは驚愕の表情を見せる。いつからここにいたんだ、といった表情だ。
「殺人鬼」
そう震える声でいったチャオは唖然とぼくの顔を見ていた。彼は町民を解放し、一歩下がった。
「お前に用事がある。これからはぼくと一緒に行動してもらう」
チャオは首肯した。倒れていた町民は混乱を見せながらも、こういった。
「俺も連れて行ってくれ」
きっとこういう輩は出てくるだろうと思っていた。結果はどうであれ、他人のためになんとか動かないと気が済まない種類の人間だ。彼は被害をもう拡大したくないのだろう。だが、はっきりいうと大した戦力にならないので、ぼくの邪魔にすらならない。他に断る理由もなかった。
「いいけど」
町に先ほどとは違うざわめきが起こり始めたので、面倒になる前にぼくたちはT町を出た。